第14話 チート能力 VS 策略

 ――王都の通り、瓦礫がれきの合間で。

 

 傾きかけた陽の光を刀身にきらめかせながら、空を仰いで佇んでいる男がいる。

 そしてその姿を、1体の自動人形オートマタが見つけた。

 その人形はすぐに関節の動きを無視した腕の振りかぶりを見せて、創造者からの命令通り、持っていたメイスで自分自身の頭部を粉々に破壊し、自壊した。




 ◇ ◇ ◇




「――今度こそアイツらだろうなぁ……!」


 また1体、自動人形が壊れたのを感知して、サロキスは舌打ちする。これまでに12回の同じ反応があったがすべてハズレだった。駆けつけてみれば全員ただの死にぞこないの王都の住民だったので、狙いをつけるのも面倒くさく、ロケット弾で周辺まとめてバラバラにしてやった。

 自動人形たちには生き残りの人間を見つけたら自壊するように命じてあったが、もっと対象を絞り込むべきだった。


「アイツらじゃなかったら、今度のヤツには化学兵器をお見舞いして、とことん苦しませて殺してやる……‼」


 レバーを握り、サロキスは自身の乗る戦闘ヘリを旋回させた。

 そして反応があったその場所、王都の正門付近までやってきてそこに立っている人影を見る。


「おい、おいおいおいぃ~www‼ 当たりじゃぁ~んwww‼」

 

 眼鏡をかけた、最後にスタングレネードをお見舞いしてくれた保険屋の男がそこにはいた。

 ご丁寧に、先ほどと同じ刀と拳銃を両手に持っているスタイルで、まるで決死の覚悟で決闘でもしにきた西部劇の負けなしガンマンのように悠然と佇んでいた。

 しかし、1人しかいない。もう1人の背の高い男と女の子供の2人はその周辺に見当たらなかった。


「まぁ、アイツらはいてもいなくても変わらねぇかぁ……?」


 子供が戦力になるとは思えないし、もう1人の男の方は地雷に大砲と散々に喰らわせてやったのだからとてもじゃないがまともに動ける状態とは思えない。

 しかし慎重には慎重を重ねるべきだと、サロキスはいったん忌々しい男の頭上をヘリで通過すると、旋回を繰り返して周辺の瓦礫の合間にレーダーを走らせてくまなく精査していく。


 ――どこにも生きた人間の反応は無い。ふん、本当に独りのようだな。


 サロキスは他の人間による奇襲も無さそうだということを確認して鼻を鳴らすと、男から少し離れた場所へとヘリを着陸させる。

 そして自らもヘリから降りると、右手に近接用ショットガンを、左手に軽量のマシンガンを出現させて万全の準備を整える。


「オイぃ……ッ‼ さっきはよくもやってくれたなぁ、くそ野郎ぅ……‼」


 言いながら、マシンガンを横に、剣でも振るうようにしてぎながら撃つ。

 しかし案の定、男は手に持った刀でたやすく銃弾をはじいた。


「――ちょっと驚きましたよ」

「あぁ……? いまさら銃撃にかぁ?」

「いえ、そうではありません」


 男は初めて自身の立っていた場所から動く。サロキスの元に向かって歩きながら言葉を続ける。


「戦闘ヘリから一方的に攻撃を仕掛けるか、いま私の立っているこの場所に地雷を仕掛ければそれであなたの勝ちではないですか? なぜそうしないんです?」

「はぁ~ん? そんなのつまんないからに決まってんだろぉ~www?」


 眼鏡の男はその答えに表情を歪めたように見えた。手加減されていることに苛立ちでもしたか、何にせよ相手が気分悪がるのはサロキスにとって気分が良いことだった。


「今すぐにテメェを殺すことなんてワケないんだわぁwww だけどなぁ、それじゃあダメなんだよ、ダメの中のダメなんだよぉwww」

「ダメとは? また逃げられない内に仕留めておこうと思うのが普通だと思うのですが」


 意味がわからないと首を傾げる男の姿に、サロキスの胸の内が奮えた。やはり自分の思考は特別な残酷製でできていて常人に理解されるようなことはないらしいと、満たされる自尊心に頬が吊り上がるのをこらえられない。

 三日月型に口元を歪めたまま、サロキスは人差し指を男に突きつける。


「――これからお前の四肢を撃ち抜いて動かなくさせる」


 その言葉に男が歩みを止めた。

 サロキスは声に出してわらいたくなる気持ちを抑えながら、舌なめずりをして先を続ける。


「満足に刀も振るえなくなったところで近づいて、それから万が一にも逃げられないようにショットガンで足を吹き飛ばして、その後は両腕だぁ。そんでダルマになったお前から奪い取ったその刀でお前の腹をかっ捌いて腸を引きずり出す。最後はそれをお前の首に巻いて、その辺の物干し竿にでも吊るすのさぁwww」


 ――怯えろ、これからその身を襲う最悪の未来を想像して身体を凍り付かせろ。

 

 サロキスはニヤニヤと、男が感じているだろう恐怖に思いを馳せながら、ショットガンを肩に担ぎマシンガンの銃口を男に向けて、今度は自ら前へと足を踏み出した。

 ゆっくりと、ゆっくりとした足取りで歩く。

 自身へと投影されているイメージは死の宣告に向かうクールな死神そのものだ。

 ゆらりゆらりと男に近づいていく。


「この一連の流れはなぁ、お前が死んでちゃ意味がないんだよぉwww これからこの王国を、ゆくゆくはこの世界を治めることになる俺様にふざけたマネをかましてくれた大罪人にはなぁ、生きてる内にありったけの苦痛と後悔を味わってもらわなきゃ割に合わねぇんだよなぁwww だからこそ、地雷や爆弾の1つで呆気なく死んでもらっちゃ困るのさぁwww」


 さて、どうだ。その顔は悲痛に歪んでいるか? サロキスはその男の、眼鏡を押さえているその手の下に映る表情を見ようと目を凝らして――。


「っ⁉」


 ――その男の姿が突然、自動人形のものに変わった。

 

 いったい何が? サロキスがそう考える前にすでに攻撃は始まっていた。

 自身を囲うようにして常時展開しているバリアの後ろ側に、何かを弾くような音と衝撃が伝わる。とっさに振り向けば、先ほどまで自分の目の前にいたはずの眼鏡の男が、拳銃を発砲しながらこちらの背中を目掛けて全力で走ってきている。


「――転移かっ‼ 姑息こそくなヤツめぇッ‼」


 眼鏡の男はこのタイミングを待っていたのだろう。高速に回ったサロキスの思考が、いま何が起こったのか、そのプロセスを正確に導き出していた。

 眼鏡の男はサロキスの話を大人しく聴いているフリをしながら、王都に大量に放たれた自動人形の1体がこちらの視界の範囲外に偶然通りがかるのを待っていたのだ。転移でこちらの背後を取るために、だ。

 恐らく背中側にはバリアが張られていないかもとでも考えたのだろう。だが残念ながらその希望は叶わない。


「残念だったなぁッ‼ 俺のバリアは360度に張り巡らされているぅッwww‼」


 今度は俺の番だ、とマシンガンを構えてトリガーを引く。

 が、しかし。


「はぁっ⁉」


 銃弾が撃ち抜いたのは男ではなく、自動人形だった。その銃撃に、目の前の自動人形は仰向けに地面を転がった。

 そしてまたもや背中側のバリアが攻撃を弾くのを感じる。

 それが誰によるものかなんて言うまでもない。

 再びの入れ替わりの転移をして元の場所に戻った男が、サロキス目掛けて刀を振るったのだ。


「くッッッそがぁッ‼」


 バリアがあるからダメージは皆無、しかし裏をかかれたという思いがサロキスの腹の底で煮えたぎる。

 すぐさま反撃をしてやると振り向いて、しかし。


 カランと何かが落ちる音が聞こえた。


 その音の元、下に目線をやろうとして、しかしその直前に頭をよぎったのはデジャヴのような感覚だ。

 サロキスはとっさに、すべての光と音の情報をバリアの効果で遮断する。

 真っ黒な球体がサロキスを中心に、その身体をすっぽりと覆うようにして出現した。

 

「…………」


 何も見えない、聞こえない。数秒の間、全くの無の環境がサロキスを包んだ。


「…………」


 もういいだろうと、光と音の遮断状態を解除する。

 そうして光と音の遮断を解除した後に目の前にあったのは、まるですべての策が打ち破られたかのように苦渋に表情を歪める男の姿だった。その足元にはスタングレネードの残骸。光と音の爆発でこちらをパニックに陥らせればバリアの効果が無くなるか、あるいは薄れるかとでも期待したのかもしれない。

 それにしても、それにしてもだ。


「ははっwww ハハハハハァ~~~ッwww‼」


 ――その表情だ。俺は、その表情が見たかった。


 男の驚きと悲痛に満ちたその顔に、サロキスは大笑いした。その間に男が背中を見せて逃げるが、マシンガンで追い打ちをかける気はまだ起きなかった。

 

 ――楽しい、楽し過ぎる。

 

 策略すべてを正面から看破してやった時に相手が見せるあの表情、背筋がゾワゾワとする。

 これからもっともっと追い詰めれば、もっともっと素晴らしい心地が自分を待っているに違いない。


「追いかけっこかぁ~~~www? 望むところだぜぇ~~~www‼」


 サロキスは急がずに慌てずに、ゆっくりとした足取りで男の背中を追う。

 死神はいつだって余裕を持ってクールに。

 じわじわとその鎌を首元に持っていくものなんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る