第12話 過去の大罪
俯きながら、大太は苦しそうに口を開く。
「あのクソ野郎から逃げ出すなんて、俺だって本当に嫌っすけど、でも、どう考えても勝ち目がないっすよ。このまま戦っても絶対にムダ死になります……!」
「…………」
何と返すべきか、霊治は考え込んでしまう。
大太が続けて言った。
「先輩、ひとつ訊いてもいいっすか?」
「ええ。なんでしょう?」
「先輩はホントに『
その問いに霊治は目を見開いた。
「大太くん、君はあのとき意識があったんですか……?」
それはサロキスと戦闘を繰り広げていた時にかけられた問いと同じものだった。自分からは大太に伝えた覚えがないのだから、その時に耳にしたとしか考えられない。
「す、すんません……でもボンヤリとだけです。爆発にやられて少しの間は頭がグラグラして動けなかったんスけど、完全に気を失ってたわけじゃなかったんスよ。で、ホントに目の前が真っ暗になる直前にちょっと聞こえてきて……」
「そうでしたか」
霊治は少し悩み、しかし元より隠していることでもないからと口を開く。
「『この世界では使えない』といった表現が正しいですね。私もあなたと同じ境遇ですので『失憶廻天』自体は元々持っている能力ではあります。ですが残念ながら、今は……」
「そうなんスね……」
首を横に振る霊治に、大太は決意を固めたようにして言葉を続ける。
「それなら、今この現状で使えないんならなおさら、今回は撤退しかないっすよ」
大太は言いにくそうに、しかしはっきりとそう口にした。
「俺たちはここじゃ死ねません、だって死ねない理由があるじゃないっすか!」
「……『前世の業』ですか」
そう言うと大太は頷いて答える。
「そうっす。俺たち転生トラブル課の人間のほとんどは『前世に犯した大罪を現世の人生で償う』ために働いているんスから、それを果たせないまま死ぬことなんて絶対にできない! だって、そうじゃないと……先輩も記憶を取り戻したその時に、見たんでしょう? 俺たちはあの『虚無の牢獄』に送られることになる‼」
思い出したのであろうおぞましいその光景に唇を震わせながら、言葉を続けた。
「前世の記憶が戻ったのは、俺が18の時でした――」
小さく、呟くような声だ。
「俺は前の世界では、先輩も知っての通り、巨人でした。向かうところ敵なしで、俺のことを討伐しにくる人間を返り討ちにしたり、遊びがてら人間の街を踏み潰したりしてたんです。電撃を操る異能持ちだったから、そのうちに付けられた通り名は『
そう言うと、大太は自虐的に笑った。事情を知る霊治も事情を知らないキルンも、そこには何の言葉も挟めない。すべてははるか昔に終わってしまった出来事で、その事実は変えることのできないものだ。ただただ、耳を傾けるしかなかった。
「どこぞの騎士団が現れて討伐されるまでの間、覚えていられないくらいの人間を殺したんです。俺、この現世で全部思い出したあと何回も吐きましたよ。バカな俺をこれまで育ててきてくれた親、くだらない話題で笑い合ったダチ、はしゃぎ回って学校まで走っていく小さな弟たち、それと同じぐらいの人間を何度も何度も足や拳で潰した記憶がリアルによみがえってきて……――」
「大太くん、大丈夫ですか?」
蒼ざめた顔で黙りこくってしまった大太がハッとした顔で我に返った。
「す、すんません、ちょっと深く、思い返し過ぎました……」
「ええ。気持ちはわかりますよ。少し落ち着いて。それに、話したくなければ話さなくてもよいことだってありますよ」
「いや、大丈夫っす。すんません、ありがとうございます」
大太は深く呼吸をすると、言葉を続ける。
「だから、そんな酷いことをしてきた俺だから、地獄に落ちてもしょうがないってそう思いますよ。でも終わりの無い『虚無の牢獄』は、あれは違う……! あんなのは……!」
「そうでしたね。私も記憶が戻ったのと同時にあの光景を見て、『あの言葉』を聞きました」
前世の記憶がひと息に頭の中に流れ込んできたあと、宇宙の中心に取り残されたかのような光も音もない暗闇に意識が放り出されて『その光景』を見た。空間に縫い付けられた魂が、残忍に、凄惨に、見ているだけで命が削られるほど酷く責め続けられる、そんな光景を見せつけられた。
その後だ、『絶対神』を名乗る神に言葉を告げられたは。
『業を背負いし魂よ、お前を待つのは永遠に続くこの虚無の牢獄だ。別の道を歩みたくば、あらゆる善を為して徳を積め』
――そして我に返った時には新しい人生が始まっていた。
人生の目標はその全てが『虚無の牢獄』行きを回避するために使われるものとなったのだ。
必要な徳の量、そして前世の能力を引き出す『
それが死亡保険転生サービス絡みで起こる『
同じ境遇の多くの同僚たちはそれを目当てにしてこの職に就いていた。大太もまた同じ動機なのだということは知っている。仕事に必要な事前情報は、それがたとえ同僚のプライベートな職務動機であってもすべて頭に入れるのが霊治だからだ。
「俺は絶対にそんな目に遭いたくない。散々人の命をもてあそんでおいて言えたことじゃないってわかってるけど、それでもあそこだけはゴメンなんスよ……! 初仕事で、まだぜんぜん徳も集められてないのに、こんなところで死ねやしない! 先輩だってそうでしょう⁉」
「……」
「今でもまだ危険なこの仕事を続けてるってことは、先輩の魂がまだ『虚無の牢獄』から逃げられないからでしょう? ならここは撤退するべきっすよ! ちゃんと必要な人員を集めて、時間をかければあのクソ野郎だってきっと倒せるんスから、だから……!」
懇願するような瞳でそう言った大太を見て、霊治は頷いた。
「わかりました。撤退を認めましょう」
「あ、ありがとうございます!」
大太の気持ちはよくわかった。記憶が戻った際に見た『虚無の牢獄』への恐怖は身体を凍り付かせるに足るものだった。だからこそあそこに落ちないためにあらゆる最善を尽くすのは当然のことだ。
なにせ、無理をして自分たちが死んだら何の意味もないのだから。
そう納得できたから、霊治は無線機を大太へと渡した。
「使い方はわかりますね? 念のため、サロキスの現れない王都の外――私たちがこの世界に来た位置まで移動して、これでゲート管理者に連絡を入れてください。キルンさんもいっしょにです。残念ながら異世界人を地球へと入れることはできないので、あくまで森に連れ出すことしかできませんがね。キルンさんにはその場で私か、本社の援軍がくるまでそこで待っているように言い聞かせてください」
「え、はっ? 先輩っ?」
「地雷には気を付けてくださいよ? この神器、『
「ま、待ってください……え? えっと、どういうことっすか⁉」
右側のフレームに装着していた片眼鏡も外して自身に持たせようとするその手を大太は慌てたように押し留める。
わけがわからないといった様子の大太へと、霊治は何でもないように答えた。
「――私はここに残って、このまま戦います」
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