第11話 別次元

「……クソッ‼」


 熱風がバリアの外で渦巻く中で、サロキスは目をこすり耳を指でほじくって悪態を吐く。いまだに目はぼやけて耳鳴りもひどい。耳の方はもしかしたら鼓膜が破れてるかもしれないと不安になった。


「ちくしょうがぁ、なんで俺がこんな目にぃ……‼」

 

 あのスタングレネードの一撃は完全に予想外のタイミングでの奇襲だった。このバリアはその気になれば光も音も遮断できるが、しかしそれは相手の姿も声も聞こえなくなるデメリットがあるので普段は使っていない。

 いかに銃弾をも弾く高性能バリアといえど万能ではないのだ。


「クソッ、それにしてもあっさりと殺し過ぎたなぁ……。もっと苦しませてやればよかったのによぉ……‼」


 辺りを囲んでいた炎のだいたいが沈下したのを確認して、サロキスはナパーム弾を落としたその場所に向かって歩き始める。十中八九、ヤツらは無惨な焼死体と成り果てているだろうと辺りを見渡した。しかし、


「――いないぃ~ッ⁉ オイ、どこ行ったぁッ⁉」


 そこには誰かが死んだ痕跡こんせきなどひとつも無かった。いくら数千度に達することもある兵器を使われたからといって、死体が蒸発するように消えるのは稀だし、鉄製の持ち物――眼鏡の男の方が持っていた刀の残骸くらいは残っていておかしくないはず。

 死体も武器も残っていないということは、つまりだ。


「逃げやがったなぁ……‼ チクショウ、ナメやがってぇ……ッ‼」


 サロキスは悔しげに歯を食いしばりながらも、自身の能力『兵器創造クリエート・アームズ』で100体に及ぶ自動人形オートマタを創り、そして命じる。


「いいかぁッ⁉ 王都で生きてる人間を探して、見つけたらその場で即座に『自壊』して俺に報せろぉッ‼ わかったらとっとと行けぇッ‼」


 自動人形たちは命令を受けるやいなや前後左右に散らばりながら瓦礫まみれの道を走っていく。サロキス自身もまた、霊治たちを探すためにその場から離れることにする。

 

兵器創造クリエート・アームズッ‼」


 サロキスが唱えると、一瞬にしてその目の前に戦闘ヘリが現れる。


 ――自動人形は地上から、そして俺は空からだ。


 一発かまされたまま逃がすつもりはない。絶対に捕まえて「死なせてください」と向こうから頼んでくるほどの苦痛を与えてやるのだ。

 サロキスはそう息巻いて操縦席へと乗り込み離陸して、空高くへと去っていった。




 ◇ ◇ ◇




 その仄暗く四角い空間は真っ黒な壁に囲われていた。

 そこには3人が、立って座って転がってとそれぞれ異なる体勢で息を潜めている。

 その中の立っていた1人――霊治は『万物は慧目な秤にかけられしアストライア・ウアジェート』を着けている側の目で次元の壁を透過して外の様子を覗き見ていた。そしてサロキスが乗り込んだ戦闘ヘリが去っていく光景を、見えなくなるまで追うと止めていた息を吐き出した。

 するとそのすぐ隣から、

 

「こ、ここ……どこ……?」


 と、不安そうに膝を抱えて縮こまっていたキルンが小さな声で訊ねた。


「急に何か布みたいなのをかぶせられたと思ったら……いつの間に……」

「ああ、さっきのこれですね」


 霊治はそう言って手に畳んで持っていた織物を見せる。


「これは『覆ったものを別次元へとしまう』という特殊な能力を持った織物です。普通は荷運びに使ったりするのですがこういった緊急回避手段にも有用なのでね、なるべく持ち歩くようにしているんですよ」


 もちろんそれもまた神器の1つだった。これの素晴らしいところはこの別次元の中に神器の織物自体もしまうことができる点だ。もちろんその際にはそれを使う人間自身も別次元へと入ることが条件になる。なんせ織物自体が別次元に隠されてしまえば、誰もその織物を取り出すことができなくなってしまうのだから。ちなみに別次元から出る際は別次元内で再びその織物で自分を覆うだけでいい。


 そんな常識外れのアイテムの説明を上手く飲み込めないのだろう、キルンは「別次元?」と首をひねっている。それも仕方ないと、霊治は説明をそこで切り上げる。

 そしてそれから転がっている大太だいだらの元へとしゃがみ込んだ。


「大太くん、意識はありますか? 私の声が聞こえますか?」


 返事は無くグッタリとしたままが、しかし息はあった。身体のあちこちに裂傷や打撲痕はできていたが大きな出血などがなく命に別状はなさそうだ。

 霊治はそう判断するとペチペチと少し強めに大太の横顔を叩く。


「あっ! ならかさんっ! そんな乱暴にしちゃ……っ」


 慌てたキルンがその行いを止めに来る。ふむ、なんとも良識的で一般的な感覚の持ち主だ。

 確かに、あのサロキスが言うところによれば大太は対戦車地雷を踏み抜いて、その上で大砲を2発も頂戴しているのだから普通は即死、運よく生き延びたとしても重傷必至の状況だ。

 だが、それはあくまでその一連の攻撃を受けたのが一般人であればの話だ。


「――ぅ、うぅん……?」


 うっすらと、大太の目が開く。


「こ、ここは……?」

「おはようございます、大太くん。とはいってもとても良い目覚めとは言えないでしょうが」

「あ、先輩……? 俺、どうして寝て……――ッ‼」


 大太はそこで気を失う前の状況を思い出し、勢いよく身体を起こそうとして、しかし。


「あっ、イテテテテテッ‼ か、身体のアチコチがクソ痛ぇッ‼」

「まぁあれだけの爆発にさらされていましたからね……巨人の肉体で身体を覆っていたにしろ、それだけのダメージで済んでるのが幸運なくらいですよ」


 自分の身体を抱えるようにして転げまわるその様子に、霊治は呆れと安堵の入り混じったため息を吐く。気を失っていたのは爆発の余波によるものにすぎず、恐らく骨や内臓の損傷まではないだろう。この程度の被害で済んで本当に良かった、と。

 大太の『巨人の身体を鎧のようにして装着する』という能力のおかげだ。爆発の直撃は巨人としての器の方が受け止めてくれていて本体には届いていなかったのだろう。

 

「よ、よかったぁ……っ!」


 キルンは泣くのではないかと思うくらいに表情を崩してその無事を喜んで、大太に頭を撫でられていた。


「さて、大太くん。情報共有をしておきましょう」

 

 霊治はそれから、大太に彼が気を失っていた間にあった出来事を簡潔に話した。サロキスについての話の最中はその表情にひたすら忌々しげな感情が宿っていたので、霊治は全ての話を終えたあとにデコピンを喰らわせる。


「いてっ! な、何するんスかっ⁉」

「そうやってすぐに自分の感情に振り回されるんじゃありません。王都に入る前にも教えたでしょう? 憎しみという感情は自分の視野を狭くするのだと。そうして先走って突撃した結果が今の君の状況だということを自覚しなさい」

「す、すみませんでした……」

「次からは充分に気を付けるように」

 

 肩を縮こまらせる大太へと霊治はそう言うと、リュックから取り出した直後にとっさに放り出したっきりになっていた無線機を拾う。


「これから本社に連絡を入れるので少し待ってください」


 霊治は生真面目にも、この四角い空間の隅へと移動して大太たちに背を向けて無線機のスイッチを入れる。通話口の向こう側とひと言ふた言を交わすとすぐに2人の元へと戻ってくる。

 

「応援の要請をしましたが、できないと断られてしまいました。どうやら折り悪くみんな別の現場へと出払っているようですね」

「マ、マジっすか……」


 大太はガックリとうなだれて、しかし待てよ? とすぐに顔を上げた。


「あれ? でも霧谷先輩ならフロアに居たじゃないっすか! あのウチの課のエース・オブ・ザ・エース、霧谷メイシャ先輩が! あの人に来てもらえればサロキスとかいうクズ野郎も一瞬で灰にできるんじゃ……っ⁉」


 ナイスアイディアじゃないかと目を輝かせるその表情を見て、しかし霊治は残念そうに首を横に振った。


「それができたのならメイシャさんが毎日ヒマそうにフロアに居ることもないんですがね」

「えっ? それってどういう……?」

「彼女は通常状態の異世界に入ることができない体質なんですよ」


 それを聞いて「はい?」と口を開ける大太に言葉を続ける。


「彼女の力は『ただそこにいる』というだけで世界に影響を及ぼすほどに絶大だということです……詳しい話はまた今度。とにかく今回のケースでメイシャさんを頼ることはできません」

「そ、そんな……」


 大太は再び肩を落として大きなため息を吐く。


「じゃあ俺たちこれからどうすりゃ……」

「それを今から考えないといけません」


 霊治は腕組みをして天井を見つめる。とはいっても別次元内に天井と呼べるものはないのだが、どこまでも奥深い暗闇の続く空を仰いで思考を巡らせた。

 こちらの戦力……大太は手負いで通常戦闘では満足に動けない可能性がある。それに彼の能力はサロキス相手にはかなり不利だ。あの巨体は武器・兵器の格好の的になってしまう。

 となればメインで戦わなければならないのは霊治自身だが、手持ちの武器でサロキスが常時展開している銃弾をも弾くバリアを破る威力のあるものはない。魔法防御を切り裂くことのできる神器もあることにはあるが、まさか今日必要になるとは思ってもおらず持ってきていなかった。

 どこかにバリアを突き破れるほどの威力を持つ攻撃手段があればいいのだが――。


「――先輩」

「……なんですか?」


 かけられた声に思考を中断して答える。


「こんなことを言うのはスゲー悔しいです、けど……」


 大太は神妙な顔つきで、言いにくそうに口を動かした。


「もう、撤退、しませんか……?」

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