第10話 チート能力

 巨人と化した大太のその姿に、サロキスは当初「おおっ⁉」と目を見張った。

 しかし、ただそれだけだった。

 当たれば確実に必殺の拳となるだろうその腕が振りかぶられてもなお、しかし片方の手をズボンのポケットに手を突っ込んだまま平然と立っていた。

 彼はわかっていたのだ。相手が何者でどんな力を持っていようとも、『想像を創造に変える』、ただそれだけで勝利は自分の元へと転がってくるものなのだと。


「――兵器創造クリエート・アームズ


 ゼロコンマ数秒の出来事だった。轟音とともに巨人の足元から大きな爆発が起こる。吹き飛ばされた地盤が王都の壁を越えるほどの威力に大地が揺れた。

 

「ガァッ⁉」


 それはもちろん、大太の巨体を宙に打ち上げるのにも充分な威力だった。苦悶の声を上げて宙を舞うその姿にサロキスは口笛を吹く。

 

「へぇ、頑丈だなぁ。まさかどこも千切れてないとはwww 今のはいちおう『対戦車地雷』だったんだけどねぇwww」


 そう言ったサロキスの周りにはいつの間にか戦艦にでも備え付けられていそうな大砲が2門現れていた。


「そぉれ、ふぁいあっ‼」


 自動的に照準を定めた砲身から腹の底を殴りつける様な音を鳴らして砲弾が飛ぶ。空中に身を置く大太へとそれを避ける術は無い。着弾してさらなる爆発音が王都へと響いた。

 

「大太くんッ‼」


 霊治の叫びは爆発にかき消されて届かない。大太は巨人の身体を端から崩れさせながら落下して、巨人になる前の元の姿で地面へと叩きつけられる。ピクリとも身体を動かさないその姿からは生死がわからないが、しかし。


「そんじゃあ礼儀知らずな保険屋さんにはさっさとトドメを刺しちゃいますかねぇwww」


 サロキスが拳銃の先を大太に向けたことで霊治は確信した。大丈夫、まだ生きている。サロキスの指がトリガーへとかけられる瞬間、霊治はみどり色の宝石が埋め込まれた指輪を着けている片手を大太へとかざした。


「は――っ⁉」


 乾いた銃声が響くが、それを一閃。霊治はその銃弾を『渦月』で斬り落とす。サロキスの目が驚きに見開かれるのがわかった。

 それもそのはず、大太はついさきほどまで霊治の立っていた場所に転移しており、代わりにサロキスの目の前に立っているのは霊治だったのだから。

 

 たじろいだサロキスの一瞬のスキを逃すまいと霊治は1歩前に踏み込んだ。弾丸を斬って振り抜いた刀を返して、必中の2撃目をその首めがけてはしらせた。

 しかし、その斬撃は硬い岩にぶつかったような音とともに止まってしまう。刀身はサロキスの首に届くよりも手前で、見えない壁に阻まれていた。


「くっ、くそがッ‼ ビビらせやがってぇ‼」


 銃を連射しながら離れていくサロキスに、霊治は苦虫を嚙み潰したような表情をしつつ、しかし喰らいついていく。不意打ちは失敗してしまったが、だからといってここでむざむざ相手の都合の良い距離を取られてしまったらそれこそ一巻の終わり。銃弾を弾きながら再び刀の届く範囲まで踏み込んで、斬撃でダメなら突きはどうだと攻撃を仕掛ける。


「無駄だってのぉwww‼ ぷぷぅ~っ‼」


 剣先は再びサロキスの身体の手前で止まって鈍い音が鳴る。それならばと霊治は一歩距離を取って腰から銃を引き抜いて、銃口をサロキスに向けてトリガーを引く。しかし、結果は同じだ。銃弾もまたたやすく弾かれる。


「アハハッwww‼ お前も拳銃持ってたんだぁ~! M27かぁ? お堅い見た目によく似合ってるぜぇwww」


 不意打ちの有利性はもはや完全に削がれた。サロキスが余裕たっぷりといった様子で遊ぶように急所を外した銃撃を放ってくる。霊治がその全てを斬り飛ばすと、2人の間には一定の距離が開いた。攻撃の応酬が止む。

 具現化時間のリミットがきたのだろう、サロキスの手から銃が消える。しかしその次の瞬間には新しいショットガンがその手に創られていた。


「いやぁ、だいたいその刀の『タネ』がわかっちったなぁwww」


 ショットガンを肩に担ぎながらニヤニヤと、サロキスが性質タチの悪い笑みを浮かべる。


「俺の銃弾を百発百中で斬り落とすなんてスゲェ達人だと思ってたけどぉ、違ったんだなぁ。俺の銃弾が全部その刀に吸い寄せられてんだわぁ、そうだろぉwww?」


 お見通しだと言わんばかりにドヤ顔を見せつけての言葉に、霊治はひとつ息を吐くとゆっくりと頷いた。


「そういう能力を持った武器でしてね。あいにく私に銃弾を見切るほどの反射神経の持ち合わせはありませんよ」

「そうかぁ、いやぁ、俺はそういう素直なヤツは嫌いじゃないぜぇ~www? それじゃあっちで転がってるデカいヤツと入れ替わったのもその刀の能力なのかぁ? アレには心底ビビッたわぁwww」

「そうですか……ちなみに、刀の情報の代わりといっては何ですが、あなたを囲っているソレについて聞いても? それほど強力な防御魔法の習得には相当な鍛錬たんれんが必要なハズですが……」


 だいたい見当はついていたが、しかし霊治は打開策を練る時間を稼ぐためにも質問を投げながら自分の装備を思い返していく。眼鏡に装着している『万物は慧目な秤にかけられしアストライア・ウアジェート』に右手には『渦月』、左手に持っている拳銃が1丁に転移用の指輪、それとジャケットの内側には投擲とうてき用ナイフが2本にスタングレネードが2個仕込んである。身に着けているもののうち、他に使えそうなものはない。リュックの中はどうだったろうか……。他に持ってきた神器は確か――。


「これは防御魔法じゃねぇよぉwww バリアだよバリア、銃弾程度なら余裕で弾ける硬度でなぁ、こいつも俺の能力で創造可能な兵器の一種ってわけさぁwww」


 霊治は「なるほど、そうでしたか」と上っ面で感心したように頷きつつ、やっぱりかと内心で舌打ちする。とんだガバガバ判定のチート能力だ。戦闘で使える者なら何でも武器・兵器認定が下りるらしい。きっと核シェルターだって創ろうと思えば創れるんだろう。


「さぁ、それでどうするぅ……? アンタもさっきの礼儀知らずと同じような変身をするんかい? 確か、『オーバーリロード』とか言ってたっけぇ?」

「…………」

「待ってやってもいいぜぇ? ちょっと興味あるしさぁ」


 霊治は答えない。なにかしらの行動を起こしもしない。しかしその態度こそが真実を雄弁に物語ってしまっていて、さげすむような表情でサロキスが笑う。


「ぷぷぅ~っ‼ もしかしてもしかしなくても、『オーバーリロード』ってヤツをアンタは使えないんだwww⁉」


 腹を抱えてわらうその姿に、霊治は何の言葉も返しはしない。


「この期に及んで切り札を隠す意味もないしぃ、そうゆーことだよなぁwww 落ちこぼれってヤツぅ~www? いやぁドンマイドンマイwww‼ 誰しも苦手科目ってあるもんだってwww まぁ満足な切り札もないのにこんな仕事選んでるとか頭が空っぽとしか言いようがないけどそれは脇に置いといてさぁ~元気出しなよぉ――なぁ~んて、ぷぷぅ~っwww‼」


 ひとしきり笑い切って肩で息をするサロキスは、ニヤニヤとご機嫌な様子で腕を組む。


「そんでぇ~アンタはさぁ、まだ俺と戦うwww? さすがにもう敵う相手じゃないってことはわかったよねぇwww?」


 粘っこい視線を霊治が片手に持つ『渦月』へと送りながら言葉を続ける。


「もしさぁ、大人しくその刀をくれるってんならぁ見逃してやってもいいよぉwww? さすがの俺の能力でもそういう特殊能力持ちの武器って創れなくってさぁ、ちょっと欲しいかもなぁってね~。どうするぅ? っていうか考えるまでもないよねぇwww? ホラ、はやく寄こしなよぉ~」

「…………」


 ホレホレと手招きをするサロキスに霊治はしばらくの間、沈黙した。

 しかしそのあと、短く深いため息で応える。それは取りようによっては諦めを含んだものにも感じられる重いものだった。霊治は拳銃を腰元のベルトの間にしまうと刀を差し出すように横に向けて掲げる。

 ニヤリとサロキスは口端を吊り上げた。交渉成立だなと、満足そうにだらしなく顔を緩ませて刀を受け取りに霊治へと歩み寄る。


「へへへぇ~www いやぁ、話が早くって助かる――」

「いえ、お断りしますよ」


 カラン、と足元に何かが転がる音がしてとっさにサロキスは目をやった。それが間違いだったと彼が悟るのはその直後、圧倒的な閃光と爆音に目と耳を潰された後だった。


「――んぉぉぉおおぅッ⁉⁉⁉」


 その悲鳴のBGMを背中にして、耳を塞いでいた手を離すと霊治は走り出す。やはりスタングレネードは業務上の必需品だなと、もう1つ忍ばせているそれをジャケット越しに撫でながら、大太とキルンの元に滑り込むようにしてたどり着く。


「な、ならかさんっ! だいだらさんが、血だらけで……っ!」

「それは後ですッ」


 戻ってくるやいなやのキルンの涙声に、しかし霊治は取り合っている暇がなかった。リュックを引っ掴むようにして手繰り寄せるとひっくり返して、落ちてくる非常食やノートの中から目当ての『ソレ』を探し出す。


「チックショウがぁぁぁああぁあッ‼ 逃げられると思うなよォォォおおっ⁉ 全員焼け死んじまえぇぇぇえッ‼」


 後ろから怒号が聞こえる。どうやらスタングレネードで瞬間的に奪われた思考能力が回復したようだ。霊治が想定していたより少し早い。それでもまだ目は見えていないはずだったが、しかしサロキスの持つ能力ならそんなことも関係ないだろう。怒りのままに周辺一帯を灰にしてしまうという選択肢もヤツにはあるのだから。

 そしてきっと、プライドの高いサロキスは自身に屈辱を味合わせた霊治に対してその実行をためらうことはないと、その確信が霊治を急がせて額に玉の様な冷や汗を浮かばせる。間に合えと、手に持ったその『織物』を宙にたなびかせて、この場にいる自分を含めた3人に被るように広げた。

 それとほとんど同じタイミングで、

 

「――兵器創造クリエート・アームズッ‼‼‼」


 サロキスが猛るようにして叫ぶ。

 空中に黒い塊がいくつも現れ、落ちてくる。それは霊治たちのいる場所に直撃さえしなかったものの、広範囲に渡って高熱の爆風を吹き荒らさせた。

 そしてまたたく間に、辺りは炎の海の中へと沈んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る