第9話 転生者

「空を覆うほどの数の黒い種が落ちてきたかと思ったら街の建物が全部吹き飛んだって、それってマジモンの爆弾じゃねぇっすか……? しかも戦争とかで使われていたような、そんなレベルの……」


 キルンの話を聞き終わり大太が訊ねたそれに、霊治は考え込むようにしながらも頷いた。


「話に出てきた形状の武器――いや、兵器というべきですかね。それには心当たりがあります。大太くんはクラスター爆弾というものを知ってますか?」

「えっと……すんません……」

「かなり昔の戦争で使われていたものなのですが、任意のタイミングで自身の内側に格納している大量の小型爆弾を地上にばら撒く兵器です。非常に広範囲への殺傷能力があって危険極まりないものですよ。非人道的な兵器として各国で使用に関する禁止条約が採択されているほどにね」

「そ、そんな武器、いや兵器がいくつもこの王都には降ってきたってことっすか……?」


 霊治はその言葉に苦い表情で頷いた。きっとおぞましい光景だったことだろう。多くの人々が何が起こったのかもわからぬまま死んでいったに違いない。

 そして王都の破壊にクラスター爆弾が用いられたということはある1つの事実を証明するものでもあった。


「どうやら今回の処理対象の転生者の能力、『武器創造クリエート・ウェポンズ』は別の能力へと進化をしているようです」

「進化、っすか?」

「ええ。まれに見る現象ですが、能力はその熟練度に応じて新しい別の能力、あるいは上位互換能力へと進化を遂げることがあります。今回の転生者は本来なら携行できる程度の武器しか創造することしかできなかったはずですが、現状は大型の兵器や自動人形オートマタを創ることまでできてしまっている。進化の事実はまず間違いないでしょう」


 ふと気が付いて横を見ればキルンが不安そうな目で霊治を見上げていた。しまったなと、霊治はその小さな頭の上に手のひらを載せる。まだ幼いだろう少女の前で少し不穏な話をしてしまったことに罪悪感を覚えてしまう。


「とにかく、今は至急本社へ連絡を入れなければ」

「本社に? 何のためっすか?」


 リュックから無線機を取り出しつつ、霊治は答える。


「転生者の処理難度、『転生者ランク』が更新されるかもしれません。場合によっては応援を呼ぶことができ――」


 しかし、言い終える前にその無線機は宙を舞う。霊治が放り捨てたのだ。

 代わりにその手にあったのは神器・『渦月』だった。大太とキルンが振り返る間もなく霊治はその背中側に立ち、刀を振るった。

 火薬の破裂音と金属を弾く音が2つ、重なるようにして響いたのはその直後だった。




「――おぉwww 弾を斬るとかスゲェなぁ、ゲームの1シーンかよぉwww‼」




 霊治でも大太でもない、別の男のものの声がかけられる。その声の主は問うまでもなかった。


「アンタらどちらさん? 王都の人間じゃないよねぇ? 着てるのってそれスーツぅ? もしかして地球から来た人ぉ?」


 瓦礫かれきと化した王都を、半自動式拳銃セミオートマティックを片手に悠然と歩くその男は間違いない。

 霊治は眼鏡の縁を押し上げて、ひとつ息を吸い込むと覚悟を決めた。


「質問を質問で返すようで恐縮ですが、あなたは『サロキス・モルゼル・ラスノール』様でよろしかったでしょうか?」

「うん? あぁそうだけどぉ? そんでお前らはなんなんー?」

「……保険会社の者ですよ」


 霊治は冷静にサロキスへの受け答えをしつつ、内心では焦りながらも考えを巡らせる。こうやって対面してしまった以上、背中を見せて逃げるわけにはいかない。それでは銃火器の格好の的になってしまうからだ。

 しかし作戦のない正面からの戦闘では勝利の見込みは薄いだろう。相手が使うのは今や単純な銃火器のみに収まらないのだから。どうにかしてここから離脱する必要がある。久しぶりのピンチに霊治の背中には冷や汗が流れ始めた。


「保険会社ぁ~? へぇホントに来たんだぁwww」

「それはもちろん。契約ですので当然です」

「お堅いなぁ~役所の人間みたいだぁwww まぁ来たところでどうでもいいんだけどさぁ。どうせ俺には勝てないんだからぁwww」


 攻撃を畳みかけてくる気配はないようだと、ひとまず霊治はそれに安堵する。

 サロキスは完全に自分の優位を確信しているようだった。慎重を期してこちら様子を見ているわけでもないだろう。そこまで頭が回る人間であれば今回の場合はむしろ先手必勝、相手に思考の時間を与えずに一方的に叩き潰す方がよっぽど良い手だわかるはず。不意を打てた有利とは相手に物理的・精神的な準備をさせないところにあるのだから。

 ただとてもじゃないがそれがサロキスの慢心と言える状況ではない。なぜならこちらの現状は本当に打つ手なしだからだ。


「それでぇ? 保険会社さんたちはスーツのお2人さんだよねぇ? その子はぁ? 子連れで来てるわけじゃないでしょぉwww?」


 訊きながら、サロキスは拳銃の先をキルンへと向ける。身体を震わせたキルンを大太が引っ張るようにして自身の後ろへと隠した。


「あはっwww もしかしてもしかしなくても王都の生き残りぃ~? ぷぷぅ~っ‼ それはどうもご愁傷様でしたねぇwww キミのパパとママの顔も名前も知らんけど、ソレたぶん全員バラバラ死体になってるか瓦礫の下でおねんねしてるだろうよぉ~www」


 噴き出すような仕草を交えて笑いながら語られるその言葉に、キルンは大太の後ろで顔を俯かせて震えていた。

 大太が歯を食いしばってサロキスをにらみつける。

 できることならヤツの口を閉じさせたい、霊治にもその気持ちはあったが、しかしサロキスがしゃべり続けている間こそが自分たちに許された猶予期間なのだと、唇を噛んでその欲求を堪えた。


「ぷぷぅ~っ‼ 寂しいだろ寂しいよなぁ~? でも心配するなよぉ? 俺がキミをもう1回パパとママに会わせてやるからさぁwww ねぇお嬢ちゃん? これから死ぬなら爆殺と焼殺と銃殺のどれがイイか、1人で決められるかなぁwww? なぁ~んて訊いてみたり――」


「――ヤメろよ……このクソ野郎がッ‼」


 横から聞こえた憎しみに満ちたドス黒い声に、霊治は息を呑んだ。

 大太はその鋭い眼光をサロキスへと向けて、今にも飛びかからんばかりの殺気を放っている。

 サロキスはそんな視線にさらされてもなお、相変わらずのヘラヘラとした態度で愉快そうに首を傾げた。


「あぁ? 今なんつったぁwww?」

「ヤメろって言ったんだよ、クソ野郎ッ‼ 子供を苛めて何が楽しい⁉ 何が嬉しい⁉ お前のやってることに何の意味があるっ⁉」

「ぷぷぅ~っ‼」


 大太の怒鳴り声に、しかし嘲るように笑ってサロキスが答える。


「意味なんてねぇよぉっwww‼ ただ泣かせられそうだから泣かせて、殺せそうだから殺そうとしてるだけだっつーのwww」

「な……っ⁉」


 理解のできないその答えに大太は表情を固めるが、しかしサロキスは先を続ける。


「楽しいか楽しくないかっていえばぁ? まぁ楽しいかなぁwww だってさぁ、考えてもみてよぉ? 今の俺ってさぁ、何しても許されちゃうんだよぉ? 人徳厚い司祭様をハリツケにしてもぉ、偉そうにふんぞり返る領主様を豚のエサにしてもぉ、魔王を倒したくらいで調子に乗ってる勇者を銃殺刑にしてもぉ、誰も俺を罰することができないんだぜぇwww? この世に神はいるんだろうけどソイツだって俺に天罰を喰らわすことはできやしない、こんな自由度の高い人生ってあるかぁ? そうそうないだろぉ? じゃあすみずみまで味わい尽くす以外ねぇーよなぁwww?」


 サロキスはタガが外れたように笑い出す。大太の震える肩が自制心の限界を告げていた。


「大太くん……‼」


 落ち着かせようと声をかけるも、しかしそれは耳に届いていないようだった。彼の視野は今、限りなく狭まっている。これはマズいと霊治はその肩に触れようとしたが、しかし、


「だから俺にとってはよぉ、そこの将来やら夢やらに胸をいっぱいにするガキ1匹の頭を吹き飛ばすくらいさぁ、ちょっとした暇つぶ――」

「お前はもうッ‼ ここで死ねェッ‼‼‼」


 霊治の制止の手は紙一重で間に合わない。大太の理性が切れて、サロキスに向かって駆け出してしまう方が早かった。


「――失憶廻天オーバーリロードッ‼」


 唱えられるやいなや黒雲が空を満たし、落雷が大太へと直撃する。

 そして巻き起こった土煙の中から飛び出したのは、青の電流を帯びた巨人の身体。先ほどの人形相手の時の部分的な変身とは異なって、瓦礫の山から肩を覗かせるほどの大太の巨大な全貌ぜんぼうがあらわになった。


「ぶっ潰すッ‼‼‼」


 大太は低く割れた咆哮ほうこうを上げて、サロキスに向かってその巨腕を振り上げた。

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