第8話 失憶廻天――オーバーリロード――

 瓦礫がれきの間の道を、2人は叫び声がした方に向けて走る。


「あれは……‼」


 霊治の視線の先では、人影が群れをなして何かを囲うように立っている。王都の生き残りだろうかと考えて、しかし様子がおかしいことに気が付いた。

 人影は、その全員がまるでマネキンのように白い姿形をしていたのだ。そしてその手には剣やメイスなど物騒な武器が握られている。


「先輩‼ あの真ん中に子供が1人‼」


 その言葉通り、その中央に子供が尻もちをつくようにして座り込んでいるのが見えた。瓦礫の山を背にして、それでも囲む者たちから少しでも距離をとろうと後ろに下がっている。


「おいコラ、テメーらッ‼ やめやがれぇッ‼」


 大太が叫ぶ。その言葉に応じるように、子供を囲っていた人影がいっせいにこちらへと顔を向けた。それを見て、霊治の隣で息を呑む音が聞こえた。


「なんだ、アレは……ッ⁉」


 ぬっとこちらを向いたその顔には目も鼻も口も、何も無かった。本来凹凸のあるべきそこには、まるで画用紙を張り付けたかのように白い面が広がっているだけだ。

 

自動人形オートマタ……!」

「先輩、知ってるんスか⁉」

「ええ。あれは受けた命令に従って自動駆動するだけの人形です。壊して大丈夫ですから、とにかく今はあの子供を助けますよ!」


 霊治は背負っていたゴルフバッグ並みの大きさのリュックを地面に置くと、その天井を開けてそこから布袋に包まれた竿のように長い何かを取り出した。

 自動人形と呼ばれたそれらのうち何体かがガチャガチャと身体を揺らしながらこちらに向かってくる。しかし依然として多くの残りが子供を囲ったまま次第にその輪をじわじわと小さくしており、危険な状況だった。


「大太くん、向かってくる人形1体1体を相手取っていては手間です。君の『能力』で一掃してほしい」

「は、はい……だけどそれだと子供まで巻き込んで――」

「それに関しては問題ありません」


 霊治はそう言って前方、自動人形に囲まれた子供に向けて手をかざす。その人差し指にはいつの間にかみどり色に輝く宝石の埋め込まれた指輪がはめられていた。

 直後のことだった。


「――へっ?」


 大太が間の抜けた声を出す。

 指輪が小さく光ったかと思うとすでにそこに霊治はいなかった。代わりにリュックがポツリと1つ置き去りにされており、加えて、


「えっ、えっ⁉ なにここ? どこ?」


 つい先ほどまで自動人形たちに囲われていた子供――少女がその場に座り込んでいた。7、8歳くらいだろうか、少女は混乱した様子で小さな顔を左右に振って辺りを見渡している。


「これで巻き込む心配はなくなったでしょう、大太くん」


 前方から声が聞こえて大太は我に返ったように顔を上げる。元々少女がいたはずの自動人形に囲われたその場所に立っていたのは霊治だった。


「その子を守りながら戦ってもらえると嬉しいですね。自動人形ですが遠慮なくこちら側に吹き飛ばしてもらって構いません。飛んでくるものを避けながら戦うのは慣れていますので」


 そう言って霊治が手に持っていた布袋から取り出したのは刀だった。どうやら自動人形の中心からその群体を切り崩すように戦うつもりらしい。

 大太は軽く笑って頷いた。霊治と少女の入れ替わりには驚いたが、しかし確かにこれなら何も気にせず戦える。自分の能力は手加減は難しいが、それでもベテラン上司の霊治なら本人の言う通り上手いこと逃げてくれるだろう。


「嬢ちゃん、そこで動かずに待ってな」


 大太は向かってくる自動人形と少女の間に割り込むようにして立った。

 そして右腕を高く天に掲げて、叫ぶ。


「――失憶廻天オーバーリロードッ!」


 その声が響くと同時、稲光りする黒雲が頭上を覆った。

 そしてそこから大地を割るような雷鳴とともに光が放たれて、大太が振りかぶった右腕へと落ちる。しかし大太の表情に痛痒つうようの色はない。だが変化が起こる。

 大太の右腕が青く光る電流をまとい、そして大木のように太く長く巨大化したのだ。


「てめぇら程度の相手、片腕の部分解放で充分だぜ。そら‼ ぶっ壊れやがれェッ‼」


 その右腕は向かってくる目の前の自動人形たちに大雑把に振るわれた。しかしそれだけで、巻き込まれたそれらはまるで紙くずのように軽々と吹き飛ばされる。

 ボキボキッという鉄が折れる鈍い音を幾重にも響かせながら自動人形たちが瓦礫に衝突して土煙を上げた。


「てめぇらもだっ!」


 アンバランスな右腕に引っ張られることもなく、振り抜いた腕を軽々と返すと、それからも迫ってくる自動人形たちを前へ横へとひたすらに吹き飛ばした。

 右腕は触れる者すべてを壊す。大きく振るわずとも時には手首のスナップだけで向かってくる物を再起不能の底へと叩き落す。


「あぁ?」


 自動人形が突き出した剣や槍が大太のその腕に当たるが、しかし大太は口元に笑みを浮かべて鼻を鳴らした。


「効きゃあしねぇなぁ……! かつては『雷霆らいていの巨人』の名をせた俺のこの腕を、そんなナマクラごときで傷つけられるとは思わねぇこった!」




 ◇ ◇ ◇




「――さて、向こうは問題なさそうですね。私は私の身を守るとしましょうか」


 自動人形たちに感情はない。それは突然目の前の子供が成人の男に入れ替わったとしても同じことで、いっさいの驚きや戸惑いの様子を見せることはなかった。それらは手に持った武器を振りかぶって襲い来る。

 しかし、霊治が起こした行動の方が早かった。

 居合抜きの要領で、鞘から抜き放った刀身が目の前に迫った1体の自動人形の胴体を斬りつける。しかし、それだけでは終わらない。

 

「この刀もまた、神器でしてね」


 斬りつけられた自動人形とその付近にいた他の数体がまとめて、グググッと。何か不思議な力に引っ張られるかのように振り抜かれた刀身へと引き付けられていく。


「この刀身には魔力を持つ人体や物体を引き寄せる能力があるんです。だからね、居合抜き直後の2撃目を外すことがない」


 霊治は振り抜いた姿勢から手首を返し、再び刃の向きを自動人形たちへと向ける。


「――切り返し特化型の妖刀、名を『渦月うずつき』」


 2つめの斬撃とともに、引き寄せられていた数体の自動人形の首がまとめて落ち、首から下はその場に崩れるようにして倒れた。どうやら人形も人間と変わらず頭が無くなると動けなくなるらしい。

 さて、と霊治は息を吐いた。これで相手に人間の様な恐怖心があれば心理的に優位に立てる場面なのだが、あいにくと自動人形にそんなものを望むことはできない。

 相変わらずの囲まれた状況にどうしたものかと肩をすくめていると、


「ちぇすとぉぉぉおっ‼」


 高速で自分の方に向かって大きな物が飛んでくるのを霊治の視界の端が捉えた。とっさに前へと転がるようにしてそれを避ける。それと一拍違いに今まで霊治が立っていた場所に、高速道路で右車線を走るスポーツカー並みの速度で何かが走り抜けていった。囲みを作っていた自動人形を大きく巻き込む形でそれは瓦礫に衝突する。


「先輩っ‼ 無事っすかッ⁉ 加勢しますよ‼」


 その声の先を見れば大太が、巨大な右腕で何かを殴り抜いたかのような格好でこちらを見ているところだった。どうやら何かを吹き飛ばして攻撃に使ったようだ。大太に任せていた自動人形たちは早々に再起不能に追い込まれたらしい。


「……それはどうも」


 あと一瞬逃げ遅れていれば大太の攻撃の巻き添えを食って死ぬところだったのだが、まぁ避けられたのだしあえて嫌味を言うこともないだろう。そもそも上手く避けると言ったのは自分の方なのだ。文句を言ったら格好もつかない。

 霊治はそれから自動人形たちの輪が崩れた部分から外へと走り抜ける。そして大太の元へ戻ると、


「残りの始末を任せてもいいですか?」

「任せてくださいっす!」


 大太の返事を聞いて刀を鞘へと収める。それから霊治は呆気にとられたようにして動かない少女の元へと駆け寄り、目線の高さを合わせるようにして地面に膝をついた。


「大丈夫ですか?」

「え……っ」


 少女はビクリとした様子で、震えながら後ずさろうとする。


「私たちはあなたに危害を加える者ではありませんよ。どうか落ち着いて」


 少女は霊治と、その後ろで自動人形を相手に戦う大太を見て、それからゆっくりと頷いた。


「あ、ありがとう……ございます」

「どういたしまして。それで怪我などはしていませんか?」

「えと……たぶん、してないです」

「そうですか、それならよかった」


 霊治はほっと息を吐き、それから言葉を続けた。


「私の名前は捺落迦ならかで、後ろの男は大太と言います。君の名前を教えてもらってもいいでしょうか」

「えっと、キルンです。キルン・ラグレス……」

「キルンさん、いい名前ですね」


 霊治が立ち上がり手を差し伸べると、キルンはいまだ恐る恐るといった様子ではあったがその手を取った。軽く引っ張って立たせてあげることにする。


「先輩~‼ 終わりましたよ~」


 キルンが起き上がったのと時を同じくして、大太がそう言いながら2人の方へと歩いてくる。振り返れば数多くいた自動人形はその全てが動けない状態になって地面に突っ伏しているか瓦礫に埋まっていた。


「す、すごい……!」

「へへっ。まぁこんくらいはね」


 目を丸くしてそうこぼしたキルンに大太が照れくさそうに応えて、先ほどまで人形を蹂躙じゅうりんしていたその右腕で頭を掻いた。その腕の巨大化の状態はすでに解かれて元の通りに戻っている。

 

「えーっと、先輩。それで、これからどうしますか?」

「そうですね……」


 霊治はアゴに手を添えて考える。

 ともかくこれからやるべきことについては考えるまでもなく明白だった。キルンを助けたのは成り行きで、寄り道みたいなもの。我々がすべきことはこの王都で暴虐を働いた転生者を殺すというたった1つのことだけなのだから。

 しかし、それを実行するにあたっての大きく重要な問題があった。

 

 ――それは事前情報と今の状況の『ズレ』だ。

 

 王都の外にあったまるで重機関銃で上から撃たれたかのような死体の数々、都市空襲にでもあったかのようなありさまの街並み、そしてその中を自在に歩き回る自動人形の群れ。

 それはどれも処理対象の能力である『武器創造クリエート・ウェポンズ』で実現できるものかが非常に怪しかった。その能力の上位互換と呼べる存在があるならばまだしも、だ。

 この怪しさ、違和感のようなものを無くす作業が必要だった。だからこそ今必要なのは『実際にここで何が起こったのか』という新しい情報を仕入れること。


「キルンさん。申し訳ありませんが王都の今の状況についてちょっとお話を聞いてもいいでしょうか――」


 キョトンとした顔を向けるキルンへと、霊治はいくつかの質問を投げかけた。

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