第7話 いざ、異世界出張へ
「――目をつむったまま足を踏み入れるのは感心しませんよ」
クシャっ。と音をさせて落ち葉を踏んだ
『ゲート』――それは特定の2つの世界を繋ぐ門である。
霊治と大太はオフィスで装備を整えるやいなや、すぐに本社の最重要秘匿地下フロアへと専用エレベーターで降り、そこで準備されていた空間を割るようにして存在していた底なし沼のように暗いゲートを通って異世界へとやってきたのだ。
大太は止めていた息を吐き出す。なにせ沼の様な見た目だったから、口を開けたままでは何か得体の知れないものを飲み込んでしまうのではないかと思って呼吸も止めていたのだ。しかしそんなことはまったくなく、むしろゲートを本当に通ったのかと疑ってしまうくらいの無感覚だった。
「聞いていますか?」
初めてのゲート体験の驚きを引きずっている大太は、そこでハッとしたように霊治へと向きなおった。
「今の我々にとってこの異世界は敵地に等しいんです。処理対象である転生者が先手を打って我々を撃滅しようと待ち構えていることだってあり得るんですよ? ちなみに私はその手の荒い歓迎をされた経験が何度かありますので、これは実際の経験に基づくアドバイスでもあります」
「す、すんません……気を付けるっす」
そう言われて、大太は改めて辺りを見渡した。
ゲートを超えて2人が立っていたのは人の手などまったく入っていなさそうな森の中だった。しかしそうは言っても右も左もわからない状況ではない。自分の背中側には
「まぁそうやって待ち伏せされないようにこういった場所にゲートを開くのが常道なんですけどね」
霊治は肩をすくめると、それからさっそく歩き始めた。
大太は慌ててその後についていく。森を抜けると目の前には平坦な地形が広がっていて、その遠くの光景の中にポツンと大きく長い壁で囲われた場所が見える。どうやらそこが王都らしかった。
「壁の内側から何か黒い……煙? が上がってるみたいっすね……」
「煙が黒い、ということは何かが燃焼し続けている証拠です。どうやら少し、遅かったようですね……」
「遅かったって、つまり……もう転生者が王都について暴れてるってことっすか……?」
霊治はその問いに無言で頷く。そして背負っていたゴルフバッグ並みの大きさのリュックを地面に下ろして、そしてそのサイドポケットから長方形の
「先輩、なんスか? それ」
ケースが開かれて出てきたのは一見すると、簡単な装飾を施された片眼鏡だった。
霊治は取り出した片眼鏡を元々自分で掛けている眼鏡に被せるようにして装着する。
「『神器』ですよ。名を『
「ジンギ? 透視能力……?」
「初耳でしたか? まぁあまり使う人もいないので仕方ありませんかね。神器とは神の加護を受けた武器や道具のことです。この手のものはなかなかに珍しい能力が宿っていることが多くて、実際のところ
「へぇ……神の加護‼ なんかスゲェっすね‼」
「ええ、結構すごいやつです。多分役立つと思いますよ。じゃあ、行きましょうか」
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
スタスタと大股で歩いていく霊治に、大太は慌ててついていく。
◇ ◇ ◇
平原を王都に向かって無軌道に進む霊治を、大太は冷や汗をダラダラと流しながらついていっていた。
なんていったって、この平原のあちこちに地雷が仕掛けられているというのだ。
『私の後ろを寸分たがわずについてきなさい。そうすれば大丈夫です』
その片目に装着した神器によって埋められた地雷の位置を特定できる霊治はスタスタと先を行く。いくら大丈夫だと言われても、1歩1歩足を踏み出すたびに寿命を削られるような思いだ。大太は大きくため息を吐いた。
「なんで地雷なんかあるんだよぉ……‼」
「まぁ確実に転生者の仕業でしょうね」
霊治は立ち止まって振り返る。少し引き離してしまった大太が追い付くのを待って、そして再び歩き出した。
「そもそもこの世界にまだ火薬は存在していませんから。私たちの存在を警戒してか、あるいは王都の人間をやすやすと逃がさないようにするためかのどちらかでしょう」
それからしばらくの間は無言で歩き続けた。次第に王都の正門らしき場所が近づいて、見えるようになってくる。そこは何かの爆発で破壊されたのか、ぽっかりと大穴が空いていた。
そんな道の半ばでだった。
「……おっと」
霊治がまた一歩を踏み出そうとして少しためらった。そして別の地点に足を下ろす。
「どうかしたんスか? 地雷っすか?」
「いえ……遺体がありましてね」
追いついた大太が足元を見れば確かに、草に隠れるようにして真っ赤に染まった死体が散らばっている。
「うわっ……ひでぇ。腕とか頭とかが飛んでぐちゃぐちゃだ。地雷の被害者っすかね?」
「いえ、それにしては下肢の損傷が少な過ぎます。それに胴体部分にも複数穴が空いているようですから、マシンガン? いやもっと口径は大きい。重機関銃などでしょうか……」
霊治は死体を調べながら、「うん?」と声を漏らす。
「なんかありました?」
「……ええ。この死体、肩甲骨辺りに入った弾が腹部から抜けているようなんです」
「はぁ。え、でも背中から撃たれたら弾が表側に抜けるのなんて普通じゃないっすか?」
「問題はそこじゃありません。身体の裏から表にかけて弾が『上から下に向かって斜めに』抜けているのがおかしいんです。ここは平原ですよ。高低差をつけた銃撃ができるような場所じゃない。武器の正体が重機関銃だとすれば携帯できるほど軽い重量でもない。ならいったいどうしてこんな斜めった弾道ができあがるんでしょう?」
屈んでいた身体を起こして、霊治は空を見上げる。
「それは……そんなに重要なことなんスか?」
「どうでしょう。ただ少し、違和感が……」
ここで考えても仕方がない。霊治はその状況を記憶にだけ留めることにする。
そして、それからも2人の進む道のあちこちに死体は点在していた。大人、老人、子供、男、女。区別なく銃弾はすべてを撃ち抜いていて、誰もピクリとも動かない。
「なんていうか、もっとこう、精神的にクるかなと思ってたんスけど割と平気なもんスね」
頭が吹き飛ばされていたり、四肢がなかったり、内臓が飛び出ている死体を見下ろしながら大太は言う。
「どこか、こんな雰囲気を懐かしいって感じる俺もいるんスよ。いや、もちろんこんなことをやらかした転生者を胸くそ悪いって思う気持ちはあるっすよ? それでもこうやって平気な顔をしながら懐かしいって思えるあたり、やっぱり俺も、昔は……」
平原に風が吹き抜けて血生臭さを運んでくる。しかし、それでも2人が顔をしかめることはない。それがさも日常の1コマであるかのように平然と受け止めていた。
「先輩。『あの』記憶が戻ったその時に、俺たちはもう人間をやめちまったんスかね……?」
「それは、わかりません」
霊治は歩みを止めずに顔だけで振り向いた。
「ですが、大太くんが今そうやって感じてくれていて少なくとも私は良かったと思えます」
「良かった……スか?」
予想外の返事だと目を丸くする大太に、頷いて答える。
「私たちの
「そ、そういうもんスか……?」
「ええ。だけど忘れてほしくない感性もあります」
そこで言葉を区切ると、立ち止まって続けた。
「『
「理不尽に対する憤り……?」
「そうです。私は別に転生者の所業に怒り狂ってほしいわけじゃない。それではただの自分のための『憎しみ』です。転生者個人を憎む気持ちはむしろ視野を狭くして自らを危険に招いてしまう要因になってしまいます。そうではなく、本来ならば平穏に過ごせたはずの人々の日常が何の脈絡もなく壊されてしまう、そんな理不尽を許さないという気持ちをどうか忘れないでください」
霊治は何か遠い過去でも思い出すように目を細める。
「殺すために殺すんじゃない。私たちは守るために殺すんです。その根底をはき違えないでほしい」
それに対して、大太は少し戸惑いがちに頷いて応えた。
殺すために殺すのではなく、守るために、殺す。その言葉が示すところの真意はわからなかったし、2つの違いも正直ピンときていなかった。
とにかく今は何としてでも転生者を殺す、それで充分だろうと大太は自身を納得させる。
結局はそれが業務を果たすということであり、自身を待つ『最低最悪な運命』を変える道でもある。誰のためでもない、すべては自分自身のために。それがこの会社に入社した理由なんだから。
大太は決意を新たにして、歩き出した霊治の後を追った。
◇ ◇ ◇
それから2人は再び王都を目指して歩き、そしてとうとう元正門だった場所の大穴を潜った。
「ひどいもんスね……」
「全くです。しかし、いったいどんな武器を使えばこんな被害が?」
辺りを見渡して霊治が言う。
正門から延びる通りに沿うようにあったと思われる建物は、目に見える限りその全てが破壊されていた。爆発によって吹き飛ばされた
「これ、まるで空からいくつもの爆弾が降ってきたみたいな有様なんスけど」
「まさか……とは言い切れないですね、これは。もしかすると、転生者の事前情報に何かしらのズレがあるのかも――」
そうして2人が周りの様子をうかがいながら慎重に歩いている時だった。
「――やだっ‼ 来ないでぇっ‼」
小さくだが高い悲鳴の声が聞こえる。そして金属が不規則にぶつかり合うような煩わしい音が後に続いた。
霊治と大太は顔を見合わせると、その音の発生源へ向かって走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます