第6話 それが私たちの仕事です

~ 再び、舞台は『転生トラブル解決課』 ~


 昼休みも終盤に差し掛かる頃、静けさに包まれた転生トラブル解決課のブースへと孤独に響いていた霊治のキータップ音が止まった。調査に一段落がついたのだ。椅子の背もたれを目一杯後ろに倒して伸びをした。ペキポキと凝り固まった関節が音を立てる。

 

「どう? 保険適用の対象になりそうだった?」


 メイシャが自席での読書を中断して訊ねた。

 霊治は小一時間PCと向かい合って行った調査の結果が映し出されたスクリーンを見ながら、


「ええ、確実に適用対象になるかと。調査の依頼のあった異世界へと行った転生者の行動履歴を洗いましたが……酷いものです。領地での大量虐殺を経て、つい先日は自身の領地が属していた小国で銃器を使ったテロを行い国の長を殺害しています」

「うーん……それはマズいわね」

「まったくです。今はこの異世界上でかなりの重要地点になっている王国へと向かっているようですが、いったい何をするつもりなのやら」

「……霊治くん、忙しいとは思うけど早めに対応してあげよう? きっとその異世界の人々は今この瞬間にも辛い目に遭っているはずよ」

「ええ、もちろん。すでに課長へと保険適用申請認可依頼と異世界干渉許可申請書をメッセンジャーで投げています。サインをもらい次第、すぐに準備を整えて現地に飛びますよ」

「あら、仕事が早いって素敵なことだわ」


 メイシャは綺麗に片目を閉じてウィンクを寄こす。

 字面にすれば芝居がかったように感じるそれも、しかし彼女が行えば霊治のやる気の一因になる程度にはサマになって見えてしまう。


 もしかすると彼女は常々こうやって男性の割合が圧倒的に高いこの課の社員たちのモチベーションを上げてきたのではないかという考えが霊治の頭によぎる。

 言動の1つ1つが男性社員たちの反応を織り込み済みのものだとしても違和感はなかった。実際に彼女はキレ者だし、まごうことなき美人なのだから。

 この際、実年齢などは脇に置いておいてだ。

 

「……また余計なことを考えてはいないかしら?♪」

「まったく、まったく考えてはいませんとも」 

 

 あいまいに笑って答える霊治へと訝しげな視線を向けつつ、メイシャが訊く。

 

「それで今回その問題行動を起こしている転生者のランクはどうなのかしら? どんな能力持ちの相手なの?」

「ランクはBですね。能力名は『武器創造クリエート・ウェポンズ』。その内容は『任意の指定位置に自分が想像した武器を具現化し、任意の指定秒数の間だけその具現化状態を維持する』という内容の能力です」

「ふぅん。武器ならなんでも? 核弾頭なんかも作れちゃうわけ?」

「いえ、兵器に分類される類のものを創造できるほど強力な能力ではないようです。死亡保険契約締結時の資料によると、生前のこの転生者は狩猟が好きだったようで、転生後も同じ趣味をたしなみたいがために携行性のある武器を対象にしたみたいですね」

「つまりは猟銃やらマシンガンを作る能力なのね」


 ふうん、とメイシャは頷きながらも怪訝な表情でアゴに手をやって、


「……でも、なんで秒数指定なんて条件を入れたのかしら。『任意の指定秒数の間だけ具現化状態を維持する』っていうのはつまり、その秒数を過ぎたら消えちゃうってことでしょ? ずっとあった方がいいと思うんだけれど」

「それはおそらく、異世界の現地民による銃器の再利用を防ぐためではないでしょうかね。弾倉が空になった銃でも分解すれば情報の宝庫ですから」

「自分以外の人間に技術が流れないようにするためってことね。なるほど納得だわ」

 

 そこまで話したところで午後の業務開始を告げるメロディが社内に響く。


「――おや、課長も仕事が早い」


 その直後、スクリーン上のメッセンジャーアプリに着信を報せるポップアップが表示される。サイン入りの申請書類が返ってきたのだ。

 

「大変だと思うけどがんばってね、霊治くん。あとこれ、あげるわ」


 向かいの席から手を伸ばして、メイシャが霊治に手渡したのは軽食用スナックだった。


「急な仕事だからって何も食べないのは身体に良くないわよ? 特に霊治くんはこれから身体を動かす派目になるんだからね、しっかりと体力をつけておかなくちゃ」

「すみません、お気遣いありがとうございます。いただきます」


 霊治はもろもろの準備が済んだら食べようとそれをジャケットのポケットへと入れて、


大太だいだらくん、ちょっといいですか?」


 斜向かいに座っている社員へと声を掛けた。すると「はいっ⁉」と驚きを含んだ返事とともに、その男が弾かれるようにして顔を上げる。

 大太と呼ばれたその社員は大きなスクリーンに阻まれてもそこから顔1つ分が抜けて上に出るくらいの高身長でガタイも良いのだが、今はどことなく自信なさげな顔つきとなっていてその力強さを感じさせる風貌ふうぼうとの間にアンマッチさを感じさせる。


「君もこの職場に来てもう2ヶ月ですから、そろそろ『現場』を踏んでおいた方がいいでしょう。今回の案件に同行してください」

「えっ……えっ、俺? えっ……?」


 突然に話の矛先が向けられた大太は、戸惑いがちにメイシャと霊治の間に視線をさまよわせると、


「その、何しに、っすか……?」


 と物心つかない子犬のように首を傾げてそう訊いた。

 思わず霊治とメイシャは顔を見合わせてしまう。


「何しにって……。大太くんのOJT(※)担当はあなたでしょう、霊治くん? 彼にこの課の基礎研修は受けさせたのよね?」

「無論です」


 霊治はいまだに理解の及んでいなさそうな大太へと向き直ると、言う。


「この転生トラブル解決課でいうところの現場なんて1つの意味しか持ちません。異世界です。君にはこれから行く異世界で『問題解決トラブルバスター』を体験してもらいます」

「問題解決ってことは、つまり……」

「ええ、そうです」


 息を呑む大太へと霊治は事もなげに答える。


「私と君で『殺し』に行くんですよ。転生者をね」




※OJT(On the Job Training)

 新人教育の際に使われる手法の1つ。新人に実際の業務を経験させながら、その新人の担当上司が仕事のやり方を教えていく。基本的に上司と新人が1人ずつペアになって行われる。

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