[Super Week] 水曜日-2066年2月10日

 今朝も早めに起きた。もちろん昨日の、犬を連れた姉弟との約束を果たすため。着替えて外に出て、ボード・ウォークに行ったが、姿がない。俺が誰か判らなかったのか、それとも今日の散歩コースはここではないのか。とりあえず、明日も来よう。何かがある気がする。

 駐車場へ行くと、巡査部長サージャントアンジェラがいるのは昨日と同じ。昨日よりも怪しい笑みを浮かべている。

「おはよう、巡査部長サージャント。君、休みは取らないのかい」

「今週は特別シフトで勤務していますから」

「スーパー・ボウル・ウィークだから」

「そうです」

「ゲーム・デイくらい休むといいよ。そして家でストリーム中継を見てさ」

「そうは行きません。スタディアム周辺の警備と交通整理に就くことになっています」

 当日も彼女に先導されてスタディアム入りするのだろうか。警察署はそれでいいと思ってるかもしれないけど、チームはどうなのかな。後でメグに確認しておこう。

 昨日と同じように彼女の尻を眺めながらスタディアムに着くと、北側の関係者駐車場に誰かいる。女だ。壁面に掛けられた、スーパー・ボウルの巨大な垂れ幕バナーを見上げている。

 このバナーは普通、両チームのスター・プレイヤーの肖像が使われて、それはたいていQBクォーターバックなのだが、先週作られた時には俺の“プレス対応しない”という契約がまだ生きていたため、CBコーナーバックテディー・メッセンジャーになっている。カウボーイズはもちろんQBクォーターバックロジャー・カウフマン。

 俺がモトを停めると、女は俺の方を見た。美形の白人で、長いブルネットの髪を後ろでくくってまとめている。身長は5フィート半くらいで、すらりとしている。気温が低い季節だというのに、上はモス・グリーンのスリーヴレス・シャツに薄手の薄手のカーディガン、下はデニムのショーツだ。脚の曲線が素晴らしい。胸も大きいが、さすがに巡査部長サージャントアンジェラには及ばない。スイカウォーター・メロンとメロンの違い。

「アーティー・ナイト!」

 その美人が、笑顔で俺の方を見ながら言う。こういう言い方をするのは「フットボールのファンじゃないけど、顔と名前は知っている」というタイプ。観光客かもな。巡査部長サージャントが俺を警護するかのように、間に身体を入れる。まあまあ、そんなことしなくても。

「あなた、アーティー・ナイトでしょう?」

「それが何か?」

「同じホテルに泊まってるよね。リヴァー・ウォーク・ホテル」

「そうだったか?」

 ホテル内で彼女を見かけたことがない。もっとも、俺は早朝に出て深夜に帰るから、活動時間が合わなくても何も不思議ではない。しかし、彼女も泊まっているというのなら、やはり旅行者なんだろう。しかし、どうやってここへ来た?

「そうよ。今朝見かけたわ」

「そうか。早起きなんだな」

「ええ、朝にサイクリングをすることにしていて、ここへ来たの」

 彼女の視線が移動する。その先には確かに自転車があった。ホテルで借りたのだろうが、スポーツ・タイプだ。サドルにヘルメットが掛けてある。

「健康的でいいことだ」

「あの垂れ幕バナーはどうしてあなたじゃないのかしら」

「俺よりテディー・メッセンジャーの方が人気があるからだよ。それに相手のロジャー・カウフマンとの対決が注目されているからね」

 プロボウラーのテディーが相手のWRワイド・レシーヴァーをカヴァーして、簡単にパスが通されるようならジャガーズの守備ディーは負けだろう。しかしカウボーイズは1000ヤード・レシーヴァーが二人もいるから、もう一人のCBコーナーバックカール・ゲイルズ、そして二人または3人のSFセイフティーもキーになるはず。

「私はあなたの方がいいと思うわ。作り直さないのかしら」

「そういう話は今のところないね」

「ミスター・ナイト、もうスタディアムに入られた方が」

 巡査部長サージャントがこっそり囁いてくる。その声に嫉妬の響きを感じるのは気のせいなのかな。

「他にたくさんいればそうするが、彼女一人だけならもう少し応対するのも悪くないよ。ファンは大切にしなきゃあ」

「彼女があなたのファンとはとても思えませんが」

 そうかな。どこを見てそう思ったんだろう。しかしなるべく早めに切り上げるに越したことはない。

「ヘイ、君、旅行者かい。どこから来た。名前は?」

「イスラエルからよ。デボラ・ヘルシュラグ」

「いつまでジャクソンヴィルに滞在する?」

「日曜日まで。ゲームはスタディアムでは見られないの。残念だわ」

「そうか。しかし十分に楽しんでくれ。ゲーム前の観光も」

「ありがとう、アーティー!」

 こんなところかな。巡査部長サージャントは、いつもなら駐車場で引き返すのだが、今日は関係者用の通用口の前まで付いてきた。先導ではなく、背後を守ってくれているので、尻が見えない。礼を言って帰す。

 食堂に行って朝食。いつものコックがすっ飛んできて、「いい肉が手に入りましたよ!」と嬉しそうに言う。それを使ったチキン・フライド・ステーキを食べたが、味は昨日と変わらない気がする。たぶん俺の舌のせいだろう。

「ところで昨日のコックは」

「ああ、臨時雇いの。デメトリアというんですが、腕は一流ですよ。それにあなたのために料理を作りたいってんで採用したんで」

 俺のため? そのわりに愛想がよくなかったが。もしかして"Tsundereツンデレ"というものだろうか。

「今日は?」

「金曜日の新メニューを研究してくれてて、午後から来ます。楽しみにしておいてくださいよ!」

 彼女がその担当になったのか。どういう褒め方をすれば喜んでくれるか、こいつに聞いておいた方がいいのかもしれない。いや、知らないか。こういう時はメグだな。また9時にオフィスへ行って、相談する。

「女性コック……デメトリア・パレッティですね。ダウンタウンの『ギンザーニ』というイタリア料理店のシェフです」

 やっぱりメグは何でも知っている。コックの採用なんて、広報が関わっているはずがないのに。

「その店の評判を調べておいてくれ。うまい褒め方をしたら、更にいい料理を作ってくれると思うんだ」

「承りました」

「こんなことに君を使ってしまって申し訳ないが」

「いえ、あなたのためになることなら何でもします」

 それを言うときのが、以前とほんの少しだけ違うのに気付くのは、合衆国中で俺一人だけだろう、と自認する。そして夜に別の表情を見せるのを知っているのも俺一人……いやいや、今週はそれを見ている場合ではない。全ては日曜日のゲームが終わってからだ。

「ところで今日も何か取材があったと思うけど」

「はい、e-Utopiaユートピアというゲーム製作会社です」

「VRを利用したゲームを作ってるんだったかな。新しくフットボールのゲームでも作るんだろうか」

「それは判りませんが、いらっしゃるのは北米本社ではなく南米支社の方です。リオ・デ・ジャネイロからだと」

 南米となると、フットボールはアメリカンではなくアソシエイションだな。まあいい、何かしら意図があるんだろう。

 とにかく会いに会議室へ行く。待っていたのはやはり男と女。典型的なラテン系。男は30代半ばかな。髭面だが、目元は涼しげ。服装はさっぱりした白い半袖シャツにグレーの緩いスラックス。ジャケットなんてこれまで着たことがないといった風情。

 女は目の醒めるような美形。今週はどうしてこうも美人に会う機会が多いのだろう。スーパー・ボウルは美人の集会所なのだろうか。そしてスーツの胸の盛り上がりは、アンジェラと比べてどっちが大きいのか悩むほど。いや、そんなのは悩みでも何でもないのだが。

「ボン・ヂーア、セニョール・ナイト! e-Utopiaユートピア南米統括支社長ブランチ・プレジデントのマルセロ・エンリケだ。この度は週末のゲームに備えて忙しい中、貴重な時間を割いて対応していただき大変感謝している。彼女は秘書のカリナ・ダ・シルヴァ」

「ボン・ヂーア、セニョール」

 二人と握手する。挨拶と敬称がスペイン風。いや、ブラジルだからポルトガル風かな。どちらでもさほどの違いはないだろう。ソファーに座って話を聞く。浅く腰掛けた秘書の、短いタイト・スカートから覗く脚の曲線が悩ましい。

「さて、俺がゲーム製作会社にどんな貢献ができるんだろう」

「とても簡単なことなんだよ。我々のVR技術について説明するので、後でそれを体験して、感想を聞かせて欲しい」

「フットボールのVRゲーム?」

「そう。ただ、今のところはアソシエイションだ。しかしフィールドで身体を動かすのだから、アメリカンにも応用できるはずなんだ。身体の動きはアメリカンの方が激しいはずなので、それに耐えられるようならどんなフィールド・スポーツにも応用できるだろう」

 エンリケ氏の説明を聞く。VRヴァイザーを着け、それを通して目の前の景色を見るのだが、半透過にしてCGを重ねる拡張現実ARと、不透過でフルCGを見せる仮想現実VRとが切り替えられる。今回のメインは拡張現実AR。フィールドに一人で立ち、他のプレイヤーの動きをCGで再現するのだ。

 ヴァイザーだけでは身体の接触は再現できないので、視覚的に表現する。たとえばタックルされたらCGを赤く点滅させるなど。

 頭を動かすと、ヴァイザー内のセンサーが検知して角度を計算し、CGの見せ方を変えるのだが、動く時にある一定の閾値以上の時間のズレが発生すると、人は違和感を得る。「見えるはずの景色」を無意識のうちに予測していて、それとの差を感じると脳が“違和”と認識するわけだ。そうならないための、高精度センサー測位と超高速CG描画がポイント。

「では早速ヴァイザーを着けてもらおう。用意したのは自転車競技用のヘルメットに仮付けしてあるが、後でフットボール用のヘルメットに付け替えてもらいたい」

 確かに自転車競技用のヘルメットに、スキーのゴーグルのようなものが付いている。ゴーグルはフットボール用ヘルメットの開口部にぴったり収まるだろう。秘書が装着を手伝ってくれるのだが……君、そんなに身体を近付けなくてもいいんだよ。腕に胸が当たってる、胸が!

「さて、拡張現実ARを体験していただこう」

 エンリケ氏が言い、秘書が膝上のラップトップで何か入力すると、二人の姿が変わった。まるで一瞬で着替えたかのようだ。しかも背景はそのままで! エンリケ氏は仏教の僧のような白い服。ただしフードアノラックが付いている。SF映画に出てくる宇宙宗教の導師グールーのよう。そしてカリナは水着! 面積の少ないブラジリアン・ビキニ。身体のデンジャラスな曲線カーヴは、本人のものなのか? いいのか、こんなすごいもの見せてもらって。

「顔をなるべく早く動かしてみてくれ。首が痛くならない程度にね。いや、正確には目で景色を認識できる程度にしてもらいたい。めちゃくちゃに動かすと、何が何だか判らないだろう」

「じゃあ、これくらいか」

 顔を左右に素早く動かす。ゲームで、ドロップ・バックしながらパス・ターゲットを探すときのように。立って実際に身体を動かす方が良さそうだ。

「我々の服はずれているかい?」

「いや、ちゃんとだ」

 もしカリナの水着がずれていたら、大事なところが見えてしまうのだが、そうはならなかった。いやいや、素肌とデンジャラス・カーヴと水着はCGなんだから、水着だけがずれるはずはない。とにかくそれだけ描画位置が正確ということだ。俺の頭の動きと完全連動。

「そうだろう。それが最新技術だよ。後でフィールドに出て試してもらいたい」

「他のプレイヤーはレジェンズ・フットボールみたいに女性が水着で登場するのかい?」

「そうもできるし、お望みなら水着の上にプロテクターを着けた男たちにしても構わないがね」

 それは勘弁してくれ。水着が見たいのは女だけだ。

「では後はよろしく頼む。僕は別用があるので、カリナだけを置いていくから」

「よろしくお願いしますわ、セニョール」

 水着の秘書が、妖しく微笑む。ううむ、このまま彼女の水着姿を見続けたら、練習に集中できないような気がするのだが、大丈夫だろうか。

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