#18:第8日 (8) 最後のターゲット
「君は寝不足だから、帰って寝る方がいいと思うよ」
「私が寝てる間に、あなたが帰ってしまったら困るじゃないの」
「どうしても今日じゃないとダメなのかね」
「ダメだから言ってるの。私が研究員になれるか、今日中に見込みを立てて欲しいから」
高校生が何言ってやがる。とにかく両親ともう一度相談してこい、と言って、ヴィラの前で
「私も相談に参加してくるわ」
あれあれ、
しばらくしたら、
「だって、本当なら一晩中お話をしてもらうはずだったんだから。それが今から昼までになっただけよ」
後席に座ったサーニャが、さも当然といった感じで言う。自分の権利をひたすら主張するところなんて、まるで合衆国民だ。
とにかくシェラトンへ。しかし、俺はまず船着き場へ行かなければならない。
船着き場には、あの船が着いていた。ついさっき着いたばかりだそうだ。車の方が早いに違いないが、寄り道をしていたので同じくらいになったのだろう。が、しかし。
「あの令嬢、着いた途端に意識を取り戻して、礼を言ってどこかへ行っちまいましたよ。今回のことは忘れてくださいって……」
とにかく船乗りには改めて礼を言い、チップを奮発して、帰す。ホテルの部屋に戻ると、
俺もシャワーを浴びて着替える。地下室で座らされたりして、あちこち汚れてるから。
すっきりした後、窓際の椅子にサーニャを座らせ、論文の説明を始めようとしたら、
「起きたらすぐ来て欲しいと、メッセージをもらったのよ」
で、その
しかし落ちてしまうことはなく、かろうじて踏みとどまっている。そして30分ほどしたら
「マドモワゼルがご一緒にいかがと……」
「私も食べるわ。さっきからずっとお腹が減ってたの」
言いながらサーニャが立ち上がって伸びをする。頭を使うには血糖値が上がっていた方がいいとは思うけど、食ったら眠くなるんじゃないのかね。まあいいか。
レストランに行くとマルーシャが待っていた。昨日の憔悴した感じからだいぶ復活している。でも君、夜中の地下室ではまた違う表情をしてたよな。
「ティーラは?」
「彼女は早朝にウィーンへ出発しました。私も一緒に行くつもりだったのですが、体調が戻りきっていないのか、うっかり寝過ごしてしまって。そうしたらティーラは『後で来て』というメッセージを残して、一人で行ってしまったんです」
相変わらずティーラをうまく操ってるなあ。彼女が出て行ったのって、君がいない間だろうに、どうやって決心させたんだ。しかしこれで一人でターゲットを捜す時間を確保したと。あと5時間もないけど。
俺の食べるものは例によって
マルーシャはいつもの食欲を抑えて、
そもそも講義どころじゃないんだよ。俺はターゲットを探さなきゃならないし、ゲートも見つけなきゃならない。いくらドゥブロヴニクが狭いといったって、4時間と少しで両方探し出せるのかって。ターゲットは捨ててもいいけど、ゲートは絶対見つけ出さなきゃならないんだ。
しかし食べ終わると部屋に戻って講義の続き。
サーニャは頭がすっきりと冴えたらしく、高校生らしからぬ鋭い質問を連発してくる。俺の論文を――いや本当は俺のじゃないはずなんだが――理解する最年少記録を作りそうだ。おまけに表情は活き活きして
9時になった。残り3時間。いったん休憩を挟む。寝不足のせいか、俺の方が疲れてきた。
「私、あなたの子供として生まれたかったわ」
また立って背伸びをしながらサーニャが呟く。突然、何を言い出すか。
「どうして」
「そうしたらあなたにいろいろ教えてもらえるもの。頭もいいに違いないし、18歳で財団の研究員になれると思うわ」
そんな訳あるか。俺がこんな講義をできるのは第二仮想記憶のおかげだよ。地頭はたいしたことがない。せいぜいA
「頭の良さなんて遺伝じゃないさ。俺の同僚の親の職業で、一番多いのは保険の外交員だ。親子で研究員なんて数えるほどしかいない」
「あなたの両親は?」
「アパレルのセールスマンと専業主婦だ。親父に似たのは口先がうまいところだけだな」
「学問のことは教えてくれなかったの?」
「全く。フットボールの投げ方は教えてくれたがね。頭脳より体格や運動能力の方が遺伝しやすいだろう」
「そうかしら」
そうだって。だからこそ、ヘルツォーグ教授と秘密結社は遺伝の研究を……
あれ? もしかして。
ターゲットは、そういうことなのか?
で、ゲートも……
ふむ。この考えが合っているとすると、残り3時間なんて、十分すぎるじゃないか。1時間でもいいくらいだ。希望が湧いてきた。
「今日はランニングしないのね」
君がいるからだろうが! どうしてそんなに話題がころころ変わるんだ。頭の切り替えが早いことを見せたいのか。
「何なら今から走ろうか」
「いいえ、もっとお話が聞きたいから、今日は中止してくれる方がいいわ」
「なぜそんなことを思い出した。ペネロパの散歩を忘れてたからか」
「そうよ。でも今日はヨシップの番だし」
「何か芸を仕込んでやりなよ。あれはかなり優秀な血統だと思うぜ」
「そうね。考えておくわ。財団では研究対象にしないの?」
「犬の心理学は対象外なんだよ。インタヴューができないから」
休憩を終えて1時間。また休憩してさらに1時間。11時になったら、
「そろそろ出発する準備をしないと。アーティー、サーニャ、研究会を終わってくれるかしら」
「お昼までっていうことだったのに!」
「ごめんなさいね。でも12時までに空港へ行かなきゃならないのよ」
「私も付いて行っちゃいけない?」
空港までか、それとも合衆国までか。
「ヘイ、サーニャ、続きはまた今度だ」
「じゃあ、夏になったらここに来て。私も夏休みだから」
「それは構わんが、報酬が必要だな」
「何? お金? それとも……」
何だ、その目は。俺は
「それは君を家まで送って行ってから言おう」
もちろん、ターゲットのことだよ。外れてたら困るけどな。
部屋を出て、
ホテルを出て、車に乗る前に
「もうしばらくはない、って答えたんだろう?」
「ええ、そうよ。もう何度か、こうしてあなたの出張に付いて来たいもの」
そんなこと言って、次のステージでは「妊娠していて同伴できません」ってことになったりするんじゃないだろうな。ないとは思うけど。
「それで、あなたが要求する報酬って?」
「簡単だ。ペネロパの子犬を1匹。もちろん、生まれてからでいい」
サーニャが呆気に取られている。
「そんなのでいいの?」
「ペネロパが
「そうね、あなたが仕事に行っている間は寂しいから、ちょうどいいかもしれないわ」
「もう産めるのかしら」
「1歳を過ぎれば産めるはずよ」
「夏までに生まれるかしら」
「妊娠期間は9週間」
どうして
「じゃあ、すぐに相手を探さなきゃ!」
「その前に譲渡契約書を作ってくれよ」
「そんなの作らなくても、憶えてるわ」
「大人の世界では必要なんだよ」
サーニャにノートブックを持って来させて、契約書を作る。「今年の夏までにペネロパに子犬が生まれたら、ミスター・アーティー・ナイトに1匹あげます」。日付と、俺とサーニャのサインを入れて完成。
で、これがターゲットだよな? 早速確認する。さりげなく腕時計にかざすと、
車の後席に座っているマルーシャは、そのままの姿。ターゲットを奪っても、意味ないよな? だって俺の名前が入ってるんだから。
「アーティー・ナイトがターゲットを獲得しました。ステージ終了まで残り30分を切っています。ゲートの場所は、
俺の横に立っていた
あるいはロクルム島の訓練施設のことかもしれないが、他のゲートから出たって構わないんだし、ここでいいだろう。
「ヘイ、ビッティー、質問なしでも90秒はこの中にいられるんだったな。他の
「ターゲットを奪われないようにお気を付けください」
そんなことまで注意してくれるのか。優しいね、君は。
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