#18:第6日 (2) 少年と犬
6時30分起床。
昨夜、寝る前に
日の出は本日、7時8分。顔を洗って、着替えて、外へ出て準備運動をしている間に明るくなるだろう、と思われる。幸い、天気もよさそうだ。
なので、その疲れが腰や太腿に残っている可能性はある。マッサージはしてやったけれど、他にも激しい運動をしているので、その影響も。
それとも意外に平気なのだろうか。まだ若いからか、それとも似たような腰の動きに慣れているからか。
しかしそれを朝に訊くと、笑顔で回答拒否されるので、やめておく。訊くなら今夜だな。ビッティーとの通信をどのタイミングにするか、考えないといけない。
ホテルの前で準備運動を開始。東の空は赤くなっているが、すぐそこに山が迫っているので、日が昇るのはもうしばらく後だろう。町中に街灯は少ないはずだから、
準備運動を済ませ、走り出す。
研究所へ行くのも、時間さえ合えばバスでも行けそう。"Plat"で降りればいいはず。
集落の中を走る。まだ薄暗いのでゆっくり。人も車も通っていないけれど。
薬局の角を西へ。ちゃんと憶えていた。昨日散歩したおかげだ。その先に小学校、というところで、ダルメシアンを連れている子供。
「
しかしすれ違った直後に、「オーパ!」と甲高い声。「
「ペネロパ!」
「
「
「
「
「
「
「
「
おまけに他の会話までしてるし。ついでに
そして立ち上がり、最後に犬の頭を一撫でして、「
「いつの間にクロアチア語を習得した?」
再び走り始めながら
「一人で観光している間の空き時間よ。
「そんな短時間で憶えられるものなのか」
「よく使う会話の
澄まし顔で簡単に言うけど、「この犬は何才?」なんて質問まで
しかしそんな詮索よりターゲットに関するヒントだよ。さっきの
夜は……研究所から戻ってきたら、日が落ちているので走れない。他の何かだ。例えば明日、犬の気をもっと引くようなグッズを身に着けて走るとか。ちょっと考えよう。
考えながら走っている間に、方向を南へ変え、砂利道を抜けて舗装道へ。そして幹線道を横断する。やはり車は一台も走っていない。
まだ明けやらぬ中、廃墟エリアに入る。仮想世界に幽霊がいるとは思わないが、一人で走るのならやめていただろう。メグが横を走っているので、強がって進むことができる。
それでも、朝焼けの空をバックにして立つ廃墟は恐ろしげな趣だ。光が当たらず、外形のシルエットだけが見えていて、それでもボロボロであることが判る。そして無人のはずなのに、誰かいるのではと思わせるたたずまい。寄り道して中へ入ってくれ、と言われたら、1000ドルでも御免被りたい。
「あっ!」
「どうした。
少し引き返して
「その建物の上に……人影のようなものが……」
視線の方向を見る。5階建ての廃墟ホテル。いくつもの棟が組み合わさった複雑な形状。そのどこに人影なるものがあったのか。
「その人影は飛び降りた?」
「まさか! そんな恐ろしいこと、言わないで。いいえ、後ろへ引っ込んだように見えたわ」
「鳥が止まっているのを見間違えたんじゃないのか」
「だって鳥は後ろへは飛ばないのに」
「だから、後ろ向きに止まっている鳥だった」
「…………」
「どんなだったか思い出せないわ」
「次は写真を撮ることにしよう」
そして、
海岸沿いの廃墟の前では、
廃墟群を過ぎて岬に向かう。緩やかな上り坂。
2周目に入ってもまだ日が出ない。集落の方では人と会わなかった。犬の鳴き声もしない。道路を渡り、再び廃墟へ。この時ちょうど山の稜線から太陽が現れ、冬の柔らかい光が射してきた。空も赤から
その光で照らされた廃墟は、なぜだか恐ろしい気がしなかった。まるで光が悪霊を取り払ったかのよう。
「明るくなったから、中を見て行くかい?」
「何ですって?」
見る方に気を取られていて、俺の言葉を聞き逃したらしい。しかし聞いていても即座に拒否したんじゃないか。
「中に誰かいるか、確かめて来ようか」
「
そうやって少女のように怖がると、いじめたくなってしまう。少しだけだから、と言って建物の方へ。
「さっきのは私の見間違いだったのよ。確かめなくてもいいわ」
「見間違いかもしれないけど、最近人が来たのも間違いないよ」
そう言って足元のコンクリートの破片を指差す。割れ口が新しい。少なくともここ2、3日の間に誰かが踏んで割ったのだろう。何しろこの辺りは、数日前に雪が降ったはずで、破片の状態から、それ以降に剥がれ落ちて踏まれたのだというのが明らかだから。
「きっと、廃墟を面白がって見に来た人だわ」
やはりミリヤナのような行為はおかしいんだ。今日のラボ・ツアーで迫って来られたらどうしようか。
「ギリシャの遺跡と似たようなものなのに、どうして怖いと思うんだろう」
「遺跡はちゃんと管理されているわ。この廃墟は放置されているからよ」
「所有権が放棄されてないとしたら、無断侵入で怒られるかもしれないな」
「そうよ。だから早く出ましょう?」
現実世界でも、幽霊より生きている人間の方が怖いのは間違いない。これ以上
自転車を置いたところまで戻ってきて、俺だけさっさと走り出すと、
俺が追い付けるはずもないが、
それから部屋に戻って二人でシャワーを浴び、着替えてからレストランへ朝食を摂りに行く。
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