ステージ#18:第6日
#18:第6日 (1) それぞれの夜の想い
第6日-2046年1月25日(木)
アルテムとソフィアはヒルトン。これもザグレブと同じ。旧市街の西にあり、古い時代の別荘を再利用している。町の情報を集めるには適しているだろう。
そしてシャイフ兄妹はエクセルシオール。町の東の海岸沿いに建ち、南にロクルム島が見える。おそらく島を調べようとするだろう。私もそうしたかった。旧市街の港から船が出ている。明日はそれに乗ろう。
私はどこに落ち着けばいいだろうか。
今夜はここでいい。この廃墟で。
寒さには耐えられる。食料も少しだけ持ってきたし、水もある。誰にも見つかることはないだろう。
しかし明日にはどこかのホテルへ行かねばならない。そうしないと、ティーラが私を探せない。この廃墟へ来ることはないだろう。
もちろん、探す必要はない。私の方から行くと、メッセージにも書いた。彼女は待っていればいい。
チケットを渡した飛行機には乗っていなかった。おそらくもう一晩、ザグレブのホテルで考え直すつもりだろう。彼女はまだ、一人で決断ができない。
けれど、結局はドゥブロヴニクへ来て、私を探そうとするだろう。おそらくリタに協力を仰ぐ形で。
リタは、また私を見つけ出すに違いない。
私はどのような精神状態で彼女たちの前に姿を現すべきか。
かつての恋人に似た男性を追ってきて、叶わぬことと知りながら焦がれ続ける憐れな女性か。
それとも、新たな恋に落ちつつも、かつての恋人への思いとの間で葛藤する優柔不断な女性か。
事実に近いのは前者だが、アルテムが本人かどうかで結末が変わってしまう。
とにかく明日一日、確認を続ける。
そう考えるのは何度目だろうか。私は何度、結論を先延ばしにすれば気が済むのか。
あれはアルテムの姿と性格を模したNPCであり、アルテムではない。
本物のアルテムは別にいる。この仮想世界の中に。しかし私は彼に会うことができない。そういう設定だから。
それが導出すべき結論ではないだろうか。私はそろそろ、諦めるべきではないだろうか。アルテムに会うことを。
あといくつのステージを経れば、彼に会えるのか。永遠に会えないのではないか……
いいえ、違う。
私は気弱になっていた。アルテムは必ずこの仮想世界の中にいる。私は彼に会うまで、この世界に居続けなければならない。
会えない設定になっている? それなら、変えさせればいい。この世界のルールは少しずつ変わっている。創造者、あるいは観察者が、私の行動に興味を持てば、その理由を調べようとするだろう。現に、仮想記憶を通してアルテムとの関係を知ろうとした。
そしていろいろな設定変更を試みるだろう。私の望まないことがほとんどだろうが、中には望むことに当たるかもしれない。たとえその数が少ないとしても、ステージをいくつも重ねれば、確率がゼロでない限り、いつかは私の望む状況に遭遇する。
今回は、近い状況になった。だがまだ私の望むものではない。
次のステージ……私が入ってから20番目のステージでは、望む状況になるかもしれない。それがダメでも、40番目なら? 80番目なら? 160番目なら?
私は決して諦めない。現実世界で実現できないことは、この仮想世界で実現するしかないのだから。
マリヤとティーラは、私の思いを許容してくれるに違いない。
マリヤは常に私と共にいる。この仮想世界の中でも。だから気持ちは通じている。しかしティーラは分けられてしまった。双子の妹として。それも私が望んだことだけれど。
私はティーラにもっと表に出て来て欲しかったのだ。たとえ何ステージに一度しかない、
彼女との旅はとても楽しい。そして彼女が“恋”を知ることもできた。それが叶わぬものであっても、その思いを大事にするのは尊いのだということも。
だからアルテムに対する私の気持ちも、解ってくれるだろう。
ティーラは今頃、どんな思いでいるだろうか。
ベッドの中で、ヴェニスへ行くべきか、ドゥブロヴニクへ行くべきか、悩んでいるのではないか。
彼女の出す結論は、私には解っている。彼女はドゥブロヴニクに来る。だが、一人で悩んで、考えて、結論を出すことが大事だということも、解ってくれるに違いない。
マリヤももちろん同意してくれるはず。
「ええ、もちろん解っているわ。でもあなたには、他にもまだ解っていることがあるはずよ」
心の中のマリヤが、私に話しかける。他にもまだ?
「もしアルテムがいなければ、あなたはナイトさんを好きになったことでしょう。ティーラも私もそうなのですから」
それはもちろん否定できない。この世界で何度となく私は、彼のそばにいたくなったことがあるし、彼を欲しいと思ったことさえある。
「それに、アルテムが現実には存在しないかもしれないという可能性」
……そう、それにも気付いていた。アルテムが、仮想記憶の中の存在である可能性。
私の本当の記憶を上書きし、私と彼が、現実世界であたかも関係があったと思わされている可能性……
それはどうすれば否定することができるだろうか。
私はやはり、ドゥブロヴニクへ行くべきなのだろう。
相談を持ちかけた二人が二人とも、ヴェニスでなく、ドゥブロヴニクがよいという意見を下さった。
一人はもちろん、ミセス・ナイト。どこにいらっしゃるのか、どうやって連絡を取るのか考えて、シェラトンに尋ねることを思い付いた。次の滞在先を教えてくれるかもしれないと。
ホテルに行くと、教えてもらえなかったけれど、メッセージを転送すると言ってくれた。ヒルトンに戻って待っていると、9時前に電話が架かってきた。遅かったが、きっと夕食に出られていたのだろう。
いいえ、それで遅かったなどと言っては失礼に当たるし、マルーシャがいなくなったのを心配して下さって、「ぜひこちらにおいで下さい」とまでおっしゃっていた。探すお手伝いもして下さると。
ザグレブに留まると決めた後だったので、飛行機のチケットの取り直しをコンシエルジュに頼めばいいということも教えて下さって。
そして「明日は空港でお待ちしていますから」とまで!
つい先日、初めて会ったばかりの私に、どうしてこれほどのことをして下さるのか、不思議でならない。けれど私は、彼女の好意に甘えることにした。
それから、マドモワゼル・メシエ。ヴェニスの滞在先は知っていたので、そこへもメッセージを送った。すると、12時前になって返ってきた。インスブルックへ転送されていたようだ。
そこでも事件に遭遇して、しばらく滞在するというようなことが書いてあったが、私のことについては「マドモワゼル・マリヤがメッセージ以外に何かを残されたのなら、それが行き先のヒントになるはずです」と。
この場合、飛行機のチケットのことだろう。その裏に書かれていた"Villa Plat"と、電話番号らしき数字。私はホテルの名前と連絡先と思ったけれど、あるいはマルーシャの滞在先を示すヒントなのかもしれない。その番号に電話しようとも思わない私は、気が弱すぎるだろうか……
マドモワゼル・メシエにはもっと詳しく状況を説明した方がよかったかもしれない。そうすれば“推理”ができる可能性があったろう。しかし彼女はプロの探偵であって、私の問題を解決してもらうにはこちらへ来ていただいたり、謝礼を払ったりすることが必要だろう。
第一、姉がいなくなった、などという問題に興味を持って下さるかどうか。ミセス・ナイトと違って、マドモワゼル・メシエは姉の知人でもない。心配する義理もないのだから。
私はドゥブロヴニクへ行こう。
そう決めて、ベッドに入ったのに、どうして眠れないのだろう。
チケットが取れたのは朝10時発の便。それに間に合うには中央バス・ターミナルを9時に出るバスに乗る。それにはホテル前の電停から8時45分発の
こんな簡単なことができなければ、私はどうかしている。何を心配しているのだろう。それとも私自身のことではなくて、マルーシャの行方が気になっているのか。
マルーシャはどこに行ったのだろう。どこにせよ、2日後には私のところへ来てくれる。そう彼女は書き残した。それがヴェニスであっても、他の場所であっても。
私は
彼女はドゥブロヴニクにいるのではないか? だからミセス・ナイトを頼ればよいと。
ドゥブロヴニクで何をしているのだろう? 私には言えないようなことに違いない。もしかして、アルテムのことではないか。彼の行方を探している?
彼女が姿を消す前、ホテルの部屋にいても、何かに気を取られているようだった。それは直前にブンデク公園で、アルテムと話したからではないか。マルーシャは「アルテムではなかった」と言っていたが、確証はなかったのではないか。それを確かめたくて、彼の次の行き先を突き止め、追って行ったのではないか。
それは彼女の行動として、不自然だろうか?
私はそうは思わない。彼女は何事にも積極的だ。これと決めたことはどんなことでもやり遂げる根気と集中力を持っている。だから私より早くプロになれたのだ。
彼女がどんな恋をしたのか私は知らない。アルテムのこともよく知らない。けれどやはり彼女は“追う”タイプなのだろうと思う。愛した男性にどこまでも付いて行く。私のように、運命的な出会いをただひたすら“待つ”のとは違う。
今回だって、行動することで運命を切り拓くことを教えてくれた。私はそのことにとても感謝している。
彼女は私にとても優しい。私のことを大切に思うあまり、時には我慢をすることもあるに違いない。それにだって限界はあるだろう。彼女のしたいようにして、その結果私が寂しい思いをすることになることだってあるはず。しかもわずか2日間なのだ!
その前の2日間、彼女は列車の中で出会った見知らぬ女性のために行動した。イングランドの外交官。彼女をウィーンまで連れて行き、それからヴェニスに送り届け、身の証を立てるための証言もしたはず。
私はその間、ほとんどの時間を一人で過ごしたけれど、寂しくはなかった。何よりあの方の近くにいられたから。それもマルーシャの心遣い。
そして今回も同じようになろうとしている。ザグレブには同じ列車で行ったのが、ドゥブロヴニクには翌日になっただけ。それくらい一人でできるだろうと、マルーシャは私に期待したのだ。
私はドゥブロブニクに行く。そのために、今は眠らなければならない。
眠らなければ……
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