#18:第3日 (10) 我が妻の行動
夕食会は8時過ぎに終了。
「部長と何の話をしていた」
「あなたが気にしていたとは思わなかったわ」
「君を困らせるような話でなければ気にしないよ」
「もちろん、そんな話はなかったわ。ただ、研究所のすぐ近くにホテルがあるのに、どうして駅前にしたのか、と」
シェラトンのような五つ星ではないが、四つ星や三つ星なら近くにあるらしい。マイアミ本部はそんな贅沢な出張をさせるのか、という意味で訊かれたのだろうか。
「それで、何と答えた?」
「私のわがままということにしたわ。差額を自己負担するのでランク・アップしてもらったって」
クレタと合わせて2週間の長期出張だから、なるべくいいホテルに、っていう言い訳にはしなかったのか。そもそも、俺もなぜシェラトンなのかというのは気になってるんだよ。
「それで、実際のところは?」
「あら、あなたが知っているはずなのに。だって財団からもらった予定表でそうなっているのよ? 私が希望したのは、クレタの前にサントリーニへ行くことだけ」
ふむ、そうすると“有名なコンシエルジュ”のコネクションではないのか。それはどうやったら確かめられるんだろう。
あー、もしかして、ビッティーに訊く? 今夜は通信できるはずだよな。しかし回数制限があるから、他のことと併せて訊かないと。
他のこと……今日の研究所では何のヒントが得られたんだろう。“
午前中の散歩でもダルメシアンが2頭いたけど、ただそれだけだったし。
「なら、俺も判らないな。予定を組んだ旅行会社には何も指定していない」
「マリオット・グループに財団が何か貢献していて、その見返りかもしれないわね」
財団じゃなくて、この仮想世界を作っている連中が、マリオット・グループに詳しいだけかもしれないな。しかし、それはもういいか。
「その他には?」
「あなたと結婚に至った経緯について」
それ、たぶんクレタでも話したんだろうけど。
「指輪の事件については?」
「もちろん、言わないわ。トラブルについては話さないことにしてるの」
そうだな。ニュー・カレドニアのあれなんか、言いようもない。じゃあ他のことを訊くか。
「昼からどこへ行っていた?」
「
待て待て待て。
「いいえ、メルボルンには世界最大級の
「そういえば君はメルボルンに住んでいたことがあるんだった」
「ええ、ポート・ダグラスに行ってからは鉄道に乗ることがほとんどなくなって」
一緒に
「ここではどこかよさそうなところがあった?」
「終点は必ずループ線があって、電車が転回するのよ。片運転台だから、折り返さないの」
そんなことを訊いてるんじゃない。
「3・9・12系統の終点リュブリャニカには電車の大きな車庫と整備工場があって」
それも違う。
「この14系統の終点で15系統に乗り継いでグラチャンスコ・ドーリェに行くと、メドヴェドニツァ山に登るロープウェイに乗れるの」
「そこまで行った?」
「いいえ、話だけ聞いて、14系統で折り返してきたわ」
それもどうかと思うが。
「他に観光ができそうなところは」
「イェラチッチ広場から北の旧市街地。それ以外にはほとんどないわね」
「旧市街地は見てきた?」
「いいえ」
「どうして」
「明後日、あなたと一緒に見に行きたいからよ」
その日はドゥブロヴニクへ移動する予定だけど、それまでの間に観光するつもり? でも飛行機の時間が判らないらしいぜ。
「じゃあ明日はどうするんだ」
「そうね、これから乗り換えるヴォドニコヴァの近くにいくつか博物館があるから、そこへ行くくらいかしら」
ミマラ美術館、美術工芸博物館、民族学博物館、技術博物館など。
そういうところなら安全か。写真家は来なさそうだものな。でも絵のモデルになってくれとか言って近付いてくる輩には気を付けてくれ。男だけじゃない、女もだ。
そのヴォドニコヴァ電停で降りて、9系統に乗り換える。中央駅の前を通り、午後に乗った電停を過ぎてから北に折れて、ホテル前の五叉路まで連れて行ってくれる。シェラトン電停という、そのものずばりの名前。
ホテルに入ってから
「そうね、たくさん話をしていたから、あまり食べていないわ。あなたもそうなの?」
「話を聞いているうちに、気が付いたら若い男どもが全部食べてしまってて」
イーヴォは食べながら少しずつ話すし、ヤコブはその間に料理をほとんど取ってしまって。あの後も出てくるのかと思ったら、追加がなかったのには驚いた。
レストランに入り、俺はザグレブ風カットレットを注文。もちろん二人で分けるつもり。しかし
「チーズと卵を挟んで焼いたペイストリーよ。シュトルクリには茹でるのもあって、クハニ・シュトルクリというの」
「ペイストリーということはデザートか」
「前菜や朝食として食べることもあるわ」
ブランチの時には知らなかったはずで、
シュトルクリの方は、一口だけもらった。
部屋に戻ってから、列車の中の事件がどうなったのか訊いてみる。
「そういえばミス・メシエは何か教えてくれると思っていたのに。まさかまだ解決していないのかしら」
そして
「研究所の連中がニュースを探しても見つからなかったのに」
「“オリエント
誰が解決したのかが重要って、どんな事件なんだよ。
「それで、真相は」
「未知の人物がベオグラードから乗り込んだ。それはアメリカ人の乗客に変装していたので、車掌は気付かなかった。彼はエマニュエル・ウィンストンのコンパートメントに入り、ウィンストンを殴って大怪我をさせた。その間に列車が出発してしまったので、彼はそのままコンパートメントに潜んでいた。そしてヴィンコヴチに到着すると、プラットフォームで発生していたトラブルに紛れて列車を降り、そのまま立ち去った」
何だ、それは。そんな真相であるわけがない。
「ジュリア・ウィンストンはどうなったんだ?」
「まだ行方不明よ。セルビアの出国記録にはないって」
本当かな。ターゲットには関係なさそうだから気にしなくてもいいんだけど。
「君はその解決で満足してる?」
「これでもいいんじゃないかしら。たぶん明日あたり、ミス・メシエから手紙が来ると思うの」
「……つまり、本当の解決を書いた?」
「それは明日になってみないと判らないわ」
何、その嬉しそうな顔。君、実はシャルロットと密かに通じ合ってるだろ。真相は世間に発表できないようなことなので、曖昧なことだけがニュースになってるとか?
「明日はいつもどおり6時に起きるかしら? なら、そろそろ寝た方がいいわね」
事件のことをうやむやにしようとするかのように、
「どこか走るのによさそうなところはあるかな。マクシミール公園へ行くのがいい?」
「駅前にある
ちゃんと調べてくれていた。しかし隙を見て腕時計に「
「ステージを中断します。
「やあ、ビッティー、3日も呼び出さないから、忘れられたんじゃないかと心配したかい」
「そのようなことはありません」
ここで「とても寂しかったです」などと言ってくれたら面白いのだが、彼女はジョークも言えないから。
「さて、
「どうぞ」
「複数のステージに登場していて、有名なコンシエルジュであるということみたいだけれど、どうして教えてくれなかった?」
「プロファイルについては本人からお聞き下さい」
「しかし本人があまり話したくなさそうなんだが」
「条件が整えば話すようになっています」
「それはつまりキー・パーソンのように」
「そのとおりです」
どうすればいいんだろう。話さないと夜の楽しいことをしてやらないぞ、とか言えばいいんだろうか。そういうのはあまり好きじゃないんだが。
「パリのメリディアン・ホテルに問い合わせることはできるのかな」
「あなたはできません。彼女本人のみ可能です。その他の人物では『話せない』という答えが返ってくるのが仕様です」
それ、全く意味なくないか? まあいい、他のことを訊こう。
「今朝、散歩をしている時にダルメシアンを2頭も見たんだが、ザグレブ市にはダルメシアンがどれくらいいるんだ」
「登録されているのは12頭ですが、登録外の犬もいて、日々流出入がありますので正確な数は出せません」
いや、シミュレイションで管理しているのに、数えられないなんておかしいだろ。そこにヒントがある? ちょっと考えてみるか。
「おやすみ、ビッティー。次に呼び出すのは明後日かその次の日だろう」
「ステージを再開します。おやすみなさい、アーティー」
ターゲット獲得前に2回しか呼び出せないのに、今日は用意していた質問が少なすぎた。ドゥブロヴニクへ行くまでにもっと情報を集めないと。
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