#18:[JAX] 勝利の翌日

  ジャクソンヴィル-2066年1月11日(月)


 8時に起きた。寝過ごしではない。目覚ましは最初からこの時間にしていた。

 こんなに遅く起きたのは、昨夜帰ってくるのが遅かったからだ。

 ジャガーズが、めでたくプレイオフ進出を決めた。それで祝勝会をしていた。スタジアムのロッカー・ルームで。

 レギュラー・シーズン最終週は土曜日に2ゲーム、日曜日に14ゲーム開催される。日曜日は昼に7ゲーム、夕方に6ゲーム、夜に1ゲーム。

 どの試合がいつ行われるかは、前週の結果によって決まるのだが、タイタンズ@ジャガーズは夜のゲームに割り当てられた。ワイルド・カード獲得の争いになると考えられたのだろう。

 その予想どおりで、夕方の試合が終わってみると、勝った方がAFCワイルド・カードの2位を獲得することになった。

 そしてジャガーズが逆転カムバックで勝った。東部時間8時20分に始まったゲームは、日付が変わる直前に終了した。そこからミーティングをして、祝勝会をして、終わってからアパートメントに帰ってきたのが2時だった。

 祝勝会と言っても、飲み物はゲイタレイド、食べ物は栄養食品。酒は飲まず、ジャンク・フードも食べない。まだシーズンが続くのだから、当たり前だ。1時間足らずで終わった。話した内容からするとほとんど反省会だ。

 今朝は、女たちは朝食を作りに来ないだろうと思っていた。俺が遅く帰ってきたのは知ってるはずだし――もちろん彼女たちだってゲームが終わるまでチア・リーディングをしていたのだ――、接触禁止令はまだ解除されていないのだから。しかし、今日の午後には解けるだろうと思う。禁止しない方が、プレイヤーの士気が上がることが判ったためだ。昨夜の祝勝会で。「誰のために勝つのか。チーム全員のためだ。プレイヤーやスタッフだけじゃない、チア・リーダーだってチームの仲間だ!」という理屈。

 顔を洗って、着替えて、スタジアムのレストランへ行く。もちろんオープンしているだろう。コックも張り切っているに違いない。ただ、俺が遅く来たので心配していたようだ。なぜここまで注目されねばならないのか。

「昨夜のゲームは素晴らしかったですなあ。あたしゃ、早朝から仕込みがあるんで、夕方に寝てから見ましたよ」

「そいつはご苦労さん。ナイト・ゲームの時はいつものそうなのかい」

「いつも……いや、今シーズンのナイト・ゲームは昨夜が初めてだし、昨シーズンはあったかどうか……」

 やれやれ、前シーズンの成績が悪いとサンデー・ナイトにもマンデー・ナイトにもサーズデー・ナイトにも組まれないから、こういうことになるわけだ。しかしプレイオフに進んだんだから、来シーズンはどれかに組み入れられるだろう。

 遅く来たが、いつもここを利用するスタッフや他のプレイヤーも出足が遅いらしく、料理はたくさんあった。コックの目を気にしながら、新メニューの3種類を取る。タイタンズとのゲームは終わったのに、まだあるんだ。

「明日も新メニューがある?」

「もちろんですよ。ワイルド・カード・ゲームの相手はチャージャーズですから、西海岸の料理を……」

 あっちの名物料理って何だよ。全然知らんぞ。カリフォルニア・ロールでも出すのか。まあ楽しみにしておくことにする。


 朝食を食べ終えて、9時にはケイトのオフィスへ。目的は一つなのだが、果たして。

おはようモーニン、アーティー。ハッピー・プレイオフ!」

 今日はおそらくこの挨拶ばかりだろう。

おはようモーニン、ケイト、今年は1週間仕事を伸ばしてしまったな」

「あら、オフィス・スタッフはシーズンが終わっても通常どおりよ。週末の出勤はなくなるけれど」

「とはいえ忙しさは例年とは違うだろう」

「知らないわ。何年ぶりのプレイオフかもはっきり憶えてないのに。それより、あなたの来た目的はこれでしょう?」

 ケイトが分厚い封筒を差し出してきた。特別速達エクスプレス・レター。うむ、やはり来ていたか、ジェシーから。発信時刻を見ると、今朝の6時だ。まさか徹夜で書き上げたんじゃないだろうな。

 開けて中を読む。先週と同じく、プレイの評価だが、先週より細かくなっている。これほどの知識をどこで得たのだろうか。

「その、昨夜はスタジアムに来てないんでしょう? ストリームで見ていたのかしら」

「うん、たぶん。Game Passだろう」

 横からの映像ではなく、縦からの映像を見たに違いない。そうでないとプレイヤー全員の動きが判らない。縦からの映像なんて、上級のマニア向けのものなんだが。

「プレイオフはどうするのかしら。全ゲーム、アウェイでしょう?」

「いや、スーパー・ボウルだけはホームだよ」

「あら、そうだったわ。行けるといいわね」

「行くさ、もちろん。君たちが信じてくれていればね」

「信じるわ、もちろん」

 どうだか。昨夜だって途中まで、心の中では「負けても仕方ない」って思ってたんじゃないのかね。プレイヤーやチーム・スタッフの中にだって、同じことを思ってる奴がいるに違いないのにさ。

 ジェシーもこんなゲームの見方をしていたら、勝つかどうかより、個々のプレイしか見なくなってしまうんじゃないか。ゲームの流れを見てくれるように仕向けるには、どうしたらいいのかな。

 考えているうちに、ケイトのデスクの電話が鳴った。ケイトが出て、「マギーから、あなたへよ」と言う。俺がここにいると予想してたんだな。

「何の話?」

「お祝いと、知人からのメッセージを伝えたいんですって」

 マギーからの祝いのメールは、昨夜のうちにもらったのに。しかし直接声を聞くのは嬉しいことだ。

おはようモーニン、マギー。今朝は君も遅くまで寝ていたんじゃないのかい」

おはようございますグッド・モーニング、ミスター・ナイト。それにハッピー・プレイオフ。昨夜はゲームが終わってからすぐにベッドに入ったのですが、興奮してなかなか寝付けませんでした。ですが朝はいつもどおり目が覚めてしまって」

 マギーが興奮するとどういう状態になるのか想像ができないのだが、いつもどおり目が覚めるというのは可哀想だな。身体に朝のリズムが染み込んでしまってるんだろう。

「眠くなったら昼寝すればいいよ」

「そうします。それから、私の知人からのメッセージをお伝えします」

 知人というのはおそらくサイモンであると思う。報告のための、待ち合わせの場所と時間に違いない。

「どうぞ」

「レストラン『ファサード』で3時に」

 本当に場所と時間だけだった。祝いの言葉もなしか。「ありがとう。明日会おうシー・ユー・トゥモロー」と言って電話を切る。ついでなのでジョーのオフィスに電話を架け、「話があるんだ、15分くらい」と頼む。忙しそうだが、了解してくれた。

 ケイトに礼を言って部屋を出て、ジョーのオフィスへ。入ると「ちょうど昨日のまとめを聞きたいと思っていたところだ」と言う。

「それならこれを見てくれ」

 ジェシーのレターを差し出す。ジョーはむっつりした顔で読んでいたが、「分析が甘いな」と言って突き返してきた。

「俺も修正すべき点は多々あると思ってるんだけどね」

「お前が書いたんじゃないのか」

「聞いて驚け。13歳の少女がGame Passで見て書いたんだ」

まさかノー・ウェイ!」

 言いながらジョーは「もう一度よこせ」と言いたげに手を差し出してきた。その手にレターを掴ませる。ジョーはやはりしかめっ面のまま読んでいたが、終わってから何度も頷いていた。そして今度はわりあい丁寧にレターを俺に返しながら言う。

「それで?」

「感想は?」

「分析が甘い、というのは変わらんよ。それで、その少女をどうしろと?」

「別に何も? スカウティング・ボックスに入れてやるわけにもいかないし。それに次のゲームはロスだ。彼女が行けるわけがない。ただ、彼女にはゲームを見せる価値がある、と思っただけだよ」

「彼女に評価されるようなプレイを作れ、と言うつもりか?」

「まさか。プレイ・ブックはゲームに勝つために作るんであって、ファンや評論家に見せて評価を乞うものじゃないってことくらい解ってるさ。ただ、プレイヤー全員がプレイの意図を理解して実行するには、13歳の少女でも理解できるようにしておいて欲しいね。行間を読まないと解らないようなプレイじゃなくてさ」

「それがプロの言う言葉か!」

 ジョーはずっと機嫌が悪いが、「プレイの意図が解りにくい」のは以前からの問題点なので、何とかしたいとは自分でも思っているだろう。そこへ13歳の少女を引き合いにしたのは気に入らなかったろうけど。


 3時にレストラン『ファサード』へ。プロ・ショップ・コミュニケイションで働きに来て以来で、食べに来たことがない。もっと来ればよかったと思うのだが、なぜか足が向かなかった。

 この時間は空いているのだが、いくら俺でも素のまま入っては店員やファンにバレてしまうので、眼鏡で変装する。働いたときに掛けたのとは違う型を買ってきた。しかしそれだけであのダニエルすら俺に気付かない。やはり俺に興味がなかったんだろう。

 店内でサイモンを見つけ、テーブルの向かいに座る。俺はオレンジ・ジュースを注文したが、彼はメルルーサのプロヴァンス風煮込みにした。

「カリフォルニアとは時差があって、ちょうど今が昼時なものですから」

「まさか日帰りするつもりかい」

「ええ、電話かメールで済ませたらとお思いでしょうが、実際に見たり会ったりした方がいいというものはたくさんありますのでね」

「じゃあその時間が取れるように早く話を聞こうじゃないか」

「はい。チャーリーの件です」

 ありふれた名前で助かる。横で他人が聞いていても、誰のことか解らないだろう。

「確かクリスとくっつけてはどうかということだったが」

「いろいろと様子を見たのですが、難しそうですね。何しろ一人の女性だけを相手にしません。もちろんそれが戦略なんでしょうが」

「弱みを探す側が、逆に弱みを掴まれるわけにはいかないものな」

「ですので、Gとクリスをくっつけることを考えました。Gというのは……」

「ああ、解るよ」

 GiorgioジョルジオのGだな。それは特徴的な名前なので、伏せた方がいい。

「会長とGと、双方の弱みになってしまえば武器として使えなくなるわけです」

「しかしクリスはGに近付いてくれるかな?」

「彼女は人生で成功するためならどんなことでもやるというタイプらしいのです。会長とも、奨学金のために……というわけですから」

 フィリスの妹だけに、心情的に信じられないのだが、そういうものなのかな。そもそも俺だってフィリスを完全に理解してたわけじゃないし。

「なるほど、Gはそういうタイプが好きだな」

「そうでしたか。いや、あなたにそれを確認しようと思っていたので、ちょうどよかったです」

「うちのチア・リーダーでもそういう基準で選ばれたのがいるはずだよ」

「ではミス・チャンドラーにも確認しておきます」

「チャーリーの方はどうするんだい」

「それも別案を考えてまして、他の人に相談しますので、あなたへの報告は後日ということで」

 ダニエルがメルルーサの皿を運んできた。こんな近くまで来てるのに、俺だと気付かないとはね。

「それから?」

「報告は以上です」

 サイモンはメルルーサを食べ始めた。うまそうに食べるので、もしかしたらこれもわざわざ来た目的の一つかもしれない。

「ああ、そうそう、もう一つ」

「何?」

「Gとクリスをくっつける布石として、ミス・チャンドラーに動いてもらっているのですが……今日はかなりつらい一日を過ごしているようです。後でねぎらってあげてくだされば」

 何だ。まさかGとデートでもしてるのか。ベスにはつらい役ばかりさせてるから、申し訳ないなあ。

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