#18:第2日 (6) 臨時停車
6時半ちょうどに食堂車へ行くと、やはりほぼ満席だった。イスタンブールから来た寝台車を3両もつないでいるので、客が多いのだろう。しかし相席はなぜかシャルロット・メシエだった。先に座っていたが、立ち上がって「ボンソワール・マダム」と
「シャルロット・メシエです。今夜、隣の
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。マーガレット・ナイトです」
そしてフランス式にビズ。そういえば君、
席に着いたらエドワールがメニューを持ってきてくれて、料理を選ぶ。俺は
選び終わると「
「まあ、何のことでしょうか」
「旧姓はスコットで、パリのル・メリディアン・エトワールでコンシエルジュをなさっていたそうですね」
「さようです」
「その時のエピソードを二、三、お聞かせ願えれば嬉しいのですが」
「たいしたことではありませんし、お客様の個人的な問題に触れるわけには参りませんから」
「しかし例えば
「ほとんど知られているのなら私からお話しする必要もございませんでしょう。ニュースは拝見しましたが、その中で全てが説明されていましたわ」
「
「さあ、それも皆様の個人的な問題に関わることですから」
「キングスレイ姉妹については私もすぐに判りました。彼女たちも私のことをご存じでしたが、どうも私と話したがっていないようですね。しかし他の方で、例えばムッシュー・ウィンストンとその妹については?」
ウィンストンというのはアングロ・サクソンにありがちな名前だから、あの常に暗い顔つきの男のことだろう。今、食堂車にはいないようだが、いったい何者なのか。
「さあ、せいぜいお顔とお名前くらいしか」
「何かご相談を受けたりは」
「いいえ、特に何も」
コンシエルジュに何か相談することがあるのかよ。というかあいつ、さっきコンパートメントに来たんだけど、俺じゃなくて
「ではサワムラ
「昨日、
「ムッシュー・ブルックスとムッシュー・マシューズは」
「TVでお顔を拝見したことしか」
合衆国人の男二人だよな。
「ムッシュー・グレゴリオ・バロッコとマドモワゼル・アデライデ・パリーニは」
「まあ、あの方々がそうでしたの。ニュースでお名前を聞いたくらいですわ」
誰だよ、そいつら。北イタリア系の男と女? やっぱりマフィアかカモッラか。
「では、かく言う私のことは」
「ここ数年でパリに住んだことがあれば、あなたのお名前をご存じない人などおられませんでしょう。私もお目にかかれて大変光栄ですわ」
「ありがとうございます。しかしあなたも同様に全てのパリジェンヌとパリジャンにお名前を知られているのですよ」
「あら、まさか」
「フランス
「いえ、いっこうに」
まさかコンシエルジュのメグをモデルにしたTVプログラムがある? 何だよそれ、誰に許可を得てそんなドラマを。あっ、昼に作家姉妹が言ってたのはそれか。
もしかして、マルーシャが
ううむ、どうやら
それより料理来てるぞ。二人とも静かなにらみ合いしてないで、食えよ。トマトと生ハムのカナッペ。いや、オリーヴ
夕食の終わり頃、列車はクロアチアに入った。トヴァルニクという駅で停まり、先頭の機関車を付け替える。ヴィンコヴチに着いた時に、ちょうど夕食が終わった。
サロン
フォーリー
「こういうところでは誰が聞いているか判らないから、他人のトラブルを開陳するような話は避けた方がいいと思うんだよ」
「ではコンパートメントで……」
そういえば君ら、
「あいにく隣が埋まってしまったので、4人で入ると狭くてねえ。それとも、君たちもザグレブで降りる? ホテルに一緒に泊まれば、話す時間はあるかも」
「ううん、それは……」
ルイーズが困っている。これでザグレブで降りると言うなら、キー・パーソンかもしれないと考えるが、どうか。
その間に
人妻に手を出すなよ、と言いたいのだが、横に美女がいるので言う必要がないかもしれない。そしてその美女というのが、マルーシャに並ぶほどの美しさ。明らかにウクライナ人の風貌。
ライト・ブロンドの長いストレート・ヘアで、黒いフィッシュテイル・ドレスから浮き出す身体のラインも完璧。ただしマルーシャほど胸が大きいというわけではない。なぜかオデッサのステージにいたホテルの受付係モトローナ・シュシュコを思い出した。誠実で有能そうな雰囲気があるからだろう。
話を横から聞いていると、男は軍隊にいたが大怪我をしたので除隊して、パリに移住するのだと言っている。パリにはモデルをしている妹が住んでいるので、そこへ行くところだと。いや、飛行機で行けよ。隣の女は何者だよ。
ここで改めて俺も挨拶。男はコスティアンティン・チェルニアイエフ、女はソフィア・ルスリチェンコと名乗った。二人はたまたま隣のコンパートメントになったのだが――二人とも一人客――同郷なので打ち解けて行動を共にしているそうだ。列車や船の中ではありそうな話だ。
で、なぜ
「パンナ・ルスリチェンコはフランスに長く住んでいたので、フランス語とウクライナ語を話すのですが、英語を話せないのですよ。たまたま、ミセス・ナイトがフランス語を話すのを聞いていて、ぜひ話し相手になって欲しいと……」
えっ、
しかし「もちろん、喜んで」と
サロン
「先ほど列車管理局から連絡がありまして、この先で停電が発生したとのことだったので、止まったのです。先ほどから強く吹雪いていたのですが、そのせいで架線が切断されたのではないかと」
大昔ならいざ知らず、今は架線、線路、信号の状態は全て管理局でモニタリングできるからな。誰かが「どこで止まったのです?」と訊く。
「ヴィンコヴチとスラヴォンスキ・ブロドの間です」
ああ、それ小説と同じだ。仮想世界のシナリオらしいわ。客がざわついたので、「車内が停電することはない?」と俺から訊いてみる。
「車内の電気は荷物室の発電機を使っているので、停電はしません。架線も、いま止まっているところでは通電しているのですよ。この先に断線区間があるだけなのです。たかだか1キロメートルほどです」
「救援はいつ来るだろう」
「ディーゼル機関車の乗務員を至急手配しているところです」
「機関車はどこから出す?」
「ヴィンコヴチです。ザグレブからだと遠くて時間がかかるので……」
「すると上下線ともいったん閉鎖して、機関車は下り線をスラヴォンスキ・ブロドまで回送、上り線を逆走して、先頭に連結して、牽引……」
「そういうことですが……ええと、鉄道会社の方でしたか?」
財団だよ。憶えてないのかよ。交通網のシミュレイションをやるから、仕組みに詳しいってだけだ。まあ、聞いてる他の客は何のことか全く解らなかったかもしれないから、もう一度説明しなきゃならないだろうけどさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます