#17:第4日 (4) デロス島観光
「午後からのセッションでは何を?」
「いえ、聞きたいものは特にないのです。この後、少し考えて……」
「では、私が聞きに行く予定のセッションを、一緒にいかがですか?」
テーマは『都市と防御、あるいは旧市街地の発展を阻害する要素』。そこにターゲットに関するヒントがあるはず、と私は考えている。テオプラストスに聞かせる意味はないが、話をする時間を作りたい。
「構いませんが、どうして僕を誘ってくれるのです?」
「あなたとお話しするのも、議論するのも、楽しいですから」
「そうですか。僕はあなたほど理解できていると思えませんが……」
「あなたのお兄様のミスター・ソクラテスや、ミスター・アリストテレスのお話も、とても楽しかったですわ。ミスター・プラトンには、昨日簡単にご挨拶をしただけなので、もう少しお話ししたかったです」
「プラトンは今日と明日、
「ありがとうございます。でも、あなたとのお話が一番楽しいですわ」
「そうですか。僕もあなたの話はとても楽しいですが……」
「ところで、お顔の色が優れませんが、ご気分でも悪いのでしょうか?」
「いえ、そんなことは……」
「では、何かにお悩みなのでしょうか?」
「!」
テオプラストスはとても判りやすい反応を示した。私の方をはっきりと見つめた後で、目を逸らす。私にはその悩みごとが解っている。それもはっきりしているのだから。
「別に……悩んでいるわけでは……」
「いいえ、解っているつもりですわ。ある方が、ここにいらっしゃらないからですね? その方に夕方までお会いできないのが、残念なのですね? もっとお話ししたいと考えていらっしゃるのでしょう?」
「そ、そんなことは……」
「他の誰にも漏らしませんから、もちろんその方にも言いませんから、私に言っておしまいになればいかがですか。そうすれば楽になりますわ。それとも、私の方からその方のお名前を言いましょうか?」
「!」
テオプラストスが驚いて腰を浮かせかけたので、テーブルに置いていた手を素早く掴んだ。手袋を嵌めていたが、女性らしい、華奢な手だった。席を立って、彼女の耳元に顔を寄せる。
「外で……人目のないところで、お話をしましょう」
「ああっ……」
テオプラストスが苦しげな息を漏らす。私は彼女の手を引いて、食事エリアを出た。ランチ・ボックスはもちろん
会議室エリアの空き部屋にテオプラストスを連れ込んだ。再び、彼女の耳に顔を寄せ、優しく語りかける。
「あなたは男装をしているのですね? 本名はフェードラではありませんか? そして、ミスター・アーティー・ナイトに思いを寄せておられるのでしょう?」
「
テオプラストスは両手で顔を覆い、華奢な肩を震わせた。
昼食が終わるとバスが店の近くまで迎えに来てくれて、乗り込む。1マイル半向こうの新港へ。アテネ、ティロス島、ナクソス島、パロス島、そしてサントリーニ島への高速船が出ている。デロス島へのフェリーは本来、旧港に発着するのだが、今日のツアーでは新港から出るとのこと。当然貸し切り。さすがクロノス
「ソクラテスはデロス島で合流予定だそうです」とプラトンが言う。ビッティーから聞いたとおり、デロス島は小さな島で、クロノスの豪華客船なんて着けられないと思うのだが、自前の
とにかくフェリーに乗る。デッキが三つもある大型で、30人ほどのツアーには大きすぎるくらい。シートは高級。売店もあるが、さすがに営業していない。ここと他の島を結ぶ船を流用したのだろう。すぐに出港し、デロス島まで30分。
「今日は波がずいぶん静かだ。これなら酔う人もいないだろう」
出港してから、俺と
1時半頃、デロス島に到着。入れ替わるように船が出て行ったが、あれは旧港へ行く定期便。この季節は、ミコノス発10時、デロス発1時半という1往復しかないそうだ。つまり、普通の観光客はあの船で帰ってしまったので、島までもが俺たちのツアーの貸し切りになるということだ。
「帰りの出航は5時の予定で、3時間半ほど滞在できます。個人で行動していただいても結構だが、迷ったり怪我をしたりして船まで戻って来られなくなることも考えられるので、なるべくなら案内の班に入っていただく方が……」
下船直前にプラトンが話していたが、船着き場の方をちらりと見た後で、固まってしまた。俺もそちらを見る。突堤に男と女が立っていた。
男の方は、古代ギリシャの彫像を思わせるハンサムな美少年。ニュー・カレドニアでマルーシャが連れていた
女は見憶えがある。
プラトンを見ると、顔が真っ青になっている。まるで幽霊を見たかのようだが、男女どっちが彼にとっての幽霊なのかな。
「……申し訳ないが、皆さん、ミセス・ナイトに付いて行っていただきたい。私は急用ができたので、船に留まらなければなりません」
船が接岸してから、プラトンが震える声で言った。今にも倒れそうな顔をしている。とりあえず、
突堤に降り立って、美少年と
船着き場の突堤は、島の西の、作ったかのような長い砂州の上にある。おそらく古代からここが港だったろう。そしてすぐそばから遺跡が広がっている。
そしてそれと入れ替わるようにして、モーター・ボートが現れた。二人乗っているが、一人はソクラテスのようだ。もう一人は操縦士だろう。沖へ出たフェリーの横をかすめて、突堤の方へ来る。よくよく見ると、ずっと向こうに豪華客船が泊まっていた。ボートはあそこから来たんだろう。
突堤へ戻る。ソクラテスを出迎える、というわけではないが、きっと状況が訊きたいだろう。ソクラテスは大柄な身なりに似合わず、軽やかにボートから突堤へ飛び移ると、俺の方へ寄ってきた。怪訝な表情だ。
「ドクター・ナイト、君一人かね。他はどこだ? フェリーはどうして沖にいるんだ?」 説明は実に簡単なので、話してやると、ソクラテスは沖を見て「アステールか!」と吐き出すように言った。たぶん、あの美少年の名前だろう。何やら複雑な事情がありそうだ。しかし、ここは敢えて聞かないでやるというのが帝国騎士らしい態度だろう。
「あの船に、戻ってくるように言ってもらえる?」
「もちろん、戻させるとも。プラトンは何時に出航と言った? 5時か。それまでには必ずだ。いや、もっと早くだ。いやいや、余計なのが二人乗ってるんだったな。そいつらはまずミコノスへ追い返す。それから戻って来させる。全部で2時間もかからないだろう。ただ、ドクター・ナイト、他の人がここへ戻って来て、そのとき船がなくても、心配するなと言ってくれるか。ミセス・ナイトにも案内の件で迷惑をかけて申し訳ないが……」
「俺はともかく、
「よろしく頼む。アシスタントの件と併せて、埋め合わせは必ずする」
おやおや、
ソクラテスは振り返ってボートに飛び乗ると、操縦士に何か言って沖へ走らせた。一連の出来事に気付いたのは、もちろん、俺だけだろう。ご一行は、神殿跡を見に行っている。
さて、この時間を利用して、単独行動をしてみよう。さっき山の方へ行きかけたが、それを実行する。遺跡の入り口にあるのが
その先から山を登り始める。最初にあるのがアガテ・テュケーの神域。少し登るとヘラクレスの神域。昨夜ビッティーが、そこに洞窟があると言っていた。しかし、洞窟ではなかった。石を家の形に積み上げているだけだ。それとも、奥が石窟なのか。だとしても、それほど深くないだろう。期待外れだった。
さらに山を登る。岩だらけだが、部分的に階段になっている。前回の、ゲームの中のマチュ・ピチュを思い出す。あのときは山登りが楽だったな。
しかしキュントス山の攻略も、さほど難しくはなかった。標高113メートル、370フィート。周りに遮るものが何もないので、四方の海が見えている。沖の豪華客船も、隣の島も。
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