#17:第2日 (6) チェアマンの仕事 (2)
さて、空港内での利用者の移動についてだが、カメラ映像で全てが把握できるわけもない。利用者のほとんどが持っている移動体、即ち
そして空港利用者の動きは概ねパターンがある。一番大雑把な分け方は“飛行機に乗る”“飛行機から降りる”“空港施設を利用する”“送迎”“見学”だ。その動線にもそれぞれ何種類かのパターンがある。これらから外れて、極めて特異な動きをする場合、カメラ映像を使って解析する。
そこから判った動線は、次のような特徴があった。「行き先を確認するために、よく立ち止まる
その地点に、行き先を示す情報の過不足があるのかを現地で確かめたが、適切なものであった。建設時の動線シミュレイションにも一致している。それでも何らかの“解りにくさ”があると考えられるため、空港入り口から、あるいは到着ゲートから、適切に誘導するための表示を検討している。
……その表示を検討して、改善してから結果を発表した方がよかったんじゃないか? それに、セッションのテーマと合ってるのか。そりゃ、年間2億人が利用するような大規模空港なら、一つの都市と言えなくもないけど。
一番の疑問は、そんな大規模空港がいきなり稼働を始めたと思えないんで、段階を踏んで建設されたはずだけど、どうしてその途中段階で改善しようとしなかったのか、ってところか。
さあ、質疑応答は。またポーランドの美女の手が挙がった。どうして彼女以外の手が挙がらないんだ。とりあえず、指名する。
「イスタンブール国際空港は四つの
どうして俺と同じことを思い付くんだ? で、トルコ人の回答は。
「第1ステージが完成した段階での動線は、事前に検討していたものと適切に一致していて、何も問題なかったのですよ。利用者がよく立ち止まる
しかし利用者が増えると、滞留する人数も増えます。そして人が多くなると、なぜか滞留時間も延びることが判ったのです。それは最初、誤差かと思われていたのですが、第3ステージが完成した後で、誤差ではなく傾向だと判明しました。この研究はそれ以後に始めたものです」
「それは……大勢の人が立ち止まっていると、そこに何かあると勘違いした人が、同じように立ち止まってしまう、いわゆる
「おっしゃるとおりです。ですから、適切に誘導するための方法の一つとして、
「しかし
「そうならないために、適切な数をシミュレイションから割り出そうとしているところです」
何にしろ、今回のは途中経過の発表だな。できれば完成形を発表する方がいいと思う。さて、俺からの質問はどうしようか。
「空港への到着そのものを分散させることは検討する? つまり市街地からの交通手段の多様化とか、飛行機の到着するターミナルを適当に分散させるとか」
「それは適切に対策しています。前者では、車と鉄道の利用者の割合は想定どおりですし、後者についてはシミュレイションどおりです」
それでいいことにしておくか。他の質問がなければ、次はイングランド人。
ニュー・ストリート駅はイングランドにおいてロンドン地区以外で最も状況客数が多い駅である。乗降客数は年間4千万人。プラットフォーム数は13。乗り入れ路線はナショナル・レイルの4線。クロスカントリー、ウェスト・ミッドランズ・トレインズ、アヴァンティ・ウェスト・コースト、トランスポート・フォー・ウェールズ。
列車の行き先は26種。発着は1時間に最大45本。それらを全て、乗客の流動込みでシミュレイションした。
……ふむ、いくら乗降客数や本数が多いと言ったって、日本の鉄道には敵わないだろう。しかし、全部シミュレイションしたという点については評価しよう。問題は、それで何が判ったか、あるいは何か解決したのかということであって、単にシミュレイターを作りました、というだけではねえ。
さて、質疑は。さっそくポーランド美女の手が挙がったよ。しかし、彼女ばかりに質問させるのも芸がないな。彼女、名前は何だっけ。美人なのにどうして憶えてないんだろう。
「失礼、ミズ・エレンスカ。先ほどから君が連続して質問しているので、他の人の質問を聞きたいと思う。構わないか?」
美女は素直に手を下ろした。さて、他に質問者は。おっと、テオがいるじゃないか。目を合わせて、
「このシミュレイションは何か問題を解決するために作られたのでしょうか」
やっぱり訊くよな、それ。で、答えは?
「実は問題を解決する一つ前の段階なのです。発表の最初の方で、ニュー・ストリート駅の立地について簡単に説明しましたが、その際に、バーミンガム中心地には他に二つの大きな駅も紹介しました。それがスノウ・ヒル駅とムーア・ストリート駅です。これらが関係した問題があるのです」
おや、そんな説明していたかな。憶えがないが。
「二つのうち、ムーア・ストリート駅はニュー・ストリート駅と近接しています。東西に4分の1マイルほどの距離です。そして、この二つをつなぐ地下短絡線を作る計画が、かつて持ち上がりました」
また短絡線! まあ鉄道のシミュレイションは、新線建設絡みが多いから仕方ないな。
「接続しない方が乗客が分散するので、利用者にとっては混雑が回避できて便利なのですが、列車の運用という点では、折り返しよりも通り抜けの方が効率がよいのです。それを検証するために、短絡線と、ムーア・ストリート駅の通り抜け可能な新プラットフォームを作ったと仮定して、シミュレイションしようとしたのですが、この発表には間に合いませんでした。スノウ・ヒル駅とムーア・ストリート駅を含む路線のシミュレイションはできているのですが、短絡線を利用する場合の
だから、どうしてそんな途中経過みたいな論文を発表するんだよ。
あっ、もしかして、ギリシャに来たかった?
世界会議がギリシャで開催されることもめったにないが、クレタ島なんて、今後絶対考えられないぞ。この機会を逃すのが嫌で、中途半端でも無理矢理論文に仕立ててエントリーしたとか……
まあいいか。査読して通したのは俺じゃない。出張旅費を会社や研究所が負担してくれるなら、来たらいいだろうさ。
さて、他に質問は。ポーランド美女の手が挙がる。容赦ないな。いいよ、質問して。
「短絡線を検討する際に、ロンドン市内の方は候補に挙がらなかったのでしょうか。現状、ナショナル・レイルでロンドン市内を貫通するのは北のセント・パンクラス駅と南のブラックフライアーズ駅を結ぶテムズリンクだけです。例えば東のリバプール・ストリート駅と西のパディントン駅を結ぶような……」
いや、ポーランド人の君が、どうしてロンドンの鉄道事情に詳しいんだよ。
「ロンドンに短絡線が少ないことや、その検討が有意義なのは理解していますが、短絡線の距離が長すぎるのと、乗り入れ路線が多すぎて
「日本の都市における、
いや、ポーランド人の君が、どうして日本の鉄道にも詳しいんだよ。よく判らない女だな。
「……今後の検討課題とします」
降参、だな。さて、次はハンガリー人。ハンガリー都市学会の研究員バウムガルトナー・ミハーイ氏。ハンガリーには
タイトルは『大河が貫通する大都市における川沿いの交通網の発展とシミュレイション』。これまでで最も、セッションのテーマに合いそうな感じがする。
ハンガリーの首都ブダペストにはドナウ川が流れており、町を二つに分断している。ドナウ川沿いには他にウィーン、ブラチスラヴァ、ベオグラードなど各国の首都がある。さらにパリはセーヌ川、ロンドンはテムズ川、ボンはライン川によって町が分断されている。もちろんそのような都市は多く、首都に限らない。
さて川で分断されながらも都市は環状に発達し、交通網も環状に発展していく。ただその際に最も遅れるのが川沿いの交通網である。
かつては川そのものが主要な交通路であった。しかし車や鉄道によって他の交通網が高速化される中で、船の高速化が一番遅れたからだ。
さらに過去の経緯から川沿いには船着き場や関連の建物が密集しており、中心から少し離れると湿地になっていて地盤が悪かったりする。そこに幹線となるような道路や鉄道が敷けないので、交通路が川のみになってしまう。
そこで、都市計画によって川沿いの建物を一掃するとか、地盤改良をするとかして、幹線道路や鉄道を敷くことができると仮定する。それによって町全体の交通流がどう変わるかをシミュレイションしてみたのが本研究である。
……いい感じじゃないか。さて、結論はどうなるのか。
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