#17:第2日 (7) ポーランド美女の発表

 川沿いに交通路が発達することの利点は二つ。

 元々、集落というのは川沿いに連なることが多い。そこを船ではない別の交通路によって結ぶことは、集落どうしの連携が強まることになる。

 また、先に述べたとおり川は物流の主流であったので、それを道路や鉄道によって強化・補完することは、川のを減らし、環境保全にもつながる。

 シミュレイションは10年間とした。結果として、予想どおりではあるが、町が川沿いに広がっていくことがはっきりと見て取れる。川沿いに隣り合った集落との交通量も増えた。

 ただし、シミュレイションで実行しなかったのは、川の汚染度の進行である。集落が広がって人口が増加したならば、廃棄物も増えるはずであり、それを防ぐための施設・設備が必要である。また川沿いの建物に対しては何らかの規制が必要であろう。それらは発展を抑える要因となったはずである。

 汚染されるのは川の水だけはないはずで、大気汚染や騒音の影響についてもシミュレイションに組み入れる必要がある。今後の課題としている。

 ……シム・シティーだな。大河の存在とそれに沿った交通路強化、という条件でやったわけだ。しかし結論としては平凡だぞ。どうせなら「火星に都市を造ってみた」とかやってくれたら面白かったのに。

 さて、質疑は。おいおい、手を挙げているのはまたポーランド美女だけか。こちらも手で「待て」の合図をする。もう一度テオに頼るわけにはいかないので、他に期待したいが?

 ややあって、ゲルマン系の顔つきの男が手を挙げた。

「ドイツのボンを例に挙げられたはずですが、ライン川はボンから下流にケルン、デュッセルドルフ、デュイスブルクと大都市が発展していて、川沿いの交通流も発達していますよ」

「おっしゃるとおりで、本シミュレイションの成功例に近いといって差し支えありません。その付近が発展したのはよい条件が揃っていました。石炭の存在です。ルール炭田。これによって近代から工業化、特に製鉄が行われ、都市の発達と連携、人口の増加につながりました。それまでは農村で、どこもそれほど大きい都市ではなかったのです。国策により、川沿いの集落が連携を促されました。都市計画よりももっと大きな力が働いて、農地が工業用地や鉄道用地に転換されたのです。本シミュレイションではそれほどの大きな力は考慮していませんが、今後は条件を変えたシミュレイションを試す予定です。そうすればルール地方のような目覚ましい発展の結果が得られることでしょう」

 答えを聞いて、ゲルマン男が満足そうに頷いた。ドイツ人というのは立派な仕事ぶりを褒められると、それが過去の他人の業績であっても、嬉しいものらしい。

 さて、ポーランド美女はまだ質問をする気かな。手を挙げてる。仕方ない。

「発表いただいたのは成功例でしたが、シミュレイションでは失敗例もあったのではないでしょうか。例えば、川沿いの複数の都市がどれも発展するのではなく、一つないし、いくつかは衰退するなど。大小二つの都市が隣接している場合、小から大への流入が止まらず、結果として小は衰退・消滅してしまうことも考えられます」

「そのような現象は常に起こりえるものであって、今回のシミュレイションに限りませんよ」

「では、やはり失敗例もあったのですね?」

「ありました。しかし失敗した例の方が明白に少なかったのです。1対9の割合です」

「その確率が論文内に書かれていますか? 私は見つけることができませんでした。それでは常に成功するように思えて、公正を欠くのではないでしょうか」

「おっしゃることは解りますが、現実の世界では試みが失敗へ向かうと判明したら、計画なり政策なりを途中で変更して、別の成功へ導くか、失敗を最小限にとどめようとするのですよ。シミュレイションの世界ではそこまでできないのです」

「しかし現実世界でも失敗例が存在するのですから、シミュレイションでどのようなときに失敗するかを記録して分析するのも研究ではないでしょうか」

「ご指摘ありがとうございます。今後の研究に役立てましょう」

 ヘイ、ポーランド美女。俺の質問することがなくなったよ。どうしてくれる。それでも何かひねり出さなきゃならないんだけど。

「最初に例としてあげてくれた都市は、ドナウ川やセーヌ川など、平原を流れる川に沿っていたと思うが」

「そのとおりですよ」

「山岳に近い急流地帯で同様のシミュレイションをしたら、どういうことが起こるか予想してみてくれ」

「さあ、急流の勾配がどの程度かによると思いますが、もし勾配がきついと鉄道が通しにくくなりますね。よって道路交通が主ということになります。車では同時大量輸送が難しいですから、発展の速度が落ちるのではないかと思いますね」

「その速度と、勾配との値に関係式が成立するかもしれない。ぜひ試して欲しいが、どうだろう」

「今後の課題の一つとしましょう」

 さて次はいよいよポーランド美女。ポーランド電力匿名組合SAの研究員ハンナ・エレンスカ。どこかで名前を聞いた気がするんだが、思い出せない。タイトルは『送電線の増設あるいは更新における経路変更計画に対するAI学習の適用及びそのロジックについて』。いかにも電力会社らしい、そして実用的な研究だな。

 そして彼女が発表者の演台に立つと、会場のあちこちからため息が聞こえてきた。美のオーラをほとばしらせてるなあ。みんなちゃんと発表を聞けるんだろうか。

 発表の内容はタイトルどおりで実にわかりやすい。送電線の工事や増設をする場合、部分的に送電を止める必要が生じる。しかし、その範囲を可能な限り狭くするため、迂回路を形成して送電を継続することになる。

 迂回路は当然のことながら、送電容量を超えないように選ばれる。超えてしまうと安全装置により直ちに送電が遮断され、広範囲で停電が起こるだろう。

 しかし容量を超えないように計算しても、設備の劣化や事故などにより、送電線が破損する場合がある。その場合もやはり停電だ。現にそのような事故は大きなものだと数年に一度、小さなものなら年に何度か起こっている。……ポーランドの一部では。

 ただ、その発生箇所は特定の傾向がある。経路中のボトルネックのような場所、あるいは劣化しやすい装置を使っているところだ。つまり普段からそこに負担がかかっているのである。

 だから過去の事故の詳細をデータベースに登録し、学習させることで、送電路の変更を計画した際に事故が起こる確率や、起こりやすい場所が推定できるようになるはずである。

 今回はデータベースからシミュレイション環境を構築し、その中で100件以上の工事の計画と実施をシミュレイションした。一つの案件について数十から数百回のシミュレイションを行うことで、事故が起こりやすい箇所を確率的に同定した。

 ただ、どこの装置も日々更新されていくため、発生箇所も変わっていくはずである。そのたびに合計数万回に及ぶシミュレイションを実行するわけにはいかず、もっと効率的なシミュレイション手法を検討中である。

 ……ふーん、これも研究の途中経過のような感じだな。さて、質問は出るか。おっと、早くも数人の手が。発送電って都市計画の中でそんなにメジャーな分野か? まず一人目。

「経路のボトルネックは対策なしに放置してあるのですか? まずそこを改修すべきと思いますが」

「ネットワークは広範囲なので、時間的費用的な制限があります。改修は計画的なものであって、一度にはできないのです」

 その指摘はシミュレイションとは関係ないよな。質問は終わり? じゃあ、二人目。

「装置の劣化もシミュレイション内に組み入れているのですよね? 不良確率だけではなく、経年劣化も確率的に考慮しているのでしょうか」

「そのとおりです。同じ装置でも製造ロット番号による不良率や、設置箇所に応じた経年劣化を組み込んでいます」

「そうすると工事を実施しなくても事故が起こった例があるはずですが、それは現実的な確率と一致していましたか?」

「的確なご指摘ありがとうございます。実際、おっしゃるとおりで、シミュレイション中に、工事と工事の間に事故が発生したことが何度もありました。ただ、現実の確率よりは低いので、使用電力が正確にシミュレイションできていないのではという危惧があります。もちろんこれは改善すべき事項です」

 不良率や経年劣化は、近隣の事故でサージ電圧がかかって変わることがあると思うけど、それは考慮してるのか。まあ、後で訊くか。じゃあ、次。

「装置の劣化についてですが、落雷や竜巻のような自然現象で劣化が進むことを考慮していますか?」

「落雷や竜巻という個別の現象までは特定していませんが、突発的に劣化が進むことは確率的に考慮しています。ただそれも年によって頻度が変わるので、シミュレイション中では乱数でを持たせるようにしていますが、それが正しい値の範囲に収まっているかは何とも言えません。検証が必要です」

 そういうのは最悪値に近い値を採用するのがいいと思うね。観測できないような微少な気象現象でも劣化が進むんだからさ。

 それにしても、質問をして答えてもらった男たちの、満足そうな顔。もしかしてお前ら、美女と会話することを楽しんでるんじゃないだろうな?

 まだ手が挙がってる。4人目だな。

「参考までに、シミュレイション中に起こった最悪の事故の規模を教えてもらえますか。そしてそれは現実の最悪と比べてどうだったか」

「発表の最初に少しだけ触れましたが、ポーランドには大手2社の電力会社があります。ポーランド電力匿名組合SAは国土の3分の1をカヴァーしているのですが、シミュレイション中の事故ではその半分の地域が停電し、復旧に2週間以上を要するという事態に陥りました。もちろん、現実の最悪の事故の数倍に及ぶ規模です」

 聴講者はため息と笑い声が半々だった。ミズ・エレンスカ自身が穏やかな笑みを浮かべてながら言ったので、笑っていられるのだろう。

 まだ手が挙がっている? テオだよ。さて、どうしよう。

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