#16:第7日 (21) 最終結果発表

「“ゲート”へ到達、おめでとうございます」

 ヴァイザーを外すと、カリナが笑顔で立っていた。ついさっき、泉に現れて、同じように「おめでとうございます」と言ってくれたばかりなんだけどな。

「最後は、ちょっと手間取ったな」

 森の管理者の候補を見つけたのはよかったが、ヴァネッサとイレーヌにロッドと石板を渡してもゲームは終了せず。ウィルの思い付きで、“呪文”が必要ではないかと考え、再び湖の島へ。

 教会へ入り込み、中を散々探したところ、祭壇の下に秘密の地下室があることを発見。それを見つけるのにコマンド・モードで「祈るプレイ」とやらないといけないというのには驚いたが、それも過去のゲームに前例があるのだそうで。

「でも、“鍵”を奪われなかったのですから、2位以内ということですわ」

 呪文が書かれた紙を見つけても、やはりゲームが終わらなかったのだが、二人を森へ連れて行き、ロッドと石板を持たせて呪文を唱えさせ、再びあの泉へ到達したら――泉へ行く道に、教授の目印は当てにならないのだ――アヴァター・カリナが現れて、ようやく"YOU EXITED THE GATE!"の炎の文字が見られた、という次第。

 ウィルとフィルの喜びようは、例によって大変なものだった。ヴァイザーとトレッドミルを本当に壊すんじゃないかと思ったくらい。

「最後、追われてもいなかったようだな」

「それだけ最終ステージは難しいということでしょう」

 移動して情報を集めたり謎を解いたするだけでなく、ところどころでミニ・ゲームが挟まっていたからな。そこで時間を食うと、追い付きにくいということか。しかし、俺たちだって結構手間取ったと思うんだけれど。

「全ては閣下スア・エセレンシアの適切なご判断によるものでしょう」

 マヌエラが横に来て、紅潮した顔で俺を見上げている。言葉遣いはまだ騎士モードだが、表情は“女”だなあ。

「ローナ、君が管理者の候補者を素早く見つけてくれたおかげだ。素晴らしい働きだった」

「お褒めにあずかり光栄です!」

「なぜあの二人が候補者だと判った」

 ヴァイザーを置き、トレッドミルを降りて、控え室へ戻りながら訊く。ゲーム中は時間が惜しくて訊けなかった。ウィルとフィルは、まだゲーミング・ルームの中ではしゃぎ回っている。

「彼女たちに、父方の祖父母のファミリー・ネームを訊きました。祖母のものが、島の墓地もありました。それで、祖母は子供の頃に島を出たのではないかと考えました」

「候補者に選ばれたが、継ぐのは嫌だった。形質は祖母の子供、つまり彼女たちの父に引き継がれた。痣があるかは判らないが、外から来た女と結婚にしたことで、彼女たちにも引き継がれた……」

「さすが、閣下スア・エセレンシア。何でもお見通しです」

「彼女たちは、西の湖の島へ帰ることになるのかな」

「ゲームが終わった後の世界がどうなるかなど、お気になさらずともよろしいのです。もちろん、閣下スア・エセレンシアは慈愛溢れるお人柄であるので、あの二人を気遣われるのだということは理解しています」

「オーラ、ローナ! 最後、すごい働きだったじゃないの」

 オリヴィアが声をかけてきたが、ローナの表情は崩れない。

「コエリーニョ・アズール、前半のあなたの働きも素晴らしかったです。特に、遺跡の中で、教授の策略により閣下スア・エセレンシアが窮地に陥った際、いち早く外へ飛び出し、教授を打ちのめしたあの動きは、あなたならではと思い、感心しました」

「…………」

 オリヴィアは返す言葉がない。マヌエラが騎士モードのままだからだろうが、これはいつになったら元に戻るのだろう。何かきっかけを与えてやらないといけないのか。そうだ、あの旗!

 旗を仕舞おう、と言おうとしたら、マヌエラは素早く旗の下へ駆け寄り――いつの間にか旗棒と旗立台が持ち込まれ、テーブルの横に立てられていた――持ち上げて満足げに見入っている。手放せと言う気になれない。

 テーブルの上には、例によってポンの紙カップがうずたかく積まれている。昨日と同じくらいあるが、3時間くらいはカリナ一人だったはずなのに、どうしてこんなに食べられるんだか。

「結局、どれくらいかかったんだろう」

「4時間半ほどです」

 カリナが答えてくれた。視線は壁の方を向いている。そこに掛けられたディスプレイには、終了までにかかった時間が表示されていた。A Turma Z, 9:29'49"823。

「全ての結果が出るのに、あと30分ほど待つことになる?」

「おそらく」

「それまで何をすれば」

「お飲み物はいかがですか?」

 それくらいしかすることがないと。もちろん、部屋の外へ出てもいけないんだろう。椅子に座り、カリナにオレンジ・ジュースを頼む。右隣にマヌエラが旗を持ったまま座り、カリナがオレンジ・ジュースを持って来て左に座った。彼女自身の飲み物はガラナ・ドリンク。ポンを食べながら何か飲んだんじゃないのか。

「最後は君がゲーム終了を告げてくれたが」

 ジュースのパックを開けながらカリナに言う。

「そうでしたか」

「1位ならエンリケ氏が告げてくれる、ということはない?」

「さあ、どうなのでしょう? 通常は、ゲームの開始と終了をサポートする担当、つまり私のような役割の者が告げることになっているんです」

「君は優勝チームのサポート担当になったことがあるだろうが、その時も君が告げたと」

「そうです」

 とにかく、もうしばらく待つしかないのか。ウィルとフィルは、まだゲーミング・ルームから出て来ない。大声でゲームの経過を話し合っているようだ。反省、というわけじゃないようだな。あの時のあれはよかった、みたいなことを言っているから。

 マヌエラは俺の横に座り、うっとりとした表情で何か考え込んでいる。一人の世界に入り込んでいるようだ。オリヴィアはその横で、手持ち無沙汰そう。話し相手がいないからだろう。

「ところで、ゲーム中の質問の続きをよろしいですか?」

 カリナの、その興味深そうな表情は何なのだろうか。

「蝶の女王のこと?」

「はい。どんな姿で見えていたのです?」

「また君のアヴァターだったんだよ。前の二つのステージでも見つけたみたいに」

「顔は私とそっくりだったのでしょうが、身体は……」

「もちろん、君と同じようにプロポーションがよくて」

「ゲームのヴィジュアル設定仕様書に依れば」

 カリナが手元に置いたラップトップの画面を見ながら言う。

「衣装は設定されていません」

 そして俺を上目遣いに見ながら続ける。

「どこまで見えたのです?」

「水着姿と同程度に」

 本当のことなので、きっぱりと言っておく。もちろん俺は、全部見えなくても構わなかったんだ。むしろ露出が多すぎて、何らかの規制に引っかかるんじゃないかと心配していたくらいで。

「残念ですわ、全ての詳細なデータを提供しましたのに」

 ラップトップを閉じながらカリナが言った。全ての詳細なデータ? それはアヴァターで全裸を再現できるほどに詳細なデータということか? 世界中の人に、ヌードを見て欲しいのか、君は。ポルノ女優じゃあるまいし。

「君にはどう見えたんだ?」

「騎士ローナがあなたに言ったとおりです。顔は、私自身だと信じながら見れば、そう見える、という程度でした」

「世界中の観戦者にも、同じように見えているのか」

「そうです」

「最重要NPCの役が割り当てられたのに、残念だったな」

「ええ、本当に。むしろ、エスペランサの方がよかったくらいです」

「それはそうと、結果が出た後のスケジュールは」

「8時から表彰式ですので、それまでは自由です。軽く夕食はいかがですか?」

「表彰式って、全世界に放送される?」

 横からオリヴィアが訊いてきた。椅子から腰が半分浮いている。

「何を気にしてらっしゃるのかしら。顔が映るかどうか?」

「ええ、それ!」

「エクシビション・プレイヤーの場合は実体が放送されますが、その他のプレイヤーはアヴァターです。映像に重畳で」

 ここへ視察に来たとき、見せてもらったな。あの時は服装だけが合成だったが、それに加えて顔もアヴァターになるということだろう。

「あら、よかった! 顔よりも、服が映るかを気にしてたの。あたしたち、みすぼらしいのを着てるから」

「ご希望なら、アヴァターにせず実体を放送することもできますが?」

「アヴァターがいいわ! 実体なんかにしないで。賞金をもらったことが、他の人にバレちゃう」

 賞金は、2位ならいくらだったかな。1位が500万ドルで、その10分の1だったか。50万ドルだから一人10万ドル。ただ俺の場合、もらっても使いようがない。メグへのプレゼントを買うわけにもいかないし。出張で余計な土産――食べ物以外――を買って帰ると機嫌を悪くするんだよなあ。あれ、どうしてそんな経験があることになってるんだ?

「間もなく結果が出ます」

 ディスプレイではしばらくリプレイ映像が流れていたが、時計を見ながらカリナが言うと、ゲーミング・ルームからウィルたちがバタバタと走り出てきた。まだそっちにいたのか。

お願いポル・ファヴォール! 1位プリメイロ! 1位プリメイロ!」

 ディスプレイから半フィートの至近距離に立って、ウィルが叫ぶ。画面が見えないっての。石扉の絵になって、そこに結果が表示されていく。ウィルが喜べば1位、そうでなければ……

「ウアゥ!」

 その言葉はおそらく1位でもそれ以外でも同じなのだろうが、声の調子で判る。ついでに、ウィルが床にへたり込んだので、もっとよく判った。


  RESULTADO

  Primeiro, Tropa de cinco, 9:01'23"456

  Segundo, A Turma Z, 9:29'49"823

  Terceiro, Cruzeiro do Sul

  Quarto, Dança do alho-poró


「やっぱり30分近く差を付けられてる……ミニ・ゲームを半分の時間で終えても、まだ届かないじゃないか……」

 ウィルが嘆く。どこにそんなデータがあったのかと思うが、もしかしたらゲーミング・ルームの中のヴァイザーで、プレイ時間の詳細を確認できたのだろうか。

「仕方ないよ、ウィル。今回の1位は、5人の軍隊トロパ・ヂ・シンコは強すぎた。運が悪かったんだ」

 フィルが肩を叩きながら慰めているが、「それより10万ドルだぜ!」とならないところがゲーマーだと思う。

 オリヴィアが「やったわね!」と言いながらマヌエラの肩を叩いているが、マヌエラは俺の方をうっとりと見たまま返事もしない。四者四様。この場を締める必要があるようだ。

「とりあえず、夕食に行こうか。カリナ、店を案内してくれ」

 もしかしたら、ベネズエラ料理店へ案内してくれるかもしれない。

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