#16:第7日 (22) 表彰式
夕食からe-Utopiaに戻ってくると、社の前にタクシーが停まって、女が二人降りたところだった。巡査部長とハファエラだ。
巡査部長は黒のパンツ・スーツに白い立て襟ブラウスというオーソドックスなコーディネイト。ただ胸が大きすぎて、ダブル・ジャケットなのに身頃が膨らみを支えきれず、ボタンが今にも飛びそう。エンリケ氏を悩殺するつもりなのか。
対してハファエラは紫のドレス。これからパーティーへ行くのかという感じ。目的を間違えていないだろうか。俺と議論の続きをしに来たんだよなあ?
しかし、今はまだ8時。約束の時間までまだ30分もあるが。
「この時間に来て欲しいと、カリナから連絡をもらったのです」
振り返ってカリナを見る。いつもどおり3人前を平らげたが、まだ満足していない感じ。
「支社長からそのように指示がありましたので」
俺たちのゲーム中に連絡を取り合っていたらしい。
「表彰式を見せるのかな」
「かもしれません」
社に入って、エレヴェイターに乗る。7人も乗っているので、幾分窮屈さを感じる。ハファエラが近くに立って俺を見ているが、それを遮るようにマヌエラが俺の前に立ち、睨みを利かせる。マヌエラとしては“将に害を為すかもしれない未知の人物に対する用心”のつもりなのだろうが、ハファエラは“恋愛のライヴァル”と思っているかもしれない。迷惑な話だ。
最上階の一つ下で降りる。短い廊下から広い部屋に入ったが、地下のゲーミング・ルームを倍くらいに広げたような感じ。天井も高いか。ここが特別プレイング・ルームかも。トレッドミルがずいぶんと部屋の隅にあるが、表彰式のためにそこへ寄せたのだろう。
部屋の真ん中にエンリケ氏が立っていた。こちらに歩み寄りながら、笑顔で挨拶してくる。
「
それからエンリケ氏は昨日同様、他の4人にも寸評を言っている。ウィルの感激ぶりが、昨日にも増してすごい。さらに巡査部長とも挨拶。
「
「データとは?」
エンリケ氏との挨拶を終えて、少なからず興奮した面持ちの巡査部長に訊く。
「管制システムのサンプル・データです。あなたの行動データと、あなたから依頼を受けたあの女性の行動データを……プロフェソール、あなたに承認を得るべきでしたが、カリナに取り次いでもらおうとしたら、ゲーム中で返事ができないと。ですが、あなたの行動にやましいところは一切ないのは私も保証しますし、カリナも賛成してくれましたし、支社長も興味があると……」
そりゃ、データは警察のだし、君が管理してるんだろうし、好きに使ってくれて構わないんだけどね。カリナの方を見たが、いつもながらの澄ました笑顔だ。私が全ての権限を持ってるんですとでも言いたそう。
もう少し聞きたかったが、エンリケ氏がすぐに表彰式を始めるというので、俺たちは部屋の中央へ、カリナ、巡査部長、ハファエラは部屋の隅へ。しかし、他のチームはどこにいるんだ。マラカナンか。
「表彰式は1位と2位だけが出席するんだが、今回は事情があって1位のチームは来ない。今から説明するので聞いていてくれたまえ」
俺に一言だけ断ると、エンリケ氏は部屋の隅に向かって合図を送った。そこにはガラス窓があり、その向こうに小部屋があって、何人か座っている。ストリーミング放送のためのスタッフだろうか。
俺たちの立ち位置を決め、ハンド・シグナルでスタッフとカウントダウンなどのやりとりをしてから、エンリケ氏が話し始めた。
「このストリーミング放送を見ている全ての人に対して、ご挨拶申し上げる。e-Utopia南米支社長マルセロ・エンリケだ。今週の"eXork"も激戦だったので、さぞかし楽しんでもらえただろう。これから表彰式を始めるが、その前に重大な報告をしなければならない」
部屋の入り口近く、カリナたちが立っているところの横に、プロジェクション・スクリーンがあって、放送されている映像が映っている。エンリケ氏の後ろに俺たちが並んでいるのだが、俺たちの姿はゲームのときと同じアヴァターで、背景は最終ステージのスタート地点となった草原だった。神殿の方が雰囲気がいいのに、なぜだろうか。
「優勝チーム"
入れ替わり……マルーシャと、女流画家のことか! それが発覚したのはもしかして、巡査部長がエンリケ氏に提供したデータから? 後で訊かなければならない。
「そして私の後ろにいるのは、今回2位になった"
エンリケ氏が俺のユーザーネームを呼ぶ。向こうのスクリーンを見ると、俺のアヴァターが大写しになっている。何の意味があるのだろうか。しかし呼ばれたのだから、一応「
「彼の正体はある有名な数学理論の研究者で、"eXork"は初挑戦なのだが、このとおりの成績だ。一流の人間は何をやらせても一流であるということを証明した好例と言えるだろう」
いやあ、偶然だと思うね。もっとも、それがこのゲームの宣伝になるんだろうから、表立って否定はしないけどさ。
「そして1位のチームが失格となったのでJMV、
横は見ずにスクリーンでアヴァターの動きを見ていたが、ウィルは全く反応していない。奴の性格から考えて、緊張しているのではなく、エンリケ氏と同じ部屋にいることで感激して頭の中が空っぽになっているのだろうと思う。
「彼はオンライン版で優秀な成績をあげているプレイヤーの一人で、ユーザーネームやアヴァターを目にした人も少なからずいるだろう。今回の彼の働きは、リーダーの方針と指示を適切に実行へ移すだけでなく、リーダーがゲームに不慣れな点を適切にサポートしていた。実質的なサブリーダーと言ってもいいだろう。今後、彼のアヴァターには“JMV”のアイコンを付けることが許される。彼と対戦するプレイヤーは、ぜひ注目したまえ」
「"eXork"は今後も続く。我々は多くのプレイヤーの参加を待っている。新しいステージでの、新しい冒険が、君を待っているだろう。来週の優勝者は、君かもしれない」
スクリーンを見ると、別の映像に切り替わったようだ。ゲーム中の名場面か。ずいぶんとあっさりした表彰式だ。10分もかかっていない。
「オーケイ、表彰式は終了だ。"A Tumra Z"の諸君には、賞金の支給方法を案内する必要がある。ただその前に、ドトール、君とは少しだけ相談したいことがある。カリナ、他の4人を別室へお連れして」
「かしこまりました」
ハファエラはどうするのか、と思ったら、カリナが連れて行ってしまった。マヌエラが俺と離れたくなさそうにしているのだが、いつになったら騎士モードから抜けるのか。夕食のときは、普通に飲み食いしてたのになあ。
エンリケ氏は振り返ると部屋の奥へ向かって歩き始めた。スクリーンの後ろへ回り込むとドアがあり、開けると非常階段のようになっていて、そこを上へ。最上階のドアを開けると立派な執務室だった。支社長のオフィスかな。
ソファーを勧められ、巡査部長と並んで座る。エンリケ氏はデスクからタブレットを取ってきて、俺たちの向かい側に座った。
「さて、ドトール、僕は
「ついさっき。しかし、全く問題ない」
「そう言ってもらえると助かる。仮にもこれは個人データなのでね。そしてもう一つ、今回ゲームに参加した画家ジョルジーナのデータも受け取った」
「それは知らない。俺は
それがジョルジーナだというのは、オーレリーから聞いた。ここでは知らないふりをすることにする。
「なるほど、我々の知っていることは、事実のそれぞれ反面ずつということだね。要するに、君の友人がジョルジーナに変装し、
「リーダーとして?」
「登録はリーダーではないが、実質的な働きはリーダーそのものだったよ。彼女はeXorkに以前から大きな興味を持っていて、どうしても参加したかったのでジョルジーナと代わってもらったのだと釈明したが、君はこれについてどう思う?」
「彼女の趣味は知らないが、正直な女性なので、言ったことをそのまま信用すればいいと思うね」
事実と反対のことを言ってしまった。しかし、
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