#16:第7日 (20) [Game] 管理者の候補者

「ここは教会の他に、何があったんだっけ」

 フィルに訊く。彼は、俺が南の町でミニ・ゲームをしている間に、少し調べたと言っていた。

「普通の商店の他には特に何もないようなところで……ああ、北に墓地があるということだったような」

 墓地ね。そりゃ、あるだろうよ。でも、さっき神殿の中に蝶の墓があったし、何かヒントがあるかもしれない。

「よし、手分けして情報を集めよう。探すのは、“森の管理者の候補者”。おそらくは、代々継承するものだろうから、エスペランサの近親者が何か知っているだろう。それと教会の関係者、民家のカフェの婦人に訊く。セボラとB.A.に任せる。俺とローナは、墓地へ行ってみる」

「墓地で何が判るの?」とウィル。

「管理者の墓には、何か特別な印が付いているかもしれないだろ。それを探せば、過去の管理者が判って、そこから情報が掴めるかもしれない」

「なるほどね。ところで、エスペランサやガスパールはどこへ行ったって訊かれたら、何て答えればいい?」

 逆質問に答えないと、情報が得られない場合があるか。合体してジュリアーナになってしまって、永久に帰らないけど、ゲームの中だからもうしばらくだけごまかせればいいよな。

「森でまだ儀式をしている、明日には帰るだろう、ということにしよう」

了解エンテンディ

 町の人に墓地への道を訊き、コマンド・モードで進む。狭い町だけあって、墓地も小さく、草が茂り放題で、その中で手入れされずに朽ち果てている墓石もある。

 さて、森の管理者の墓に、何か特徴は。

「仮面を着けていたくらいですから、もちろん蝶のシンボルが彫られているのではないでしょうか」

 マヌエラのその意見は正しいと思うが、さっきから表情が凜々しさに欠ける。神殿のゲームの途中からだが、俺と二人きりになると、こうなってしまうようだ。“デレアフェクショネイト”のモードに入っているのか。

 それはともかく、蝶のシンボルといっても2種類ありそう。一つは、蝶を写実的に図案化したもの。もう一つは図形的簡略化。刑務所でフィルが見つけた日記の切れ端に、管理者の特徴が書かれていたが、そこでは三角形を二つつなぎ合わせたマーク(▷◁)だった。

 そのどちらにも注意するようマヌエラに言って、墓石を見ていく。すぐに、マヌエラがそれらしきものを見つけた。簡略化マークがついた墓石だけ、ひとかたまりになっている。他の墓より、蝶の森に近い方角だ。

閣下スア・エセレンシア、ここから何を見出しましょうか?」

「まず、ファミリー・ネームに特徴があるか」

 特定の家系が代々管理者を担っているのなら、同じファミリー・ネームがたくさんあるだろう。最近のものをいくつか憶えて、町で同じファミリー・ネームの家を探せばいい。

 しかし案に相違して、同じファミリー・ネームは少ない。生没年から見て、2代か3代は続くことがあると判るものの、頻繁に変わっているようだ。結婚してファミリー・ネームが変わるのか。男も女もいるようだから、そういうことなのだろう。

 最も新しい墓のファミリー・ネームは“ゴンサルベス”だが、これとてエスペランサやガスパールの親なのか不明。ファミリー・ネームを聞かなかったのは迂闊だが、身分を隠したがっているようだったからなあ。

「しかし閣下スア・エセレンシア、一つだけ判ったことがあります」

「何?」

「管理者は代々二人組だったろう、ということです」

 生没年を見ていくと、同い年から3年差以内というのを、マヌエラは見て取ったらしい。やはり優秀だな、君は。ここで褒めたらデレるだろうから、褒めないけど。

「二人のうち一人が務めを果たせなくなったら、次の代に譲るのかも」

「いえ、引退はもっと早いようです。生没年から見て、任期は10年から12年程度でしょう」

「若い男女でないと蝶に好かれないのか」

「おそらくそうでしょう。それと、もう一つ調べたいことがありますので、今しばらくお待ちくださいますか」

「何を調べたいか言ってくれたら、俺も一緒に調べるが」

「ウアゥ、それは……」

 なぜ照れる。しかも艶めかしい声を出して。一人でやって、俺に認められたいってことか。いいよ、やれよ、任せるから。

 マヌエラは墓地の中を飛び回るようにして何かを調べている。やがて満足そうな笑みを浮かべながら戻ってきた。

「何を調べていたんだ」

「墓の数です」

「数を調べてどうなる?」

「今はまだ仮説の段階ですので、言えません。集落へ戻って、セボラたちと情報をすりあわせましょう」

 TVドラマの探偵みたいなことを言い始めた。まあいい。集落へ戻り、ウィルたちと落ち合う。さて、何か判ったか。

「先々代の管理者の一人は、カフェの中年婦人だということが判りました」

「なるほど、だから彼女は合い言葉を知ってたのか」

「引き継ぐと、先代は世話役のような立場になるらしいです。ただ、エスペランサたちの先代は早くに亡くなったそうで」

「彼女たちは就任してから何年?」

「2年か3年くらいだそうですよ。そうそう、管理者は必ず二人組で、年下の方が12歳になったら代替わりすると。先代は彼女たちの母親と、その弟だったそうです。もう亡くなっていました」

 二人組というのはマヌエラが調べたことと同じだが、そんなに若くから務めるとは。

「しかし、そろそろ次の後継者は選んでいてもいい頃だろう。候補者がいるんじゃないのか」

「そうと思いますが、それは教会だけが知っているそうです。もちろん本人とその両親も知ってるでしょうけど」

「管理者になるのが嫌で、島を出て行く人もいるらしいよ」

 横からウィルが口を出す。ここでの調査はフィルに一日の長があるので、おとなしくしていたようだ。

「子供が候補者に選ばれたら、ってことか? じゃあ、候補がいなくなるじゃないか」

「けっこうたくさん候補がいるらしいんだよ。痣を持つ子が、2、3年に一人は生まれるらしい。その中で、責任感がありそうな子を二人選んで就任させるのさ。しかも血筋的に近い関係のね」

「なるほど。じゃあ、あの二人より少し年上か、少し年下の候補が何人かいるわけだ」

「年上には継がせないって不文律があるらしいから、年下を選ばなきゃね。たぶん、リストの先頭が一番いいよ」

「じゃあ、教会へ潜入だな」

「神父に訊くんじゃダメなの?」

「きっとミニ・ゲームを挑まれるぜ。もう次は勝てる気がしないよ」

「でも神父に認められた候補者にロッドと石板を渡さないとダメなんじゃないのかなあ」

「そもそも神父は管理者の存在を認めてないのではと思うが、どうなんだ、B.A.?」

「はい。さっき報告したことのほとんどはあの中年婦人から聞いたもので、あとは町の噂です。神父に訊いても何も教えてくれないだろうと、みんな言ってました」

 念のため、神父のところへウィルに訊きに行かせる。すぐに帰ってきて「教会は蝶の管理者に一切関わりを持ってないってさ」とふくれっ面だった。

「墓石には蝶のマークを刻んでるのにな」

閣下スア・エセレンシア、調べてみたいことがありますので、私を南の町へ行かせていただけますか」

「何か心当たりがあるのか。そういえば、刑務所にまだ情報があるかもしれないな。B.A.、管理者に関するメモは、破り取られてたんだろう?」

「あの残りを探すと、そこに候補者が書かれているかもしれませんね。行ってみますか」

「刑務所は3人でお願いします。私は町へ」

 マヌエラは頑ななので、町まで一緒に行って、別れる。彼女は町へ行くのは初めてだが、大丈夫なのだろうか。もっともNPCは、オリヴィアとマヌエラを同一視するようだけれども。

 俺とフィルとウィルは、例の壊れかけの橋を渡り、刑務所へ。あのメモが見つかった、模範囚の独房をもう一度探すことにする。

「そういえば、この暗号はどうやって解いたんです?」

 フィルが訊いてくるが、それ、今話すことなのか。昨日のゲームが終わった時点で聞けばよかったのに。

「アルファベットを並べて、数字の順に読んだだけだよ」

 洗面台の下に、その暗号が書かれている。


   │ │ │ │ │ │ │ │ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │A│ │ │ │14│ │ │ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │ │5│ │ │ │ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │6│3│ │ │2│ │

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │ │ │ │ │ │Z│

  ─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─┼─

   │ │ │ │ │ │ │ │ │


「AとZの間に、他のアルファベットで埋める。4段あって、26文字だから、AとZははみ出しているわけだ」


     ┌─┬─┬─┬─┬─┬─┐

    A│B│C│D│E│F│G│

     ├─┼─┼─┼─┼─┼─┤

     │H│I│J│K│L│M│

     ├─┼─┼─┼─┼─┼─┤

     │N│O│P│Q│R│S│

     ├─┼─┼─┼─┼─┼─┤

     │T│U│V│W│X│Y│Z

     └─┴─┴─┴─┴─┴─┘


「あとは数字の順に並べるだけだよ」

 すると“ESPJEO”となる。

「なるほど、14は1と4でしたか」

「せっかく鏡を外したのなら、その後ろだけじゃなく、裏も見て欲しかった」

 ウィルが横から、ふてくされたように言う。フィルが外して、洗面台の横に置いた鏡を持っている。

「まだ何かあったのか」

「ここに書いてあるよ」

 メモの紙を隠すのではなく、裏に直接書いてあるとは。日記が入手できなかったので、見て憶えたのを書いたのか。

 それを見ると、また蝶型の痣の模式図。メモでは男と女だったが、ここには女二人。それぞれ左胸と右胸に痣があることになっている。

「候補者のリストはなかったか」

「ここは10年も前に閉鎖されたんだろう? 最新のリストがあるわけないよ」

「なるほど、そうだった。じゃあ、これを基にして候補者を探すしかないか」

 女が首を襟かチョーカーで隠していれば候補者と見て間違いないのだが、それは男女の組み合わせの場合であるらしい。女二人の時は、二人とも胸に痣、ということだろう。簡単に隠せるが、どうやって見せてもらおうか。

 ここで、マヌエラから"Incoming Call"。どうした、まさか候補者を見つけたのか。

「そちらはいかがですか。私は“候補者の候補者”を見つけました」

 つまり、痣があるかもしれない二人組を見つけたと。

「どうやって?」

「造作もないことです。本人に訊いたのです」

「誰だったんだ」

「町の北の外れへお越し下さい。ご紹介します。ああ、閣下スア・エセレンシアはお会いしたことがおありのはずです」

 すぐに飛んで行く。町外れ、草原との境目。マヌエラの横に、少女が二人立っていた。見憶えがあるなんてもんじゃない、ヴァネッサとイレーヌじゃないか!

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