#16:第7日 (8) 二つの選択肢
二つの
「その
カリナが俺のポロシャツの裾に両手をかける。二つの二の腕に挟まれた
「あなたが期待なさっているとおり、ベッドで私と
いや、期待していない。いやいや、少しは期待したかもしれない。だが、メグを裏切るわけにはいかないんだ。どうすればいい?
「それとも?」
カリナが腰に手を回してきた。軽く抱きしめられて、彼女の
「……ダンスの練習をするか」
「ダンス?」
ダンスって、サンバの? あれは一人でステップを踏むとか、尻を振るとか、そういうのじゃないのか。二人で抱き合うのなら、ソシアル・ダンスとかタンゴとかサルサとか。
「ズークをご存じですか? グアドループやマルチニークなどのカリブ海の島国が発祥で、ブラジルでは少し変化したブラジリアン・ズークがあります。このように……」
下半身を密着させて、腰をくねらせる。これはちょっと、いや、ちょっとじゃない、かなり刺激がきつい。おお、当たる当たる、こすれる。
「ドトールも体を動かして下さい。
カリナが官能的な笑みを浮かべつつ俺を見上げたが、俺が返事をする前に、どこかでゴツンと音がした。ベッド・ルームのドア? 誰かいるのか。
そちらを見に行くまでもなく――密着されているので行くどころではないが――勝手にドアが開いて、人が出てきた。オーレリーじゃないか。なぜここに。
「あら、楽しそう! 何してらっしゃるの?」
屈託のない笑顔だが、下着姿なのはなぜなんだ。朝、ビーチで見かけたドレスは腕に掛けているけど。というか、君、本当にどうやってこの部屋へ入るわけ?
「これから彼女にダンスを習うところだ。君こそここで何を」
「今朝は早起きしたから、ビーチに出ても眠かったの。だから、一眠りしようと思って。でも、あなたたちの声が聞こえたから、ベッドを使うかと思って、空けてあげたの」
俺が寝てたベッドのシーツが乱れてるじゃないか。君らが寝てた方を使えよ!
「ミラマーへ戻ればよかったのに」
「だって、こっちの方が近いんだもの」
「誰がドアを開けてくれたんだ」
「もちろん自分で。マスター・キー・カードを持ってるのよ」
何だと?
「そんなもの、どうやって」
「簡単よ。
正真正銘の泥棒だな、君は。カリナもびっくりして……ないじゃないか。なぜだ。
「それよりも、ダンスを見せてよ。カリナ、後で
「少しだけなら」
「それでもいいわ。さあ、続けて」
オーレリーはソファーに座り込んでしまった。いや、ドレスを着ろよ。どうしていつまでも下着でいるんだよ。
「あら、そうだわ。アーティー、あなたにメッセージを預かってるの。マドモワゼル・マルーシャからよ」
言いながら、オーレリーが手に持っていたドレスを探る。君、ハンド・バッグを持ってないのか。ドレスの中から小さな紙片を出してきて、読み上げる。
「サンボドロームのことで
それくらいメモを見なくても憶えてられるだろうに。アイリスを呼びたいんだが、カリナが手を放してくれない。下半身を絡め合ったままだ。目で訴えてみるが、笑みを浮かべて腰を動かし始めた。いや、続きをやろうと提案したんじゃないんだって。
「
仕方なく、オーレリーに電話でアイリスを呼んでもらう。3分ほどでやって来た。ドアもオーレリーに開けてもらうが、彼女は下着のままだ。アイリスが驚かなければいいが。
「あら、楽しそうですこと。何かのパーティーですかしら?」
ああ、そうか。彼女は俺が部屋に女を連れ込んでも当然と思ってるんだった。一人が水着で、もう一人が下着でも全く動じていない。
「ダンスの練習中なんだが、そこの淑女が、今夜のサンバのことでニュースがあるはずだと」
「今夜ですか。あら、いいえ、未明に起こったサンボードロモの盗難事件のことなら存じていますが」
「それか。何があった?」
「サンボードロモのカメラ制御室から、コンピューターが1台盗まれたそうです。」
「そんなに重大なニュースなのか?」
「さあ、どれくらい重要なものなのか解りませんけれど、制御用アプリケイションの開発を担当したIST-Rioのセニョリータ・パリスがインタヴューを受けていました」
パリス! 驚いて腰が止まりそうになったが、カリナが激しく動かすので、止められない。ああ、当たる当たる、こすれる。
しかし、何かある。必ず何かあるって。さっきイザドーラ・パリスがターゲットに絡んでいると思い付いて、ここでも名前が出て、しかもマルーシャからの情報だったんだから。
というか、盗んだのってマルーシャじゃないのか。未明ということは、俺に会いに来た後で、すぐにミラマーへは戻らず、サンボードロモへ行って盗みをした?
ああ、いかん、股間が硬くなってきた。カリナのこの動きは、明らかにそれを狙っている。
「ありがとう。もう持ち場に戻っていいよ。追加のチップは、後で渡すから」
「楽しそうなので、私もしばらく見ていてよろしいでしょうか?」
「こっちへいらっしゃいよ。私の横に座って見るといいわ」
こら、オーレリー、勝手な真似を。しかしアイリスは「ありがとうございます」と言ってソファーに座ってしまった。そして笑顔で俺とカリナのダンスを眺めている。
「これを見るときは水着か下着になるのがよいのでしょうか?」
「そうね、あなたも恥ずかしくないのなら、脱げばいいんじゃないかしら。その方が楽だし」
おい、こら、オーレリー!
「ヘイ、アイリス、そんな勧めに乗る必要はないよ」
「プロフェソールがそうおっしゃるのなら、このままで」
「でも、あなたも踊るなら、その服では動きにくいと思うわ」
「あら、後でプロフェソールと踊らせていただけるのですか? では、そのときはスカートだけでも脱ぐことにします」
おい、こら、アイリスまで!
「
しかし、声を出す前にカリナに抱きしめられてしまった。上半身まで密着して、もちろん胸の柔らかさが直接伝わってきて……はっきり言って気持ちいい。上半身も下半身も。
これって本当にダンスなのか。ベッドじゃなくて、立ったままでする“
12時にダンスの練習を終了。カリナは途中、オーレリー、アイリスと交代したので、俺だけがずっと踊り詰めだった。もちろん、疲れた。身体的にはさほどでないが、精神的に。要するに、気持ちいいのを我慢するのが大変だった。
汗を掻いたので、ポロシャツを着替えて、下のレストランへ。カリナと昼食だが、せっかくなのでオーレリーとアイリスも誘う。二人はカリナが3人前食べるのを見て喜んでいた。
昼食後、オーレリーは「アルセーヌを探すわ」と言ってタクシーに乗り、アイリスはもちろん仕事に復帰。アルセーヌはおそらくミラマーにいることだろう。
俺はカリナの車に乗せてもらって、e-Uotpiaへ。カリナは疲れも見せず、上機嫌で運転している。
「ベッドの上の楽しみを期待していたんだったら、申し訳ない」
一応謝っておく。
「お気になさらず。期待は最初から薄かったですから。誘ってもあなたは断ると思っていましたし、何よりあなたを本格的に疲れさせると、私が賠償を請求されてしまいます」
「そういう例があると言っていたな。しかし、俺は君に対してそんなことはしないよ」
「あなたからではなく、社からです。出場者に社員が迷惑をかけると、社規で罰金を科されます。そうでなくても、あなたが外部から迷惑をかけられないよう、私が護る役割なのですから」
「……ということは君は俺の
「そう考えていただいて結構です」
それで毎日送り迎えだけでなく、夜中までつきまとって。いや、最初は本当につきまとってたよ。何しろ隣のベッドに寝てたんだから。あれだって、精神的に結構負担だったんだぜ。
ああ、その頃はまだ最初のステージだったから、罰金が低かったのかもしれないな。第2ステージ以降は勝つと賞金が跳ね上がるから、ベッドへ入ってこずに、俺のところへ来た客を外に連れ出したりしたんだ。
「そうすると、他の出場者にも、君のような
「ええ、もちろん。ただ、あなたの場合は特別参加のZチームなので、
「その場にいた君が務めることになったのか」
「支社長の指示ですが、私の希望でもあったので」
それから、色っぽい流し目で俺の方を見ながら続けた。
「あなたが第1ステージか第2ステージで敗退していたら、その夜にあなたのベッドへ潜り込むつもりでしたわ。今夜だって、まだ諦めていません」
これははっきり言って、ハファエラへの敵対宣言だよなあ。ベチナと組んで俺を攻略するつもりか。
だけど、今夜俺はどこにも泊まらないぜ。飛行機に乗り込んでくるつもり? でも、あいにくゲートから退出だ。それを探し回らなきゃならないんで、休む暇もない。
それに、12時を過ぎたんだから、ビッティーからゲートの案内があるはずだ。まだ一人きりにならないから、黒幕が降りてこないんだろう。e-Utopiaに着いたら、手洗いへ行くか。狭い個室じゃ、ビッティーに申し訳ないけれども。
ところで、
それに、昨夜マルーシャと会ったとき。ホテルの屋上へ現れるなんて、
彼女の場合、変装がバレてもいけないから、大変だったろう。もちろん、彼女ならそれができて当然という気がするけれど。
車が、e-Utopiaの地下駐車場へ滑り込む。そうか、カリナが車を置きに行くときに、一人になれるな。きっとビッティーに会えるだろう。
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