#16:第7日 (9) Zの旗
「ステージを中断します。
地下駐車場で車を降りて、その車が見えなくなったら、周りに黒幕が降りてきた。スポット・ライトを浴びながら、アヴァター・メグの姿を見て、ビッティーの冷たい声を聞く。
「ステージ終了まで12時間を切りましたので、ゲートが開きました。ゲートの場所は、宮殿です」
ほう、宮殿。そういえばタクシーの運転手が宮殿のことを言っていたな。チラデンテス宮殿だったか。いや、しかし。
「ビッティー、リオは広いから、宮殿と呼ばれる建物もいくつかあるように思うんだが、違うのか」
「お答えできません」
このパターン、前回もそうだった。しかし、正解は一つしかない。ただあの時は、俺はメイン・ゲートへ案内されたんだよ。サブ・ゲートはどこだか不明。
今回は、ターゲットにかすりもしていないはず。だから案内されたのはサブ・ゲートだろう。それなら複数あって、どこへ行っても構わないのではないか。
「それは本物の宮殿だよな。まさか、宮殿と名の付いたレストランやホテルじゃあるまい」
「本物の宮殿です。リオの市民なら誰もが知っています」
“
「リオ市内の宮殿と名の付く建物を地図上に表示できるか」
「できません」
おやおや、ビッティーらしくないな。博物館を地図で示せと頼んだらできるだろうに、宮殿ではできないのか。
「前回のように、車で数時間かかるということはないよな」
「リオ・デ・ジャネイロ
こういう説明の仕方も珍しい。では、ということで、
ただ、おそらくは
「既に誰かターゲットを確保したか」
「していません。した場合はあなたへも連絡することになっています」
「未明に盗まれたサンボードロモのコンピューターは、ターゲットじゃないのか」
「お答えできません」
イースター・エッグはコンピューター上のアプリケイションの一部だが、それがインストールされているコンピューターごと盗むことは許されるだろう。アプリケイション上のイースター・エッグを“見つける”だけではいけないに違いない。そんなことがあれば、複数の
つまり、コンピューター端末を確保した上で、そこに仕込まれたイースター・エッグを見つける必要があるはず。そして“見つけること”が“獲得を宣言すること”になるだろう。
それを今思い付いても、どうしようもない。
「ターゲットを見つけたらまた会おう」
「ステージを再開します」
幕が上がり、しばらく待っていると、カリナが歩いてきた。どうもさっきまでと様子が違う。服を着替えた? 下に着ていた水着が透けなくなっている。そしておそらくは水着も下着に着替えたと思われる。わずかに透けている色が、グリーンじゃない。
そんなことを観察しているのを知られたくないので、何食わぬ顔で並びかけ、建物に入って、エレヴェイターで上がる。いつもの外部会議室へ。もちろん、ウィルたちは既に到着している。
「やあ、ハンニバル。迷路のことを調べておいたよ」
「ありがたいが、ちょっと待ってくれ。ローナとの“契約”がまだだ。すぐに終わる」
マヌエラに視線を向け、会議室の外へ誘い出す。マヌエラの後に、カリナが遅れて出てくる。手に
「この前のように言葉で暗示を与えるより、もっといい物を用意しておいた」
「何、それ」
マヌエラが気のない感じで呟く。自分からやる気を出すつもりはないように見えるが、果たしてどうなのか。
「今、見せてやるよ」
箱を開け、旗を取り出して広げる。大きさは5フィート×3フィートくらい。2本の対角線で四つに区切られ、黄、青、赤、黒の4色に塗り分けられている。
「これは世界で使われる船舶信号旗の一つだ。文字を表す旗と数字を表す旗があるが、この模様は文字のZを表す。つまり、俺たちZチームの旗だ」
「チームの旗……」
マヌエラが目を見開いて、驚きの表情になる。旗を食い入るように見つめていたが、ときどき焦点が合わなくなったりする。口がわずかに開いて、息が荒くなる。身体が微かに震えているのも判る。
「チームの旗というのがどれくらい重要なものか、君には理解できると思うが」
「ええ、もちろん……」
「これを、マヌエラ、騎士であるお前に託す」
「私にこれを……」
マヌエラは声を震わせた。青ざめていたが、首筋から次第に赤くなっていって、顔全体が紅潮し、口を閉じて真剣な表情に変わる。高潔な“騎士”の顔だ。
力が抜けて、膝が落ちた。と思ったら、違った。俺の前に片膝を突いたのだった。そして両手を差し出す。その手に旗を置いてやった。
「ありがたき幸せ。
「この旗は実物だが、ゲームの中でももちろんお前が持つことができる。今回もお前の働きに期待している」
「
凜々しくなったマヌエラを従えて、会議室へ戻る。ちらりとカリナを見ると、「予想どおりでしたわね」という表情。いやはや、君がヒントをくれたおかげだよ。しかしこれをネタに、ゲームの後でデートに誘われたら、どうやって切り抜けたらいいのかなあ。
「早かったわね、契約はちゃんと……」
ドアを開けるとオリヴィアが話しかけてきたが、その言葉が途中で止まる。マヌエラの表情を見たからだろう。結果は言わなくても解ったに違いない。椅子に座って、ウィルの話を聞く。マヌエラの方は見ていないが、おそらく旗と共に自分の世界に浸っているに違いない。
「あの有名なゲームには続編のシリーズがあってね。ミズ、スーパー、ジュニアの三つ。他のもいくつかあるんだけど、ヒットしたのはそれだけなんだ。だから、その迷路が採用されている可能性が高いと思ってて」
「しかし、ダンジョンの迷路にしては単純すぎやしないか」
「うん、それもそのとおり。だから、ダンジョンで有名なゲームもいくつか調べてきた。ただ、5時間以内にゲームが終わることを考えると、複雑なのは採用しづらいと思うんだよね。モンスターとのバトルはおそらくないだろうし、迷路の中を回って、アイテムをいくつか見つけて、最後にボスを倒せばそれで終わりじゃないかと」
「ダンジョンを出て最終目的地があるとは考えられないか?」
「それには時間がなさ過ぎるんだなあ。ただ、蝶の森を抜けてから、どれだけ時間が残ってるかにも依ると思うんだよ。それによって、その後の展開を何種類か考えておけばいいのかと」
フットボールで、残り時間と点差によって使うプレイを考えるようなものだ。さすがにウィルはゲームに慣れている。もちろん、フィルやオリヴィアとも相談した結果だろうけれど。
どこかへ行っていたカリナが、会議室に戻ってきた。旗を抱いて一人の世界に浸るマヌエラにそっと声をかけ、ラップトップの画面を見せている。おそらく、ゲーム中に取り込んだZ旗を見せているのではないか。女騎士がZ旗を掲げる姿かな。
マヌエラが目を輝かせ、ちらりと俺の方を見る。「早く登場させて欲しい」と思っているかもしれない。さすがにゲームのルール上、それは無理だろう。オリヴィアは聞き込みする場所がなくなったら――森の中がそうだ――お役御免なのだが、
2時が近付くと、カリナが「参りましょうか」と皆を促す。ひときわ早くマヌエラが立ち上がり、「
「旗竿がないし、旗を広げて持つには二人の手が必要だろう。カリナに手伝ってもらうといい」
「はい、
前を行こうとしていたカリナは、ちゃんと心得ていて、マヌエラと二人で旗を広げて持つ。その後に付いていく。エレヴェイターの中でも旗を広げているので、俺たちの立ち位置が狭くて困った。
プレイ・ルームへ入ると、控え室のテーブルの上にマヌエラが旗を置く。テーブル・クロスじゃないんだから、その上でポンを食べるなよ。
ゲーミング・ルームに入って、トレッドミルの上で準備。マヌエラが入ってきて、俺の横に立つ。今日は騎士モードなので表情が凜々しい。
「
「お前の出番はおそらく、森に入ってからだ。1時間ほど後だろう」
「心得ています。お待ちしています」
横から「時間ですわ」とカリナ。ヴァイザーを装着すると、「ゲーム開始前に、残っている各チームの紹介です」と言う。
「"
「それはどういう理由で」
「お互いに手の内を見せないという意図からです。ゲーム内で他のチームと相まみえるのは、鍵を奪い合う展開になってからですので」
「なるほど」
「紹介映像の後で、支社長がゲーム開始を宣言します。そこからが、リアル・タイムの計時開始です」
そういえば、ヴァイザーをしているのにカリナの姿が普通だった。あの透けたドレスが見られないのは残念だ。ただ、それよりももっと刺激的なものを、昼前に間近で見たんだけれども。
カリナとマヌエラが出ていくと、目の前の映像が真っ暗になる。そこに火が灯って燃え広がり、"eXork"の文字になった。いつもより地味。しかし、背景が徐々に明るくなって、音楽と共にチーム紹介映像が始まった。
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