#16:第7日 (7) 裏切りの主

「君はISTの学長をよく知ってる?」

「はい。一昨年までは、学生の就職の件で、よく連絡がありました」

「人事でなくて、エンリケ氏にか」

「支社長は優秀なエンジニアを一目で見抜く才能を持っておりますので」

「先方へ出向いて学生に直接面談インタヴューしたりするのかね」

「もちろんです。私も同行しました」

 エンリケ氏はプログラミングに対する考え方をいくつか質問するだけで、相手の才能を見抜いてしまうと。外れたことはほとんどないらしいが、優秀すぎて他へ転職することもあるとか。

「セニョリータ・イザドーラ・パリスについては、どんな評価をしたんだい」

 カリナの笑みが、挑発的になった。いい印象を持っていないということか。

「才能は抜群だが、従順でないので、エンジニアとして働くことはできないと」

 まあ、ある意味での社会不適合者だからな。しかし教育者か、あるいは経営者にはなれるかも。

「他に評価は?」

「採用しない学生に対して、詳細に評価する必要はありませんわ」

「それはそうだが、エンリケ氏は彼女について愚痴の一つも言わなかったのかね。従順でないこと以外に。あるいは、議論をしてやり込められたとか」

「議論にはなりませんでした。支社長から質問をして、彼女が答えるのですが、それ以上に発展しなかったのです」

「つまり彼女から質問してこない? e-Utopiaのゲーム事業に興味がなかったか、あるいは興味がある態度をわざと示さなかったのか」

「そうです。おそらく、去年からISTが方針を変えたのは、彼女が示唆したことでしょう。学長は何も言いませんでしたが、彼女に絶大な信頼を置いていることは間違いありませんから」

「来年あたり、彼女が学長に就任するかもな」

「あり得ないことではありませんわ」

 カリナの言葉遣いがぞんざいだ。イザドーラ・パリスは彼女にとって、この上なく気に障る存在であるらしい。イザドーラの話はもうしたくないだろうが、もうすこしだけ我慢してくれるか。

「彼女が入学する以前は、ISTから雇ったことがあるんだったな」

「ええ」

「もしかしたら、最近になって彼女が示唆したせいで、辞めたエンジニアがいるんじゃないか」

「そのとおりです」

「辞めた中で、君がよく知る人はいる?」

「あら、私は人事からそういう話を聞いて、支社長に伝えただけです。エンジニアの中に、私がよく知る人はいません。エンジニアリング部門の管理職だけしか」

「女性エンジニアと話したりしないのか」

「社員の顔と名前は把握していますが、性格や仕事内容は知らないようにしてるんです」

 仕事に私情が入らないようにするのは、それがいいのかもな。

「セニョリータ・パリスの何をお知りになりたいのです?」

 カリナの方から訊いてきた。その話はやめましょう、と言うつもりはないらしい。

「彼女の性格。君は把握している?」

「まさか。自社の社員の性格すら把握していないと申し上げたところですのに」

「エンリケ氏は把握してるだろうか」

「してらっしゃるでしょうけれど、他人にそれを話すことはないでしょう」

「彼女はゲームが嫌いなのかな」

「生産性のないものには興味がないのだろうと思いますわ。支社長との質疑を聞いて、そう感じました」

「趣味もないんだろうか」

「さあ、そこまでは」

「ところで、君の趣味は? カポエイラ以外で」

「あなたのような方を好きになって、仲良くしていただくことです」

 そろそろカリナのご機嫌を取っておかないと、と思って訊いたら、とんでもない方向へ行ってしまった。どうやって軌道修正しようか。

「君のような素敵な女性から仲良くしたいと言ってもらえるのは嬉しいことだが、俺としては、一人の男性だけと仲良くする女性が、より好ましい」

「もちろん、あなたのために他の男性への興味を一切断つこともできます」

「君、恋人はいないのか。自由恋愛主義者?」

「フィカンチの段階で、合わないことが判ってしまうんです」

 何だ、フィカンチって。“滞留ステイング”の意。友人アミーゴから恋人ナモラードへ進む間のこと。試運転テスト・ドライヴの方が解りやすいかって? 恋愛ってのは恋人になるまでの間に試行錯誤の期間があるものだが、ブラジルでははっきり名前が付いているのか。

 で、合わないってのは何が。ああ、そうか、君を満足させられないと。俺も試そうってわけ?

「あなたはおそらく合うと思います」

 他のステージでも不満を述べられたことはないけどね。メグは“完璧な相性パーフェクト・マッチ”って言ってくれるし。

「ハートニー氏は試そうと思わなかったのか」

「体力は申し分ないと思いますが、持久力がなさそうに感じました」

 持久力って……すぐに終わりそう? いやいやいや、どうしてそれが判る。視線の動きを見れば? そうだとすると俺なんか、胸の辺りばかり見ていたような気がするが。

「あなたからのお話は、もう終わりでしょうか?」

 いや、まだだ。終わると、この後の時間の消費に困る。

「イザドーラ・パリスか、ISTの学長に連絡を取れる?」

「残念ながら、それは私の扱う仕事ではないと思いますわ」

「そういえば君の妹のベチナはどうしてるんだ。俺に会いに来たとき、もう一度会いたそうにしていたが、その後、音沙汰がない」

「今日のゲームが終わる頃に、社へ来るでしょう。あなたに会いに」

「今日までどうして来なかったんだ」

「あなたのプレイの邪魔になるからです。もしあなたを煩わせるようなことがあれば、社から賠償を請求すると言い渡しておきました」

「それ、効き目あるのか?」

「実際に賠償の請求をした例がありますから。しかも、相手は彼女の知人なんです。州立大学の学生が出場したとき、会場へ行くのを邪魔しようとした他の学生が被告になって。最終ステージ進出の賞金額を請求したので、学生にとっては十分に高額であることがお解りになるでしょう」

 5万ドルか。それは大金だ。

「他にも俺に会いに来たのが何人かいるのに」

「全てあなたがお約束をされた方だと理解しています」

 確かに。例外は、昨日の朝、突然来たオーレリーくらい。しかしそれも、前夜、俺が人捜しを依頼して、その結果を知らせに来てくれただけだ。

「社には許可なく入れないから、出待ちか」

「おそらく」

「躱すのを君が手伝ってくれるとありがたいが」

「残念ですが、ゲームが終われば彼女の味方をすると思いますわ。姉妹ですから」

 つまり君は、俺を十分に楽しんだから、次は妹に譲ると。それとも、ここで何か適切なことをすれば、俺の味方になってくれるとか。

 いや、それをしたくないから、他の話題を探してるんだった。

「ところで、昨夜のマヌエラの様子はどうだった。食欲が控えめだったそうだが」

「ああ、“契約”のことですか? ええ、もちろん、気にしていたでしょう。私は何も話しませんでしたが、オリヴィアから話しかけられても上の空、ということが何回かありました」

「オリヴィアも解っててやってるんじゃないのか」

「当然、そうでしょう」

「マヌエラは誰に裏切られたんだろうな。恋人か、親友か」

「あなたを相手に悩むのですから、そのどちらでもありませんわ。メストリでしょう」

「普段の生活で、そんな関係があるのかい。何かのグループのリーダー?」

「あるいはスクールエスコーラの中の関係かも」

「スクール……サンバの?」

「ええ」

「スクールにマスターなんているのかい」

「メストリ・サラという役割があります。男性ダンサーで、スクールエスコーラの旗を持つ女性、ポルタ・バンデイラをエスコートし、旗を護ります」

 ほう、そういうことになっていたのか。メストリ・サラとポルタ・バンデイラはカザウと呼ばれ、旗を持って組になって踊り、エスコーラの名誉を担うと。

「するとマヌエラはサンバ・スクールに所属していたことがあって、ポルタ・バンデイラを務めていたが、メストリ・サラが変心して……おそらくはかなりひどい裏切りで、他の女をポルタ・バンデイラに選んだので、悲観してスクールを辞めてしまった、とか」

「あり得るでしょうね。彼女の体型を見て、ダンサーが務まりそうと思われませんでしたか?」

 よく喰うのに太らないんだな、としか思わなかったよ。

「ダンスは苦手なんだ。リズム感だけは自信があるんだが」

「私が基本をお教えしましょうか?」

「ダンスの? しかし、ゲームの中でマヌエラと踊るわけじゃないんだぜ。彼女が何を求めているかが判れば、それでいいんだ」

 ターゲットのことを考えていたはずなのに、結局、ゲームのことを優先してしまったな。今回も諦めた方がいいか。

「では、騎士ローナローナ・オ・カヴァレイラのために、"The Z Team"の旗をご用意なさっては?」

 おっと、それはいいアイデアかもしれない。中世にも確か、自分の旗を持って出陣することが許される旗騎士ナイト・バナレットという階級があったはず……いや、俺がこんなこと知ってるわけない。これも第二仮想記憶か?

 とにかく、旗は採用だな。

「いい提案をありがとう。早速旗を用意したいが、どうすればいい?」

「既存の、ゲーム用の備品でよろしければ、社に用意があります。船舶信号旗ですが」

「それならZ旗にしよう。確か、特別な意味を持たせることができるんだったな。日本とロシアの対馬海戦だったか? 『皇国の荒廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ』。今回のステージにちょうどいい」

「では、準備させます」

「それ、ゲームの中にも取り込める?」

「もちろん」

「よろしく頼む」

 カリナは携帯端末を取り出して操作し始めた。メッセージを送っているらしい。ほんの1分で終わって、穏やかな笑顔で俺の目を見つめてくる。ついにこの時が来てしまったか。

「残りの時間は君のために使うことにする」

「ありがとうございます。では……」

 カリナがソファーから立ち上がる。服のボタンを……シー・スルー・ブラウスのボタンを外す。グリーンのビキニ・トップが露わになる。

 それからグレーのタイト・スカートのホックを外し、ジッパーを下ろす。スカートがするりと降りて、ビキニ・ボトムと形のいい尻が……

 そしてその水着、を……?

 脱がずに、指で"come on"のジェスチャー。立てと。指示されたとおり、立つ。さらに"come on"。カリナのそばへ行く。眼下に見えるジャグズの盛り上がりが、圧倒的な迫力。指で弾いたらいつまでも揺れていそう。

 そしてカリナが上目遣いに俺を見ながら、艶めかしい笑顔で言う。

「あなたには二つの選択肢があります」

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