#16:第6日 (4) レジーナはどこに

「ゲーム中の隠し機能、いわゆるイースター・エッグについては、評価の対象に入るかい?」

 これはやはり訊かねばならない。

「入るとも。それは開発者の余裕と関係しているんだよ。クソゲークラッピー・ゲームは開発が逼迫しているから、イースター・エッグを仕込む余裕がない。時間的にも、精神的にもだ。大昔は、開発者の悪戯だったけど、今はあらかじめ予定していないと、仕込めない。勝手に仕込むと、ソフトウェア試験の時に引っかかってバグに認定される。開発が逼迫していると、そういう余計な機能は試験をする時間すらなくなるから、機能として切られてしまうんだ」

 なるほど、解るね。フットボールでも、シーズンで勝ち越しているとTDタッチダウンセレブレイションのをする余裕があるが、負け越していると考えもしないものな。ちょっと意味合いが違うかもしれないが。

「ところで、eXorkというゲームを知ってるかい」

 これも訊いておこう。

「もちろんだ」

「あれについてはどういう評価?」

「シナリオがいくつもあるからね。シナリオ毎に、評価が分かれる。面白いのもあれば、そうでないのもある。オンライン版のシナリオはおおむね評価が高い方だが、本戦は短期決戦であり、対戦プレイなので、シナリオの善し悪しは評価対象外だね」

 クソゲークラッピー・ゲームに分類されていなくてよかった。さっき「三つの宝を探す」って言ったときに、心配してたんだ。

「ところで、どうしてそんなことを訊く?」

「e-Utopiaへ視察に行って、見せてもらったからさ」

「へえ! 君のスケジュールはABCアカデミアで管理していたはずだが、まさかあそこが視察先に選ばれるとは。ファティマ、君がスケジューリングしたんだろう?」

「そうですけど、レジーナがリスケジュールしたんです。e-Utopiaの支社長が、うまく説得したのかしら」

「ああ、レジーナがね、フーン」

 日系人は、納得したという顔になった。彼はレジーナの性格をよく知っているということだろうか。


 そのレジーナについては、この後説明があるはず。日系人に礼を言って辞去し、ファティマの研究室へ行った。レジーナを呼んでいるのかと思ったら、いなかった。

「大丈夫ですよ。後で会わせます」

「ああ、期待してる。ゆっくり話をしてみたいものだね」

「じゃあ、昨日の続きから」

 昨日はどこまで説明してもらったんだっけ。あの後、いろいろあって、ほとんど憶えてないよ。

 交差点ノード道路リンクの話? ああ、質問と回答を結びつけるのは、ネットワーク上で経路を探索するようなもの、ってことだったな。

 それで、質問者が質問を繰り返して、“期待する、しかし間違った回答”を促すと、回答者がそれを察知したかのように、“正しい、しかし意外な回答”を返すんだっけ。

 俺の質問で終わってたって?

「意外な回答をする時に、その分岐点となる交差点ノード道路リンクに、何か特徴があるのか、だったかな」

「そうです。さっそく、あなたに質問ですが、どういう特徴か予想できますか」

「理論的裏付けのない、単なる勘でいいのなら」

「それでもいいですよ。そういうのが大事なのも解ってます」

「その交差点ノードには、接続する道路リンクがやたらと多い」

 悪戯っぽく俺を見ていたファティマの目が、驚きと同時に、嬉しそうに変わった。

「そのとおりですよ! どうして解ったのですか?」

 驚きたいのは俺の方だよ。これも仮想記憶が増えたせいか?

「理論的裏付けがないって言ったろう?」

「でも、何か参考になる事例があるはずですよ。あるいは、類推アナロジーのもとになるものが」

「チェス・マスターと初心者ビギナーの指導対局かな」

 初心者といっても、定跡をある程度知っているとする。序盤は、初心者の指す定跡どおりに進むだろう。マスターは、別の手順を知っているが、指さない。なぜなら、初心者が迷ってしまうからだ。それでは指導にならない。

 しかし定跡はあるところで終わってしまう。そこからは実力に従って指すことになる。そして実はその局面は、手が広い。初心者が勝つのは容易でない。

 だから、マスター側が手を変えるのはそこからだ。と言っても、マスターがあっさり勝つのではない。初心者が勝つ可能性がある局面へと、誘導し始める。初心者は最善手を指し続ければ勝つ。マスターが勝つのは、初心者が何度も間違ったときだけだ。

 ではこれを、コール・センターの回答者と質問者の例に敷衍すると?

 質問者に正しい回答を与えることは、初心者に勝たせることと同じだ。質問者が“期待する回答”とは、定跡の先の、ある勝ちパターンへ到達することなのだが、回答者が“より良い勝ちパターン”を知っていて、そちらへ誘導しないといけない、としよう。

 そうすると分岐点は“定跡の終わり”であり、質問者にとって最も手が広い局面ということになるだろう。

 質問者の実力――という言葉を使っていいものか解らない――が上がってくると、“定跡の終わり”よりも少し前で、回答者が“手を変える”ことになるに違いない。

「なるほど、それは面白い見方ですね。気が付きませんでした」

「財団のシミュレイターに、チェスを指させたことはないけどね」

「そんな特殊なシミュレイションに使用するのはよくないですよ。これまでどおり、普遍的な環境を扱ってください」

 質問のことはこれで終わりだが、ファティマの研究の説明は、まだ続きがある。“質問者が省略したキーワードの補完”、それを実現するための新しいデータ・マイニング・ルール。

 質問と回答に使われるワードには、関連性がある。言語学的には、類語や連想語といったものだが、もちろんその相関は、コール・センターの扱う業種によって異なる。一例として、特定のワードが、隠語や符丁として使われること。それを条件に加えてデータ・ベース化する。ここまでは、普通のデータ・マイニング。

 そこにファティマは、新しいルールを付け加えた。連想の方向、及び負の相関。

 連想の方向とは、その言葉どおり、二つの語の連想に、方向性を考慮すること。

 人間の発想とは不思議なもので、二つの類語AとBに対し、A→Bの連想は容易だが、B→Aの連想は困難という場合がある。A→Bが容易である場合、Aの方が概念が広いとか、使用頻度が高いとかいうパターンの他に、「常識あるいは共通概念としての思い込み」というパターンがあるらしい。

 データ・マイニングにもその“方向性”を埋め込み、質問者が見落としがちなB→Aの連想を、回答時に指摘してはどうか、というアイデア。

 もう一つの、負の相関。やはり言葉どおり“BからAを連想してはいけない”というルール。類語なのにおかしなことだが、例えば“Aの方が概念が広い”場合、その語を回答文に入れることで、質問者が迷ったり勘違いしたりする可能性があると。

 正しい回答へ導くには、概念を狭くしていくことが有効である場合が多いので、質問者を惑わすようなことのないよう、ルールに組み込まなければいけない、というアイデア。

 で、問題はこの二つのルールが、矛盾しているように感じられること。前者はB→Aを指摘しようとしているのに、後者はB→Aを指摘してはいけない、というのだから、そう感じるのは当たり前だ。

 しかし解析によれば、ワードによって採用すべきパターンがはっきり異なっているのだそうだ。つまり、前者を採用すべきワード、後者を採用すべきワード、どちらを採用するかは時と場合――質問と回答の内容およびその流れ――によるワード、というふうに。

「もちろんそれは、質問者によって変わりますので、学習の対象です。アーティー、あなたが先ほどチェスで例えたように、初心者ビギナーの実力によって、マスターが指し手を変えるようなものですよ」

「そうすると、初めての質問者のをどうやって推し量るかが、課題の一つになるな」

「そうです。顧客データとリンクすることも、一つの手です。例えば、それまでたくさん商品を買っているのに、初めて質問する人は、商品の知識をたくさん持っている、つまり実力が高い、とするとか」

「うっかりクレイマーの対応をして、変な学習をしないように気を付けた方がいいよ」

「そうですね。質問者が、善意の質問をするとは限らないですし、相手の口調によって応対を変えるという工夫も必要でしょう」

 さて、瞬く間に時間は過ぎて、12時にあと30分になった。そろそろレジーナと話をさせてもらいたい。

ABCアカデミーには来ないのかい」

「いつもどおり、電話して下さい。きっと出てくれますから」

 ファティマの部屋の電話を借りて架ける。なぜか、内線の番号だ。外線に自動転送するのか。コール1回で相手が出た。

「アロー、こちらはレジーナ、渉外担当です」

 ビッティーと同じ、冷たくても心地いい声だ。ただ、あの声を聞くと、もはやメグの顔しか思い浮かばないので、レジーナの容姿が想像できなくて困る。

「ハロー、財団のアーティー・ナイトだ。今、ファティマの部屋からかけているんだが、君はどこにいる?」

「私は自分のオフィスにいます。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 待てよ、おい。今日は休みじゃなかったのか。

「ファティマが君に会わせてくれると言うんで、電話したんだ。君のオフィスはどこ? それとも、こっちへ来てくれるのかな」

「ご足労をおかけしますが、私のオフィスへお越しください。場所はドトール・モイセスがご存じです」

「解った、すぐ行くよ。俺と会ってくれるんだな?」

「はい、お待ちしています」

「会えるのは楽しみ?」

「はい、とても楽しみです」

 冷たい声で言われても、嬉しいことは嬉しい。電話を切って、ファティマの顔を見る。

「すぐに案内します」

 ファティマは言ったが、デスクへ行って、コンピューターのキーボードを叩いている。

「そちらのディスプレイを見てくれますか」

 コンピューターにはディスプレイが二つつながっている。ファティマの正面と、左側と。彼女が見てと言ったのは、左のディスプレイだ。そこに、白い壁と木のドアが映し出されている。

 ドアはファティマのオフィスと同じデザイン。カメラ映像のように見えるが、これがレジーナのオフィスか。

「ノックしてください。ディスプレイはタッチ・パネルです」

 ファティマが笑顔で言う。何となく、この後の展開が読めてきた。言われたとおり、ディスプレイ上のドアをノックする。本当に木のドアを叩いているような音が返ってきた。

「アロー、どなたですか?」

 そしてレジーナの声。もちろん、コンピューターのスピーカーから。

「ハロー、アーティー・ナイトだ。レジーナ、君に会いに来た」

どうぞ、お入りくださいプリーズ・カム・イン

 どうやって開けるのかと思うが、ディスプレイのドア・ノブの辺りを押してみた。ドアが開いた。映像が勝手に前へ動き、こことそっくりな室内が映し出され、デスクに若い女が座っていた。

 メグではなく、ファティマによく似ている。そしてさらに童顔。高校生かと思うような。

 他の大きな違いは髪の色。ファティマは一部だけ金髪だが、レジーナは全て金髪。知的な額の出し方はそっくり。

 そして何となくぎこちない笑顔が、あの冷たい声に、よく似合っていて……

ようこそベン・ヴィンド、セニョール・ナイト。私がレジーナ・モイセスです」

「つまりファティマ、レジーナは君のコンピューターの中の人工知能だと?」

「そうです」

 ファティマが、機嫌のよさそうな笑顔で答えた。やれやれ、さっき思い付いたとおりだったよ。

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