#16:第6日 (5) レジーナを口説く

「コール・センターのオペレイターをさせるよりは、スケジュール管理の方が、アルゴリズムが簡単だったのか」

「はい。私がABCアカデミアへ入会して最初の研究が、それです。音声認識による電話通話内容認識およびスケジュール管理」

「スケジュール管理でも、質問と回答はしたりするんだろう」

「でも、複雑なシナリオがいりませんから。ある日時の予定が空いているか。空いていなければ入れ替えは可能か。キャンセルがあったときのリスケジューリング。基本はこの三つです。他の細かいルールは適宜追加しました」

 俺はディスプレイを見ながら会話しているが、レジーナはしゃべってくれず、ファティマが答える。レジーナができる話は、限られているようだ。理解できないことについて「お答えできません」などと無粋なことを言わないのがいい。

 いや、ビッティーの無粋さは、あれはあれで痺れるんだけれども。

「そして君のだけじゃなくて、アカデミー全体のスケジュールを管理している?」

「いいえ、そういうわけでもありませんよ。使いたい人だけです。アカデミーの渉外担当でもありません。電話番号は、私が関係した人だけに教えています。他のスケジューリング・アプリケイションと連携できますが、私は通信仕様を定義しただけで、アプリケイションは他の人が作ってくれました」

「このアヴァターは、誰がモデル?」

 ゲームどころか、仮想世界に出てくるような、リアリティーのあるアヴァターだ。最初はライヴ・カメラの映像を見ているのかと思ったくらい。

「私です」

「君の若い頃?」

「ええ。大学時代、趣味で演劇をしていて、女王の役をやったことがあるんです。金髪のかつらを被って」

「それで女王レジーナか」

「はい。役柄上、こんな風に無表情だったんです。決して私の演技力がないせいではありませんよ。でも、劇ではとても好評だったので、アヴァターに使ったんです」

 こんな若い女王が本当にいるのか知らないが、無表情さがある種の威厳を感じさせることは間違いない。ただ、女王が秘書の役をやるなんて、おかしいけれども。

「そもそもアヴァターが必要な理由は?」

「ありませんよ。ただ、他の人から要望があったんです。コンピューターのデスクトップや携帯端末ガジェットの画面に、エージェントが欲しいと。それを表示するアプリケイションも他の人が作ってくれて、私が提供したのはアヴァターの元データだけです」

「そしてせっかくだからと、オフィスまで与えたわけだ」

「そうです。もし気に入っていただけたのなら、財団でも使えるようにしますが?」

「使いたがる奴は多いだろうが、秘書課の連中から反対意見が出そうだなあ」

「雇用の確保の問題ですか。合衆国でも、まだ人手に頼る仕事を残す傾向があるんですね」

「人工知能は人間の仕事を奪うって信じてる連中が多くてね」

 深夜マーケットの品出し係ストック・クラークは、人工知能では代用できないから俺がやってるんだ。人間に取って代わるには、もう少し器用に動くロボットが必要だろう。でも、そんなものが作れるのは日本だけだし。

 ひとまず、レジーナともう少し会話してみようか。スケジュール管理以外の受け答えができるのか。

「やあ、レジーナ、君の顔が見られて嬉しいよ。声から想像していたとおり、とてもチャーミングだね」

「ありがとうございます」

「でも君には、俺の姿が見えていないのかな?」

「いいえ、見えています。ただ私は、あなたの容姿を評価することができません」

「ファティマ、レジーナに学習させれば、俺のことを好きと言ってくれたりするかな?」

「今でも言いますよ」

「どうやって?」

「さあ、それは考えてみてください」

 レジーナから、ファティマに目を移す。ファティマは相変わらず、上機嫌な笑顔だ。

「それはスケジュール管理の機能の一つ?」

「そんなはずがありませんよ」

「じゃあ、隠し機能なんだ」

「そうです。あなたが今朝から何人かに訊いた、イースター・エッグです」

 まさかファティマが自分の研究成果に、そんなものを仕込んでいるとは。

「つまり、会話でうまく誘導すれば、好きと言ってくれると」

「正確には、デートに誘うことができる、です」

「それは君をデートに誘うときと同じやり方?」

「いいえ、違います。あなたならどんな誘い方でも、私はデートを受けますよ?」

 君までそんなことを言い出すとは思わなかったよ、ファティマ。どうしてこのステージは、俺とデートしたがる奴がこんなに多いんだ。巡査部長とハファエラは「議論したい」と言っているが、実際のところはデートに決まってるぜ。

「じゃあ、どんなやり方なんだろう」

「それを考えてください。ヒントになるかどうか解りませんが、受け答えのアルゴリズムは私の姪に考えてもらいました。当時17歳の高校生です」

「じゃあ、レジーナは永遠の17歳なんだ」

「恋愛に関しては、そういうことになりますね」

「レジーナ、君の誕生日はいつ?」

「お答えできません」

 いきなりこれだ。さっきは会話が弾みかけたのに。

「君の趣味は?」

「お答えできません」

「君の住んでいるところは?」

「お答えできません」

 ここじゃないのかよ。

「休日はどうやって過ごしてる?」

「お答えできません」

「ニックネームはある?」

「お答えできません」

 まるでビッティーを相手にしているときのようだ。慣れてるからいいけど、そうじゃなかったらデートに誘う気をなくしてるぞ。

「ストレートに聞いてもダメですよ、アーティー。ABCアカデミアやスケジュールに関係ない質問は、基本的に受け付けません」

 ファティマが横から教えてくれた。

「さっき、容姿を褒めたら喜んでくれたぜ?」

「それくらいの反応はしますよ」

「変な質問を続けたら、嫌われたり警戒されたりする?」

「嫌うことはありませんが、しつこく続けると、部屋から出て行ってと言われますよ。電話なら、彼女の方から切ってしまいます」

「そういうとき、再挑戦は?」

「翌日になれば機嫌が直ります」

 そこまでやってられねえよ。とりあえず、仕事に関係ありそうなことを言ってみるか。

「レジーナ、君は一日中このオフィスにいるわけじゃないんだろう? 何時から何時までいるのかな」

「朝9時から夕方5時までです。ドトールを通じて依頼があれば、残業や休日出勤することもあります」

「休みは週末?」

「基本的にカレンダーどおりです」

「働くのが好きなのかな」

「好き嫌いよりは、依頼があれば働くというだけです」

「じゃあ、今日はファティマの依頼でオフィスへ来たんだ」

「はい、そうです」

「君の受付時間外にオフィスへ来たり、電話をしたりするとどうなるのかな」

「私がいないときにはオフィスへ入れません。電話は自動応答か、代理の者が出ます」

「代理の者ってのも、人工知能?」

 小さな声で、ファティマに尋ねる。

「そうです。自動応答自体が人工知能です。レジーナとは別の、もっと単純な受け答えをするものです。彼女の答えは間違っていますから、後で修正しておきます」

 めったにされない質問をしてしまったらしい。

「じゃあ、レジーナ、君はオフィスにいない時間は何をしてるんだろう」

「休んでいます」

 そういう単純な答え方は好きだぞ。

「その時間に君と話をすることはできるだろうか」

「条件によっては可能です」

 ずいぶん硬い言い方だ。

「条件というと、前に君と話したことの続きとか?」

「はい、それはいくつかあるうちの一つです」

「それ以外の話はできるのかな」

「スケジュールの調整の話以外はできません」

「君の仕事を、正確な定義として教えて欲しいが」

「電話を架けてきた方の話を伺うことと、アカデミアにおける会員のスケジュールの調整とメッセージの受け渡しです」

「そのメッセージの対象に、君自身は含む?」

「条件によっては受け付けます」

「じゃあ、今から君へのメッセージを伝えたいが」

「承ります」

「君のことが気になって、夜に寝られないんだけど、どうしたらいいかな」

「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」

「迷惑はしていないんだ。寝られなくてもつらくはないからね」

「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」

「起きたまま君のことを考えているのは楽しいよ」

「ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」

「アーティー、失敗です。部屋から退出してください」

 もしかして、謝罪の言葉しか言わない状態に入ってしまったか。「君に会えて楽しかった。また来るよシー・ユー・スーン」と言うと、ディスプレイの中でレジーナの姿が遠ざかり、ドアが閉まった。俺が部屋を出た、という形だ。

 ファティマの顔を見ると、やはり穏やかに微笑んでいる。

「何度も試してもらって構わないんですが、あなたの時間もないことでしょうし、ヒントを教えましょうか?」

「彼女のことをもっと褒めるべきだったかな。容姿を褒めたときは、喜んでくれた」

「それは合っています。まず、彼女の名前を褒めてください」

「なるほど」

「それから、彼女自身のことをあれこれ聞くより、あなた自身のことを話してください。例えば休みの日に、あなたが何をしているか。彼女は興味なさそうな受け答えをするかもしれませんが、気にせず続けてください」

 そういうのはビッティーで慣れてる。愚痴を言うのも、たまにやるな。レジーナも聞いてくれるんだろうか。

「あなたが趣味を話した後なら、彼女も趣味を答えてくれます。音楽です。それについて、あなたが知っていることを何でも話してください」

「それも聞いてくれるのか」

「はい。最後に、サンバの話をしてください。例えば、今日ならどうしますか?」

「なるほど」

 今日からカーニヴァルが始まるから、見に行こうよと誘えばいいと。

「一つ聞きたいが、女性ってのは話を聞くより、聞いてもらいたがるんじゃないのかね。少なくとも、俺と仲がいい女性は、そういうタイプが多い」

 代表はメグ。俺が何か言うまでは黙って控えてることが多いけど、話し出すと止まらなくなるんだ。

「“話を聞いてもらいたがる人”が好きな女性もいるのですよ」

「君の姪はそういうタイプか」

「ええ、私とは逆ですね。だからレジーナにちょうどいいと思ったんです。だって、秘書やコール・センター・オペレイターは、他人の話を聞くのが好きでないと、務まらないでしょう?」

「確かにね」

 本来なら明日まで待たないとレジーナの機嫌が直らないのを、特別にリセットしてもらった。ドアをノックするところから、やり直す。

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