#16:第5日 (6) 将軍と騎士

「まず“ローナ”は、彼女のニックネームです」

 そういうことか。Lonaローナなんて珍しい名前だと思ってたんだよ。頭の方を省略したのか。

「本名は?」

「マヌエラ・リマです。ローナは、食いしん坊グラトンという意味のComilonaコミローナの省略です」

 それで二人してあんなにもポンを! カリナも大食いグラトンだから、意気投合したか。

「俺に対しては陰気だが、本当の性格はどうなんだろう?」

「とても寂しがり屋だと思います。誰かが声をかけてくれるのを、常に待っています。でも、そうでないような素振りを常に取っています」

 それは解るね。女の場合、自分のどこかに自信がないってのが多いな。親しくして、欠点を知られたら、嫌われるかもって思うんだろ。ただその欠点は、“食いしん坊グラトン”ではないんだろう。それはストレスの発散方法かも。

「そうすると、少々強引に誘うくらいがいいのかな」

「もちろん、そうでしょう。特に、好意を持っている男性からなら、イチコロイメディアタメンテです」

 ちょっと待て。君は確か、ローナは俺のことを嫌ってはいないようだ、と言っただけだぞ。それにゲームを眺めていた様子では、俺の代わりにプレイしたそうだと。

「ご心配なく。彼女は間違いなくあなたに好意を持っていますわ」

「どうしてそれが判る?」

「オリヴィアから聞きました」

「彼女も別に、それを俺に隠してるわけじゃないと思うけど」

「直接ではありません。彼女たちが、あなたの鞄を奪おうとしたときのことです」

「それで何が判る?」

「ローナが……いえ、マヌエラが、あなたをターゲットにすることを、強硬に反対したそうです。それでも3人があなたに決めたら、彼女は協力しないと言い張って、実際に協力しなかったそうです。初めてのことだそうで」

「それでどうして俺に好意を持っていることになる?」

「その後、あなたがオリヴィアたちを呼んだら、彼女も来たのでしょう?」

 それは確かに、話の辻褄が合わないな。呼んだら来たということは、ローナ、いやマヌエラが、アルセーヌたちを探すのに協力したからだろう。

 違う。オリヴィアは、3人で探したと言った。マヌエラはやはり協力しなかったんだ。それなのに、その後、呼んだら来た。いかなる心情の変化であるか。金が欲しかったのなら、その前の人捜しにも協力したはずで……

 e-Utopiaに着いてしまった。そこに立っていたのは一人だけ。マヌエラ。ひときわ寂しそうに見える。

「どうして彼女だけが?」

「私が、あなたの名前で呼び出したんです。他の3人は、もう会議室に入っています」

 この場で彼女を何とかしろと? そんな無茶な。しかし、仮想世界みたいに悠長にやってるわけにはいかないんだよな。ゲームの方は超短期決戦だから。

 車を降りる。マヌエラが、ちらりと俺の方を見て、顔を背ける。カリナは「車を置いてきますわ」と言って地下駐車場へ行ってしまった。さあ、どうしようか。

「私に話って、何よ」

 幸い、彼女の方から切り出してくれた。ただし、顔を背けたまま。俺の乏しい女性知識によれば、これは“ツンディスガスト”という態度であり、対応と状況によっては“デレアフェクショネイト”に切り替わるということなのだが、本当だろうか。

 まず、礼を言おう。俺を引ったくりのターゲットにするのを、反対してくれたことに。そうすれば少しは変化が……

 いや、待て、違うな。彼女はそれを、俺に知られたくない、と考えているに違いない。この態度が、それを示している。

 それに本当は、人捜しを手伝ったのだろう。しかし、駄賃は拒んだ。金のためと思われたくないから。

 さらに、俺がオリヴィアを呼んだら、ホテルまで付いて来た、俺に、来たんだ。

 つまり、彼女は俺を困らせることをしない。そして俺の命令に従う。しかも対価なしで。即ち、奉仕の心構え。

 ただ、今の状態で言うことを聞かせるには、ちょっと難しい。やはり強引さが必要だろう。

「ちょっと、いつまで黙ってるのよ。言いたいことがあるなら……」

「黙って俺の言うことに従え、マヌエラ」

ええっオー・ケ!?」

「こっちを向け、マヌエラ」

 マヌエラが、半分だけ顔をこっちに向ける。目を見開いて、怯えた表情。なぜだか判らないが、初めて見たときよりも綺麗になっている気がする。

 ちゃんとこっちを向け、と言い、身体も顔も俺の方に向けさせる。軽い上目遣いで、口を半開きにして、親に怒られるときの子供そのものだな。

「今日のゲームで勝つには、お前の力が必要だ。俺も、お前の仲間も、必要としている。キーを入手したら、お前を召喚する。ゲートを探すのを手伝え。いいな」

「……急に、そんなことを言われても……」

 そうだろうな。この程度じゃ、態度を変えるのは無理だろう。だが、“命令に従う”という明らかな理由を作ってやれば、変わるはずだ。

「では、俺が暗示を与えてやろう。俺は実は、心理学者なんだ」

「それで、ドトール……」

「目を閉じろ」

 恐る恐る、という感じでマヌエラが目を閉じる。「うつむくな、顔を上げろ」と言うと軽く顎を上げ、まるで初めてのキスを待つ女のような表情になった。既に暗示にかかりかけてるな。

「ゲームの中で、お前は騎士の姿だ。そうだな」

そうイッソ……ですメズモ

「答え方が違う。俺は将軍だ。『はいイエス閣下ユア・エクセレンシー』と言え」

はいスィン閣下スア・エセレンシア!」

 マヌエラの背筋がピンと伸びた。目を閉じたままだが、表情に凜々しさが宿る。

「ゲームの中で、お前は騎士でありたいと思っている。高潔な女騎士だ。そうだな」

はいスィン閣下スア・エセレンシア

「戦いの中で、騎士は将軍に従う。そうだな」

はいスィン閣下スア・エセレンシア

「ゲームの間だけでいい。俺の言うことに従え。ハンニバル将軍に」

はいスィン閣下スア・エセレンシア

「将軍は勝利を欲している。勝利には、お前の力が必要だ。有能な騎士である、お前の力が。将軍はお前の忠誠心に、期待している」

はいスィン閣下スア・エセレンシア

「目を開けていいぞ」

 マヌエラが目を開ける。表情は凜々しいままで、目が輝いている。高貴な輝き。まだゲームの世界に入っていないのに、完全に暗示にかかった。

 いや、正しくは暗示ではない。これが彼女の望んだ状況なのだ。“憧れの男に従う女”が“尊敬する将に仕える騎士”にすり替わっている。「行くぞ」と言って歩き出すと、「はいスィン閣下スア・エセレンシア」と素直に付いて来る。

 守衛ガーズにゲーム・カードを見せ、建物の中に入って、2階へ。一昨日の会議室に入ると、3人で作戦会議中だった。

「やあ、来たか。ハンニバル、今日の作戦は立てたよ。まだ判らないことがたくさんあるけど、最初の1時間から説明するから」

 ウィルとフィルの前に座る。マヌエラはオリヴィアの横に座らず、俺の隣へ立つ。オリヴィアが明らかに驚いている。

「どうしたの、ローナ、目が怖いわ。気分が悪いの?」

「いいえ、集中しているの。黙っていて」

「…………」

 ローナに何をした、という感じでオリヴィアが俺を見る。俺だって、ここまで深い暗示にかかるとは思ってなかったんだよ。

 しかしローナの様子に一切構うことなく、ウィルが話し始める。

「昨日からインカやマチュ・ピチュについてありったけ調べたんだけど、謎が多いね。ゲームのステージにぴったりだよ。それで、再開したら到着する予定のオリャンタイタンボ。ここにもインカの遺跡があるらしいんだ。調べないといけない」

 それはもちろん、俺も知っている。ビッティーに聞いた。クスコに太陽神殿があり、オリャンタイタンボにもあり、マチュ・ピチュにもあるんだから、一目も見ないわけにはいかないというのは判る。しかし、さほど時間はかけられないだろう。

「だから、4人で分担して聞き込みをしようと思って。ただ、マチュ・ピチュへは……ええと、そのう……列車に乗るだろう? そのチケットも買わないといけないし、駅周辺の聞き込みも外せないから……」

 何なんだ、お前は。VRの中で列車に乗る、ということすら嫌なのか。どれだけ乗り物が苦手なんだよ。

「チケットの入手は俺がやるよ。しかし、ソーラに遺跡を見せた方がいいな。ずっと俺にくっついてるが、そうならないようにできるか」

「もちろん。コエリーニョとペアにしておけばいいよ。時間は15分か20分。30分取ると、後がなくなりすぎる。それから、そのう……列車に乗って……アグアス・カリエンテスへ行って」

 その周辺でも、ごく短時間聞き込みをする。目的は、ソーラと一緒にいた、リーコの目撃情報を探すこと。

「オリャンタイタンボから先は、鉄道しかないんだってね。それはきっとゲームでも同じだよ。だから、リーコをさらっていった連中も、乗ったはず。アグアス・カリエンテスに着いてから、どこかに隠れたか、人を雇って車を出してもらったに違いない。それを聞き込めば、僕らも協力者を得ることができると思うんだ」

 おそらくは、夜の遺跡へ行くことになるだろう。現実世界だと、もちろん夜には入れないが、ゲームの中では何か特別な事象が起こっているに違いない。お宝探しだ!

ポルタンの候補はいくつか考えたけど、おそらくはリーコだけが知ってると思うんだ。そして彼女がシャヴィも持っている! どう、この考えは?」

「全く妥当だと思うよ。ただ、リーコを手に入れるには、まだアイテムが足りない気がするんだ」

「それはオリャンタイタンボとアグアス・カリエンテスで探すんだよ」

「列車の中もあり得る。いろんな客が乗ってるはずだからな。観光に向かない、夜遅くに向こうへ着く列車だ。何かしら、事情のある奴が乗ってるに違いない」

「…………」

 目が怯えてるな、ウィル。乗ってる時間を可能な限り短くしたいのは判るよ。しかし、長距離移動の間に、何もイヴェントが起こらないわけがないんだって。

「大丈夫ですよ、ハンニバル。俺とコエリーニョでやります。こいつはまたブラック・アウトさせて、荷物車にでも放り込んでおけば」

「10分で済ませるわ。その間、我慢してなさいよ、セボラ」

 フィルとオリヴィアが同調する。ウィルの表情の、何と情けないことよ。ゲームの中の、しかも3時間の中のたかが10分で、そんな顔をするかね。ただ、最後の最後にもっと長距離移動がありそうな気もするけどさ。

 アイテムの確認をしていると、カリナが呼びに来た。会議室を出て、地下へ向かう。いつもならオリヴィアの横にいるマヌエラが、ぴったりと俺に寄り添っている。ウィルとは比べものにならないほど、頼もしい表情だ。

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