#16:第5日 (7) [Game] チケット入手作戦
ゲーミング・ルームに入り、トレッドミルに乗る。いつもどおりカリナが手伝おうとするが、「やり方はもう判った」と言って自分でベルトを装着する。どうせまた変なところを触ろうとするし。
横にマヌエラも立っている。信じられないほど凜々しい顔で。将の出陣に付き添う卒といったところか。“男を見る女”じゃない、“男を見る男”の目だな。いつもならオリヴィアのところにいるんだが、オリヴィアは訝ってるだろうなあ。真後ろにいるから見えないけど。
「フーーン……」
ため息の声が聞こえる。右斜め後ろ、ウィルだ。いつもならゲームが始まるときは気合いの奇声を上げているのに。そんなにも、“バスに乗った状態”から始まることが嫌なのか。ある意味、ブレない奴だな。
「我慢しろよ、ウィル。再開したら、バスは着いちまってるって」
フィルが慰めようとしているが、ため息は続く。
「でも、降りるところから始まるに違いないよ。起こしてくれるだろうけど、何秒か経っちゃうよ。それが惜しくて」
「そりゃあ、その何秒かは最後に利いてくるかもしれないけど、リアル・タイムで後に起こるイヴェントだってあるんだから、早く着く方が有利とも言い切れない」
「
まあ、気持ちは解らないでもないよ。フットボールだって、あと3秒あればってこともよくあるからな。でも、序盤の時間なんて、途中でいくらでも調整できるし。
無視して始めるか、と思っていたら、横に立っていたマヌエラが、ウィルの方へつかつかと歩いて行った。そしてトレッドミルの上でしゃがみ込んだウィルの顔に、ビシッと指を突き出す。まるで銃で狙っているかのよう。
「……
ウィルの顔は見えないが、声が怯んでいる。
「
「…………」
そのままゲーミング・ルームが沈黙する。ウィルは固まり、マヌエラは指差す姿を崩さず、他の二人は呆気に取られている……と思う。俺だって驚いてるよ。
「彼女に何をおっしゃったんです?」
カリナがそっと訊いてくる。
「たいしたことは言ってないよ。強めの口調で、ゲーム中は主従の関係でいろって、ね」
「それだけであんなに?」
「ゲームが終われば元に戻るさ」
ウィルの返事は聞こえないが、言葉の効き目があったと思ったのか、マヌエラは戻ってきた。俺を見上げながら、敬愛の表情で囁く。
「
「ありがとう。後で必ずお前を呼ぶ」
「お待ちしています」
マヌエラはわずかながら笑みを見せ、すぐに表情を戻すと、踵を返してゲーミング・ルームを出て行った。オリヴィアとウィルは呆気に取られている……と思う。
「定刻ですわ。始めますか」
「そうしよう」
カリナの言葉で、ヴァイザーを装着する。古代の石壁が目の前に立ちはだかる。カリナはまた、女神の姿に戻った。何の女神だろう。実は愛欲を司る女神ではないか。そう思って見直すと、服の隙間がやけに気になる。たかがVRの映像なのに。
「開始時間は、予定からほぼ遅れなしです。本日のゲームにおいて、先に
ゲーミング・ルームの扉は閉まっているはずだが、その向こうから背中に、マヌエラの視線を強く感じる。カリナの姿が横へのいてから、石の扉へ向かって進む。押して、開く。“バスの中”へ戻るのに、大袈裟なものだ。
バスの車窓は、昨日の終わりに見たものとは違っていた。確か、蛇行しながら山を登っていたはず。今は、夕暮れの山間の緩やかな下り坂を走っている。左手に川が見えている。ウルバンバ川か。もしかしてオリャンタイタンボが近いのかな。
「ハンニバル、終点まですっ飛ばしてもらえれば」
後ろの席からフィルが身を乗り出してきて、耳元で囁く。どうすりゃいいのかね。コマンド・モードにして「Go to the last stop」かな。途中のバス
周りには汚らしい建物がいくつか。ゴースト・タウンかと思うようなところだが、どうやらここがオリャンタイタンボの駅前らしい。「Get out」で車を降りる。フィルが玉葱野郎をポカリと殴りつけると、アヴァターがぴょこんと跳ね起きる。
「ようやく着いた! さあ、遺跡を見に行こう」
ソーラがあからさまに驚いている。
「よし、相談どおり手分けしよう。ソーラ、君は彼女に……コエリーニョに付いて行ってくれないか」
こんなバニー・ガールと一緒に行動するのは嫌かもしれないけど。
「あなたはどうなさるのですか?」
「俺はこの辺りでやることがある。チケットも買わないといけないし」
「では、私もあなたに……」
「セニョリータ、本当に申し訳ないけど、あたしに付いて来て欲しいのよ。いなくなった妹さんの、手がかりがあるかもしれないから」
オリヴィアがソーラの手を掴んだ途端、姿が消えた。有無を言わさず連れて行ったようだ。ウィルとフィルの姿は、既にない。黒服に注意しろ、と言うのを忘れたな。今さら言うまでもないか。
さて、駅前の様子。みすぼらしい建物ばかりだが、カフェと土産物屋がずらりと並ぶ。お客がたくさんいる。マチュ・ピチュから帰ってきた観光客だろう。バス待ちだ。
もちろん、ペルー
だが、気にしている暇はない。まず、ペルー
なぜだ。エクスペディション・クラスなんて、ローカル列車同然なんだろう。立ち乗りだってできるんじゃないのか。それとも、山峡の危険地帯を走るから、定員を厳密に守らないといけないとか?
訊いてもまともな答えは返って来ず、「チケットはない」を繰り返すだけなので、渋々ながらオフィスを出る。
次はインカ
さあ、困った。前回と同じく
奪うのは、やりたくないね。それにチケットをぎりぎり買える金が支給されてたり、ソーラが服を売って金を作れたりしたんだから、買うのに違いないって。おそらく、キャンセル待ちだ。
しかし、オフィスの前で
それにしても、寂しい駅前通りだ。道はコンクリートの簡易舗装で、幅が狭い。店が並ぶのも100ヤードほど。ここはきっと町外れで、中心はもっと北にあるのに違いない。遺跡の近くだろう。観光客も、そこにたくさんいるはず。行ってみるか?
だけど、どうも気が進まない。列車のことは駅前で、という気がするんだよ。もしチケットを余らせている観光客がいたら、駅へ来るに違いない。あるいは鉄道会社の社員と知り合いになるにしても、オフィスの近くだろう。絶対あるんだって、何か都合のいいイヴェントが。例えば……
ボナンザ! ほーら、発見したぜ、鉄道会社の社員を。
「ヘイ、
ペルー
リリアーナは一瞬だけ無愛想な表情をしたが、俺を見て“観光客”であると気付いたらしく――俺自身はそう見えないが、彼女には見えるはず――、愛想よく微笑んで「どちら様でしたかしら?」と言った。
「今日の午後に、クスコのペルー
「そうでしたかしら。ああ、思い出しましたわ。乗り合いバスのこともお尋ねになって。ええと、お名前は、セニョール……」
本当は思い出してないんじゃないかな。しかし、普通なら「憶えていません」と言いそうなところを、思い出したふりをしてくれるだけでも、よくできたNPCだと思うよ。
「ハンニバルだ。どうしてここに?」
「明日からアグアス・カリエンテスのオフィスで仕事なんです」
「ということは、7時か9時の列車に乗る?」
「ええ、7時の列車に」
「俺と仲間も乗りたかったんだが、チケットがないと言われて」
「あら、それは残念でしたわね」
私が何とかしましょう、と言って欲しかったんだが、さすがにそうはいかなかった。しかし、7時の列車に乗るのに、5時過ぎにここに着いたのは、いかにも早過ぎる。おそらく、乗る前に夕食を済ませようというのではないか。いや、それなら町の方で済ませてくる? とにかく、当たってみよう。
「ここで再会したのも何かの運命かもしれないから、食事に行かないか」
こういう誘い文句は、本当は嫌いだ。俺は運命なんて信じない。しかし、それが好きな女がいるから、男の誘い文句になるわけで。
「私、そこのカフェ・エスタシオンをよく使うんです」
「なら、そこへ行こう」
食事へ誘うのに成功したが、本当にこれでよかったのだろうか。今回は金を十分持ってないんだぞ。高いものを食べたら、足りなくなるかもしれない。
前のステージでアヴァター・カリナはチョコレート・ケーキを七つも食べたんだった。このステージでもまさか、食欲旺盛なのでは。失敗したかなあ?
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