#16:第3日 (16) [Game] アレイジャディーニョの墓

「またフォークで開ければ?」とウィルが言う。

「そうはいかない。この南京錠はピンタンブラーだ。もっと細くて、先が鉤みたいに曲がった針金がいる」

 ピッキングにはピックとテンションが必要で、などと説明している暇はない。さっさと開けないと、またさっきの奴らが追い付いてくるかもしれない。南京錠はずいぶん古いもので、錆だらけだから、一応やってみるか。

「B.A.、のみとハンマー」

「ハンマーは大きい方? 小さい方?」

「大きい方」

了解エンテンディ

 渡されたのみを、南京錠のツルの、輪になっている部分に差し込む。のみはうまい具合に楔のような形をしていた。そして鑿の尻を、ハンマーで思いっきりぶっ叩くストライク・ハード

 "The lock has been destroyed."

 はい、またまた大成功。やれやれ、VRゲームの中ではまともな解錠をさせてもらえないなあ。いや、仮想世界の中でも最近ピッキングをしてないよ。そろそろやらせてくれ。

 ともかく檻を開けて外に出る。外で伸びているトラップ・キャラクターは放っておけばいいか。フォワードで進むと民家が建ち並ぶ道に出た。どうして鉱山の入り口近くに、こんなに民家が。

 それはともかく、目の前には車。あの男のだろう。鍵はあるし、これを使えばいいかな。

「嫌だ! 乗りたくない!」

 ウィルが叫ぶ。またかよ。フィル、黙らせろ。あっという間にウィルが静かになり、フィルがアヴァターを車の中に投げ込む!

「誰か運転できるか?」

「ハンニバル、あんたが運転すれば?」

「俺はライセンスを持ってないんだ」

「ここはゲームの中ですよ? 関係ないですよ」

 なるほど、そうか。ライセンスがなくても、レーシング・ゲームはできるもんな。とりあえず車に乗る。さて、どこへ向かえばいいんだ。

ゲートはどこだ」

「さあ?」

「途中にヒントがあると思ってたのに……」

 フィルがオリヴィアがブツブツと呟く。お前ら、このゲームを何度もやってるんだろ。しっかりしろよ。仕方ない、俺が考えるか。

「ここでのポイントは、チラデンテス、アレイジャディーニョ、そして金鉱山だったな」

そうスィム

「まず、チラデンテスに関係の深い、陰謀博物館に入った。そして墓の前から、地下に潜った。それから鉱山の坑道を通ってきた」

そうスィム

「じゃあ、アレイジャディーニョに関係の深いところがまだだ。それがきっとゲートだ」

「それってどこです? 教会? たくさんありますよ」

「チラデンテスの墓は見たろ。じゃあ、アレイジャディーニョの墓を探せばいい」

「それってどこです? セボラも俺も調べてません」

「出口がここであることに意味があると考えると、この近くの大きな教会だろう」

「なるほど!」

 フィルが急に元気になった。地図を共有する。ノッサ・セニョーラ・ダ・コンセイサン教会というのがある。アレイジャディーニョ博物館併設だそうだから、確実だろう。

 車のキーを捻って、出発。しかしやることはコマンド・モードでフォワードだ。フィルのナヴィゲイションで、狭い石畳の道を登って降りて、右左折を繰り返すと教会に着いた。また水をかけてウィルを起こす。アヴァターが飛び起きる。

「ここ、どこだ!? 早く車から降ろしてくれよ!」

 さっきと同じ反応をするんじゃない! 車を降り、階段を上がって教会の前へ。闇の中に建つ教会は、ファサードすらよく判らないが、それはもうどうでもいい。入り口には当然、錠がかかっている。しかし、やはりフォークで解錠できてしまった。扉を開けて、中に入ると、真っ暗だったところに青い光が射してきて……

 "YOU EXITED THE GATE!"

 炎の文字が現れた。

やったよケ・ボンやったケ・ボン! クリアしたよ!」

すげぇオッチモ! すげぇオッチモ!」

 ウィルとフィルが騒ぐ。オリヴィアの声はしない。でも、きっと喜んで飛び跳ねてるだろう。兎だから。

おめでとうございますコングラチュレイションズ、Zチームの皆さん。あなた方はキーを持ってゲートを出ることに成功しました。順位はまだ確定していません。他チームのゲームが終了するまでお待ちください」

 女神姿のカリナが現れて言った。いい笑顔だねえ、本当に女神のよう。

「あと何分?」

「25分!」

 カリナが答えるより先に、ウィルが叫んだ。それはリアル・タイムの残りだな。終了の30分は前に出ないと、次のステージ進出は望めないらしいから、当落線上オン・ザ・バブルか。

「ヴァイザーをお外しください」とカリナが言う。待つのに、VRの中にいる必要はないということだ。外すと、本当に俺の前にカリナがいた。いつの間にかプレイ・ルームに入ってきている。

「結果が出るまで、控え室でお待ちください」

 笑顔で言いながらベルトを外してくれるが、その手がどうして股間に当たるのか。

「他のチームの状況は判らないのか?」

 トレッドミルを降り、カリナに手を引かれながらプレイ・ルームを出る。しかし油断しているとカリナが腕にしがみついてきて、肘が彼女の胸に当たる。出ようとしたとき、ローナが入ってきてすれ違った。たぶんオリヴィアのところへ行ったのだろう。

「判りません。でも、世界中で観戦している人たちは、順位が判っていますわ。中継しているんです。少しだけ、時間を遅らせてますけれど」

「遅らせて?」

「ゲーム自体は全チームほぼ同時進行ですが、数分単位の時差を合わせるために、10分ばかり遅れて映像を流すんです。キーを入手したチームは2分間のロス・タイムが発生しますし」

 控え室に来て、テーブルを見ると、紙カップが10個もあった。また見ている間にポンを食べたのか。しかも昨日より多い! 椅子に座って話を訊く。

キーを入手できるのは3チームで、遅れた3チームは追いかけて奪うってことだが、どのチームを追いかけるんだ。3位のチーム?」

「4位のチームは3位を追います。5位は2位、6位は1位を追います。キーがある部屋を出た時刻で、追う相手が決まります。追うチームと追われるチームのステージが融合するんです。ただ、6位が1位に追い付くことは、ほとんどありませんわ」

 上位が有利になるよう、組み合わせが決まるわけだ。NFLのプレイオフに似てるな。

「俺たちは追ってきた奴らがいるから、2位か3位ってことだ」

「スィン・プロフェソール」

「でも、2位のチームがゲートを出た瞬間に、結果が判ってもいいと思うけど」

「3位のチームだって、ゲートを出たという満足感に、しばらく浸らせてあげるのも優しいことだとお考えになりませんか?」

 確かに。ウィルとフィルだってあんなに喜んでたもんな。それをたった1、2分で失格を知らせて残念がらせるのは、不親切だろう。

 NFLだって、レギュラー・シーズン最終戦でプレイオフ進出が決まるとき、先にゲームを終えて可能性を残したチームは、期待しながらロッカー・ルームで他のゲームの結果を待つ、というのがドラマティックでいい。

 ウィルが足をよろけさせながら、プレイ・ルームから出て来た。そんなに消耗したのか。「2番目になってくれ」と呟き続けている。フィルが腕を掴んで椅子に座らせる。オリヴィアとローナも出てきたが、ローナが一瞬だけ俺の方に視線を走らせた。すぐ背ける。何だろう。何か気になることでもあったか。

「飲み物はいかが?」

 カリナが勧める。俺はもちろんオレンジ・ジュースだが、他は誰も好きなものを注文せず、自動的に全員オレンジ・ジュースになった。部屋の隅にあった冷蔵庫から――そんなのがあったなんて知らなかった――カリナが紙パックのジュースを出してきた。

 その間に、ディスプレイに映像が映し出される。どうやら昨日からの俺たちのプレイのようだ。時間が飛び飛びだから、ダイジェスト版かな。

 しかし、ウィルはろくに見ていない。うつむいてまだ何かブツブツと言っている。フィルは口を半開きにして見ている。オリヴィアとローナは小声で話しながら。

「11時まで待たなきゃいけないのかね」

「いいえ、3番目にゲートを出たチームがあれば、それから約10分後に発表です。先ほど申し上げた、遅れ時間の関係で」

「つまり俺たちは全世界の観戦者とほぼ同時に結果を知る」

「スィン・プロフェソール」

「でも、俺たちがゲートを出て、ちょうど10分後くらいに発表があれば……」

「残念な結果になるかもしれませんわね」

 1位と2位が圧倒的に早ければ、そういうことになるよな。競っていれば、判らない。まあ、ゆっくり待つか。

 しばらくしてリプレイ映像が消え、ゲーム開始時と同じ、石扉の絵になった。一番上に"RESULTADO"の文字。“結果リザルト”の意味だろう。ブラジル国内ではポルトガル語表示だが、他国では言語に従って表示されてるかな。そんなことはどうでもよくて、1位から順に表示されるだろうから、見ていれば判る。

「1位が最初に表示されて、次は6位から4位、最後に2位と3位です」

 カリナに教えてもらいながら、順位を見守る。"Primeiro"の横に"Turma T"と表示され、その横に時間。5:15'23"020。俺たちより20分も早いわけか。「ウアゥ!」とウィルが叫び、頭を抱える。

「早いよ、早すぎる。何てすごいんだ!」

 感心してるのか嘆いてるのか、どっちなんだ。そして下から"Sexto"、"Quinto"、"Quarto"の順に表示された。"Turma W"、"Turma U"、"Turma Y"。当然そこに、我がZチームはない。キーを入手したんだから。

「キャンセルされたのはコロンビアのVチームです」

 カリナが教えてくれたが、あまり意味のある情報とは思わない。問題は俺たちが2位かどうかであって、もう1チームの名前が何だろうと関係ない。しかし、"Victory"の頭文字を持つVチームがキャンセルというのは、可哀想ではある。

 そして、気を持たせるように数秒の間を置いてから、2位と3位が表示された。

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