#16:第3日 (15) [Game] 地下坑道レース

「ブレーキが固くて動かないわ!」

 トロッコトラックの後ろのブレーキ・ハンドルにしがみつきながら、オリヴィアが叫ぶ。どうでもいいけど、君のアヴァターってこういうところでは本当に場違いに見えるよな。バニー・ガールが地下坑道のトロッコトラックに乗るなんて、あり得ない状況シチュエイションだぜ。

「どこかに油があるだろう。それを差せば動くんじゃないか。探してきてくれ」

了解エンテンディ!」

 オリヴィアがトロッコトラックを飛び降り、姿を消した。

「ハンドルをハンマーで強くぶっ叩けば、ブレーキが外れるのでは?」

 フィルが訊いてくる。ウィルのアヴァターは、足元で伸びている。

「それだと壊れてしまって、止まりたいときにブレーキがかからないかもしれないだろ」

「なるほど」

「油があったわ!」

 兎が跳ぶようにオリヴィアが戻ってきた。ブレーキ・ハンドルの支点に油を差し、それからハンドルをハンマーで軽く叩く。ブレーキが緩むと同時に、トロッコトラックがゆっくりと動き出す。オリヴィアに一度ブレーキをかけさせ、ちゃんと効くことを確認して、また走り出した。

 しかし、思ったようなスピードが出ない。ヴァイザーの景色がローラー・コースターのようになるかと予想していたのに、これじゃあ遊園地の子供向けライドだ。ディズニー・ランドかユニヴァーサル・スタジオ・パークにこんなのがあったんじゃなかったっけ? 車軸にも油を差さないといけなかったか。

 トロッコトラックは長い長い下り坂をゆっくりと下りていたが、線路が平坦になったところでついに止まってしまった。

 仕方がないので油を差す。トロッコトラックを降り、オリヴィアから油入れを借りて、車軸に塗る。それから、ハンマーで軽く叩く。こうすると油の回りが早いと思うのだが、VRの中でそれが再現されるかは不明。しかし、やらないよりましと信じる。

「音がするわ」

 トロッコトラックの上でオリヴィアが言う。バニーだけに、耳がいいのか? いや、姿はたぶん関係ないだろう。

「もしかしたら、後のチームが追いかけてきたか」

「早くトロッコトラックを走らせないと!」

「B.A.、手伝え。二人で押す。もう少し先まで行けば、また下り坂だ」

了解エンテンディ!」

 フィルのアヴァターが降りてきて、二人でトロッコを押すプッシュ・ザ・トラック押すプッシュ押すプッシュ押すプッシュ! 押している実感は全くないが、トロッコトラックは前に動いている。オリヴィアが後ろを向いて、音を聞いている。それにしても破廉恥なアヴァターだなあ。目の前の、太腿の量感がすごい。

「音が近付いてきたわ!」

 俺にも聞こえてきた。イヤーフォンからちゃんと立体的に音が聞こえるんだ。しかし、トロッコトラックもだいぶスピードが乗ってきた。

「下り坂まで押したら、飛び乗るぞ」

了解エンテンディ!」

 小走りのスピードまで上がってきた。下り坂に入ったと思われる辺りで――手応えや足元の感覚が再現されてれば確実なのに――トロッコへ飛び乗るジャンプ・オン! ウィルのアヴァターを踏んでしまったかもしれない。しかし、トロッコトラックは順調に進んでいる。さっきよりヴァイザーの景色の動きが速い。

「追い付いてきたわ!」

 追っ手の姿が見えるようになったということか。振り返っても仕方ないので、前だけを見ておく。トレッドミルの横のバーを掴むと、トロッコの車体を掴んでいる感じがして、若干の現実感リアリティーを味わう。

「海賊?」

 またオリヴィアが叫ぶ。追っ手は海賊のアヴァターなのか。宝探しには似合いだけど、鉱山には似合わないだろ。かといって、どんなアヴァターが適しているのかと訊かれても困るけど。

 ちらっと、後ろを振り向く。追っ手の姿はよく見えないが、ライトが迫ってきているのだけは確か。それより、オリヴィアのアヴァターの尻の迫力がすごい。どうしてそんなところの再現性だけ現実感リアリティーがあるんだ?

「追い付かれるわ!」

 どうして後ろのトロッコトラックの方が速いんだよ、同じ型なのに。やはりこっちはまだ油の回りが悪いのか。それはともかく、追い付かれたらキーを奪われるかもしれないんだよな。さて、どうやって逃げようか。

「メルダ!」

 フィルが叫んで、何かを後ろに投げた。ショヴェルか。それ、効くのか? 効いてないみたいだぞ。ほら、また近付いてきた。

「シューチ!」

 オリヴィアが叫んで……蹴った? 蹴ったのか!? 脚、長すぎるだろ。でもそれ、効くのか? 効いてないみたいだぞ。ほら、また近付いてきた。

「ショヴェルで相手のトロッコトラックを突き放せ!」

 ここは一応リーダーらしく指示をしてみる。

「ショヴェルはもうない! さっき投げた!」

「二つあったろ?」

「セボラに渡したのは石室に置いてきたよ!」

「じゃあ、鶴嘴ピックアックス

「それもとっくに投げた!」

 いつだよ? ということは、残ってるのは俺の鶴嘴ピックアックスだけか。それを投げるわけにはいかないなあ。どうせ効かないし。というか、使い途は一応考えてるんだけど。

「追い付かれる!」

 またかよ。もう一度蹴っとけ。それに、そろそろ鶴嘴ピックアックスを使う場所が近付いてると思うんだけど。

「ところで、奴らはどうやってキーを奪おうとしてるんだ?」

「さあ? でも、トロッコヴァゴネタを転覆させれば俺たちが気絶するだろうから、その隙に奪おうとしてるんじゃ!?」

 なるほどね。ところでフィル、さっきから言葉遣いがぞんざいになってるぜ。焦る気持ちは解るけどな。たかがゲームのことだ。負けたってそう大したことじゃない。しかし……

 トンネルが、少し広くなった。ほぉら来たぞ、追っ手を突き放すタイミングが。

「B.A.、俺の身体が落ちないように支えてろ」

「何のこと?」

「俺が少し身を乗り出すから、脚を持ってりゃいいんだよ」

「? とにかく、了解エンテンディ!」

 前方を確認。レヴァーは右側だな。トロッコヴァゴネタの右に身体を乗り出す。レヴァーは手前に倒れてるから、それが定位。反位にするには、進行方向に向かって、鶴嘴ピックアックスでぶん殴る! 「ガキーン!」とものすごい音がした。

「追っ手が消えたわ!」

 オリヴィアの嬉しそうな声。はい、大成功。乗り出していた身体を――そういう実感は全くなかったが――トロッコトラックの中に戻す。本当なら鶴嘴ピックアックスでレヴァーをぶん殴った衝撃が伝わって、手が痺れてるところだが、そういうこともない。

「消えたんじゃない、別のところへ行った」

「どういうこと?」

分岐器ポイントを切り替えたんだ」

 俺たちのトロッコトラックが直進方向へ通過した瞬間、ポイント・レヴァーを操作して分岐方向に切り替えた。本当ならポイント・レヴァーは線路から少し離れたところにあるべきだが、坑道は狭いし、高速で走ることはないので線路間際にあったわけだ。もちろんゲームのストーリーとして、こういうときのために使えってことだろう。

「ハンニバル、あんた、よくそんなこと思い付きますね」

 フィルの言葉遣いが丁寧に戻った。

「でも、こんなのってアドヴェンチャー映画でよくあることだぜ。ゲームでも定番じゃないのか」

「オンライン版では、最後は迷路を抜けることがほとんどだから」

 なるほど、VR版ではよりダイナミックな動きになるようにしてるわけだ。さて、そろそろ終点か。

「コエリーニョ、ブレーキ!」

了解エンテンディ!」

 線路が平坦になり、目の前に岩盤が立ちはだかっていた。錆び付いたを発しながら、トロッコトラックのスピードが落ちる。ゲームらしく、ちょうどいい感じのところで止まる。

「B.A.、セボラを起こせ」

「ハンニバル、壺の水をぶっかけてくれれば」

 そういうことか。アヴァターに水をかけると、バネ仕掛けのようにぴょこんと跳び上がって立った。元気だな。そりゃそうか、気絶したわけじゃない、断線してただけみたいなものだから。

「ここ、どこだ!? 早くトロッコヴァゴネタから降ろしてくれよ!」

「心配するな、もう終点だ」

「終点? どこに着いたって?」

「それは俺も知らんね」

 トロッコトラックに乗っている間に、地図を見ておくべきだったかな。しかし、追っ手がいてそれどころじゃなかった。しかし、本当にどこか判らない。

「オーラ! ここは見覚えがあるぞ。シコ・ヘイ鉱山跡だ」

 フィルが嬉しそうな声を出す。初日に、この中を観覧したらしい。その時にヘルメットやショヴェルをかっぱらった? いや、それはもうどうでもいい。

「まずここから出ればいいかな。出口は?」

「あっち!」

 フィルが指差す方向へフォワード。鉱山跡を観光施設として開放しているのでいろいろな展示物があるが、そこはすっ飛ばしてエントランスへ。しかし、檻が閉まっている。

「どうやって開けるんだ?」

「さあ……昼間は普通に開いてたから」

「おい、君たち! 無事だったか?」

 前からライト、そして男の声。誰だ、こいつ。こちらからも照らす。無精髭の、渋くハンサムな中年男。ブリム・ハットを被っているが、ダフ屋スカルパーではない。

「誰だ?」

「君たちを迎えに来た。サン・ジョルジェ像を持っているな?」

「持ってるよ」

「これだ」

 俺が出すまでもなく、後ろからウィルが手を伸ばしてきて、檻の隙間から像を差し出した。男がそれを受け取ろうとすると、ひょいと手を引く。

「おい、何してるんだ、早く像を……」

 言いながら男が檻に近付いてきたところを、ウィルが像を持った手で殴るパンチ! 男は悲鳴もあげず倒れてしまった。

「ハンニバル、騙されないでよ。こいつ、トラップ・キャラクターだ」

「トラップ?」

ポルタンが近くなると出て来て、シャヴィをよこせって言うのさ。うっかり渡すと逃げられて、ゲーム終了オーヴァー。追いかければ追い付くこともあるけど、まあ無理だね」

「そうか。助かった。しかし、像はどこから出してきた? 俺のアイテムになっているはずだが」

「ああ、これは教会から持ってきたマリア像だよ。大きさが同じくらいだったし、殴るのにちょうどいいかと思って」

 ウィルの手から、既に像は消えていたが――たぶん、もうアイテム化されたのだろう――そういう物があったのを思い出した。いろいろ使えるものだねえ。

「で、どうやってここから出るんだ?」

「さあ?」

 こいつが鍵を持ってる? 騙そうとしてたんだから、持ってるわけがないか。一応身体を調べてみたが――檻の隙間から手を伸ばせば届く――、車の鍵は持っていたけれども、檻の鍵は持っていなかった。さて、どうしようか。

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