#16:第3日 (15) [Game] 地下坑道レース
「ブレーキが固くて動かないわ!」
「どこかに油があるだろう。それを差せば動くんじゃないか。探してきてくれ」
「
オリヴィアが
「ハンドルをハンマーで強くぶっ叩けば、ブレーキが外れるのでは?」
フィルが訊いてくる。ウィルのアヴァターは、足元で伸びている。
「それだと壊れてしまって、止まりたいときにブレーキがかからないかもしれないだろ」
「なるほど」
「油があったわ!」
兎が跳ぶようにオリヴィアが戻ってきた。ブレーキ・ハンドルの支点に油を差し、それからハンドルをハンマーで軽く叩く。ブレーキが緩むと同時に、
しかし、思ったようなスピードが出ない。ヴァイザーの景色がローラー・コースターのようになるかと予想していたのに、これじゃあ遊園地の子供向けライドだ。ディズニー・ランドかユニヴァーサル・スタジオ・パークにこんなのがあったんじゃなかったっけ? 車軸にも油を差さないといけなかったか。
仕方がないので油を差す。
「音がするわ」
「もしかしたら、後のチームが追いかけてきたか」
「早く
「B.A.、手伝え。二人で押す。もう少し先まで行けば、また下り坂だ」
「
フィルのアヴァターが降りてきて、二人で
「音が近付いてきたわ!」
俺にも聞こえてきた。イヤーフォンからちゃんと立体的に音が聞こえるんだ。しかし、
「下り坂まで押したら、飛び乗るぞ」
「
小走りのスピードまで上がってきた。下り坂に入ったと思われる辺りで――手応えや足元の感覚が再現されてれば確実なのに――トロッコへ
「追い付いてきたわ!」
追っ手の姿が見えるようになったということか。振り返っても仕方ないので、前だけを見ておく。トレッドミルの横のバーを掴むと、トロッコの車体を掴んでいる感じがして、若干の
「海賊?」
またオリヴィアが叫ぶ。追っ手は海賊のアヴァターなのか。宝探しには似合いだけど、鉱山には似合わないだろ。かといって、どんなアヴァターが適しているのかと訊かれても困るけど。
ちらっと、後ろを振り向く。追っ手の姿はよく見えないが、ライトが迫ってきているのだけは確か。それより、オリヴィアのアヴァターの尻の迫力がすごい。どうしてそんなところの再現性だけ
「追い付かれるわ!」
どうして後ろの
「メルダ!」
フィルが叫んで、何かを後ろに投げた。ショヴェルか。それ、効くのか? 効いてないみたいだぞ。ほら、また近付いてきた。
「シューチ!」
オリヴィアが叫んで……蹴った? 蹴ったのか!? 脚、長すぎるだろ。でもそれ、効くのか? 効いてないみたいだぞ。ほら、また近付いてきた。
「ショヴェルで相手の
ここは一応リーダーらしく指示をしてみる。
「ショヴェルはもうない! さっき投げた!」
「二つあったろ?」
「セボラに渡したのは石室に置いてきたよ!」
「じゃあ、
「それもとっくに投げた!」
いつだよ? ということは、残ってるのは俺の
「追い付かれる!」
またかよ。もう一度蹴っとけ。それに、そろそろ
「ところで、奴らはどうやって
「さあ? でも、
なるほどね。ところでフィル、さっきから言葉遣いがぞんざいになってるぜ。焦る気持ちは解るけどな。たかがゲームのことだ。負けたってそう大したことじゃない。しかし……
トンネルが、少し広くなった。ほぉら来たぞ、追っ手を突き放すタイミングが。
「B.A.、俺の身体が落ちないように支えてろ」
「何のこと?」
「俺が少し身を乗り出すから、脚を持ってりゃいいんだよ」
「? とにかく、
前方を確認。レヴァーは右側だな。
「追っ手が消えたわ!」
オリヴィアの嬉しそうな声。はい、大成功。乗り出していた身体を――そういう実感は全くなかったが――
「消えたんじゃない、別のところへ行った」
「どういうこと?」
「
俺たちの
「ハンニバル、あんた、よくそんなこと思い付きますね」
フィルの言葉遣いが丁寧に戻った。
「でも、こんなのってアドヴェンチャー映画でよくあることだぜ。ゲームでも定番じゃないのか」
「オンライン版では、最後は迷路を抜けることがほとんどだから」
なるほど、VR版ではよりダイナミックな動きになるようにしてるわけだ。さて、そろそろ終点か。
「コエリーニョ、ブレーキ!」
「
線路が平坦になり、目の前に岩盤が立ちはだかっていた。錆び付いたきしり音を発しながら、
「B.A.、セボラを起こせ」
「ハンニバル、壺の水をぶっかけてくれれば」
そういうことか。アヴァターに水をかけると、バネ仕掛けのようにぴょこんと跳び上がって立った。元気だな。そりゃそうか、気絶したわけじゃない、断線してただけみたいなものだから。
「ここ、どこだ!? 早く
「心配するな、もう終点だ」
「終点? どこに着いたって?」
「それは俺も知らんね」
「オーラ! ここは見覚えがあるぞ。シコ・ヘイ鉱山跡だ」
フィルが嬉しそうな声を出す。初日に、この中を観覧したらしい。その時にヘルメットやショヴェルをかっぱらった? いや、それはもうどうでもいい。
「まずここから出ればいいかな。出口は?」
「あっち!」
フィルが指差す方向へ
「どうやって開けるんだ?」
「さあ……昼間は普通に開いてたから」
「おい、君たち! 無事だったか?」
前からライト、そして男の声。誰だ、こいつ。こちらからも照らす。無精髭の、渋くハンサムな中年男。ブリム・ハットを被っているが、
「誰だ?」
「君たちを迎えに来た。サン・ジョルジェ像を持っているな?」
「持ってるよ」
「これだ」
俺が出すまでもなく、後ろからウィルが手を伸ばしてきて、檻の隙間から像を差し出した。男がそれを受け取ろうとすると、ひょいと手を引く。
「おい、何してるんだ、早く像を……」
言いながら男が檻に近付いてきたところを、ウィルが像を持った手で
「ハンニバル、騙されないでよ。こいつ、トラップ・キャラクターだ」
「トラップ?」
「
「そうか。助かった。しかし、像はどこから出してきた? 俺のアイテムになっているはずだが」
「ああ、これは教会から持ってきたマリア像だよ。大きさが同じくらいだったし、殴るのにちょうどいいかと思って」
ウィルの手から、既に像は消えていたが――たぶん、もうアイテム化されたのだろう――そういう物があったのを思い出した。いろいろ使えるものだねえ。
「で、どうやってここから出るんだ?」
「さあ?」
こいつが鍵を持ってる? 騙そうとしてたんだから、持ってるわけがないか。一応身体を調べてみたが――檻の隙間から手を伸ばせば届く――、車の鍵は持っていたけれども、檻の鍵は持っていなかった。さて、どうしようか。
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