#16:第3日 (14) [Game] 脱出ゲーム

「特に何もないわ」

 ローナはあくまでも素っ気ない。無表情さが、アヴァターにも反映されている。ファンタジー映画にこんな女騎士フィメイル・ナイトが出て来たら、一部の層には受けるだろうな。“赤髪の女騎士レッド・ヘアード・デイム”なんて二つ名が付いたりしてさ。

「そんなこと言わずに。いつもみたいに、何となく気付いたことでもいいのよ」

 オリヴィアが重ねて訊く。そうか、やっぱりいつもゲームを傍観してるのか。

「……使ったアイテムがずいぶん少ないわ」

「確かに、そうね、他には?」

 そういえばウィルとフィルが教会からかっぱらってきたもので、使ったのは十字架と聖書だけだな。他に使えそうなのはロザリオくらいか。

「……この後は、ずっと地下を行く気がする」

「鉱山跡まで、延々と行くのかもね。他には?」

 ローナが黙っている間に、どんどん時間が経つ。もうあと30秒ほど。

「……水に気を付けて」

「水? トンネルの中の?」

「Zチームの皆さん、間もなくタイムアウトが終了します。メンバーの交代はありますか? なければ10秒後にゲームが自動的に再開します」

「交代しないんだな?」

 ローナに訊く。いやにはっきりと頷いた。でも、そうやって意志が相手に伝わるようにするのはいいことだぜ。

「繰り返します。メンバーの交代はありますか? なければ5秒後にゲームが自動的に再開します。4、3、2、1、再開ですリスタート

 ローナの姿がかき消すようになくなって、青い光も消えて、石室の中の闇に戻った。VRだが、目が明順応してしまって、ヴァイザーの画面がよく見えなくなった。しばらく待たないと。ここではwaitウェイトしても意味がない。

 と、思っているうちに、目の前が揺れ始めた。ヴァイザーの不具合じゃないよな? おっと、トレッドミルも揺れてるじゃないか。こういうのだけ、体感があるんだ。

「入り口が!」

 オリヴィアの言葉で振り返る。まだよく見えないのだが、石扉の向こうで何かが起こっているようだ。フィルの姿が一瞬にして移動する。

「トンネルが崩れたんだ! 以前崩落したところを掘ったから、また崩落が……」

 俺もようやくそれが見えたんだけど、VRだから危機感が全くないんだよなあ。この部屋から出られなくても、単にゲーム終了オーヴァーになるだけだろうし。それに、他に出口がありそうなんだろ?

「よし、他の出口を探そう。最初から、そうなることになってたんだ」

 ウィルは切り替えが早い。というか、楽しそうだ。これからいわゆる脱出ゲームエスケイプ・ザ・ルームに変わるわけで、いろんな知恵とアイテムの使いどころ、と思っているのだろう。それに、経験も。俺にも、多少の経験がないでもない。

「水が入ってきてるわ!」

 入り口から、水が流れ込んできた。でも、VRだ。足は濡れたりしない。しかし、水が溜まって溺れたらゲーム終了オーヴァーかもな。

「大丈夫、水はあっちの穴から出ていくよ。それより出口だ。どこか、怪しいところはなかった? 僕はあの穴の近くがどうも気になってて」

 ウィルの姿が、石室の隅に移動する。しゃがんで、壁の下を覗き込んでいる。そこに穴があるらしい。水もそちらへ流れていくが、途中で石畳の隙間に入り込んでいるのもあるようだ。

「穴の奥に何かある。レヴァーだ。あれを動かせば、壁のどこかに出口が開くんじゃないか?」

「手は届かないのか」

 そちらへ移動しながら訊いてみる。もちろん、フィルとオリヴィアも来る。

「ぎりぎり届かない」

「ショヴェルでは?」

「穴が小さすぎて入らないんだよ。剣先ブレイド持ち手ハンドルも大きくって」

「じゃあ、鶴嘴ピックアックス

「長さは届きそうだけど、引っ掛けるところがないと。レヴァーは向こう側に倒れてるから、手前に引かないといけないみたいだ」

 鶴嘴ピックアックスシャフトには持ち手ハンドルが付いてないからな。しかし、何か紐状の物があれば、輪を作って、引っ掛けることができるんじゃないか。

「そうか、ロザリオだ!」

 俺が思い付くのと同時に、ウィルが叫ぶ。持っていたショヴェルをフィルの鶴嘴ピックアックスと取り替え、一瞬でロザリオをシャフトの先に結びつけると、シャフトを穴の中に突っ込む。

やったぜコンセギ!」

 鶴嘴ピックアックスを引くとゴリッと石がこすれる音がして、穴の脇に隙間が空いた。それを俺とフィルでこじ開ける。通路があるようだが、そこも上から水が滴り落ちている。「行こう!」とウィルが叫ぶ。いや、待てよ。

「どう行けばいいか判ってるのか?」

「とりあえず分かれ道まで行けばいいよ。この部屋、もうすぐ崩落するんじゃないの」

 なるほど、いつの間にか天井のあちこちから水が染み出してきている。入り口の向こうのトンネルが崩れたことで、水の流れが変わったか。ローナの予想が当たったな。

 ひとまず、ウィルの言うとおり、暗い通路の中へ。もちろん、パーティー・モード。フォワードで通路を進んだ瞬間、「後ろが崩れたわ!」とオリヴィア。つまり、さっきの部屋にはもう戻れないと。何か取りっぱぐれたものがあったら敗戦決定だな。

 さらにフォワードを繰り返して進むと、分かれ道には行き当たらず、広い空間に。そして目の前の窪みには水。地底湖のようなところに出た。

「水の中を進めないの?」とオリヴィア。

「"Cannot go forward because of water"って出るんだよ」

 しかし、引き返せないことは判っている。この先どうすればいいのか。泳ぐ? 試してみたが、"Cannot swim because of no light"(灯りがなくて泳げない)と出る。そりゃ、水の中では懐中電灯ライトはショートして点かないよな。さあ、どうする。

「水が少しずつ引いてるんじゃないか? 周りの濡れ方が、何か変だ」

 フィルが呟く。なるほど窪みの周りの壁は、縁の辺りに泥の“線”が付いている。そこまで水があったのが、減ってきているという訳か。しかし、どれくらい待てばいいのかなあ。

「ハンニバル、あんた、上で何かした?」

 突然、ウィルが訊いてくる。何のことか訊き返すと、「何かしたから水が引いてるんだよ。濡れ方からすると、天井まであったはず」。

「崩落したからじゃないのか」

「違うよ。水の出口が開いたんだ」

「じゃあ、像を動かしたな」

 博物館の中庭の像を回転させたと言うと「それだ!」とウィル。

「あんた、やるじゃん、ハンニバル。それをしてなかったら先へ進めずに終了だったよ」

 特に深い考えもなしにやったことを褒められても、嬉しかねえよ。とりあえず「wait one hour」。

「ずいぶん水が引いたぞ!」

「見て、あっちの壁の上に、穴が!」

 フィルとオリヴィアが口々に叫ぶ。オリヴィアがライトを向けた方を見ると、なるほどそこだけ綺麗な石造りの壁があって、その上に四角い穴が開いている。あれはもしかして、博物館の地下室に出られる? ここまでどれくらいの距離を進んできたのか判らないから、本当にそうか自信がないけど。

「とりあえず、穴を登ってみるか」

 しかし、前に踏み出そうとしても"Cannot go forward because of water"だ。もう少し水が引くのを待つ必要があるらしい。再度「wait one hour」でだいぶ水が減った。濁っているが、底も見えている。前に進むと穴の下に手頃な段があって、それに乗りクライム・ザ・ステップ、天井の穴をよじ登るクライム・アップ

 梯子はないが、手足を突っ張って登るイメージだろう。実際に登らなくていいので楽だ。しかし、何度か登ると、上に鉄格子が。南京錠も付いているが、それが何と鉄格子の上だ。格子の目は粗いのだが、上に目の細かい金網が被さっていて、指も入らない。

 そのことを、下の3人に話す。「上で錠を外しておかないといけなかったんだね」とウィル。怒ってはいないようだ。

「だって、あんたの話すとおりなら、上からその穴へは降りられなかったんだろう? それに、そこから出られたら簡単すぎるんだよ。ダミーだと思う」

 まるで出られない方が面白い、とでも言うかのよう。とりあえず、穴を降りるクライム・ダウン。下に着くと、さっきよりもっと水が引いていた。そして、別の横穴が見えている。水門のような明らかな人工物。像を回すとあれが開いたってことだ。「行こう!」とウィルが叫ぶ。どうしてそんなに嬉しそうなんだ、お前は。

 横穴に進むと、足元には水の流れ。しかし途中で岩の裂け目に流れ込んでいた。そこから先は上り坂。頭がつかえそうな坂を登ると――それはそう見えるだけで、実際は頭なんてぶつけないのだが――やけに広い場所に出た。

トロッコヴァゴネタだ!」

 フィルが空間の一角を照らしながら叫ぶ。彼は、周りの状況を把握するのがやけに早い。なるほど、辺りに何本か線路があり、そこにトロッコトラックが1台、いや2台停まっている。鉱山の坑道だから、こういうのはありだよなあ。そして、これに乗って脱出する?

「嫌だ! 乗りたくない!」

 案の定、ウィルが叫ぶ。やっぱりVRの中ですら、乗り物に乗りたくないのか。

「乗りましょう。大丈夫です、心配しないでください。こいつは俺が何とかします」

 後ろを見ると、フィルのアヴァターが、ウィルのアヴァターを背中から羽交い締めにしている。そういうの、なぜできるんだ? で、ウィルのアヴァターを気絶でもさせるのかね。その場合、本人はどうなるのやら。

「嫌だ! 乗りたくない! 乗りたくないー!」

 ウィルの叫びを無視して、フォワードトロッコトラックのところへ。なかなか大きい。長さは4ヤード、幅1ヤード半くらい。鉱石を運んでいたものなので、もちろん4人乗れるだけの大きさはある。乗るのはいいけど、勝手に進むのか。押さなきゃならないようでは大変だ。調べる。

 ブレーキがかかっているようだ。線路には緩やかな下り傾斜が付いているようだ。線路の先がよく見えないんだけど、分岐器ポイントを切り替えないといけないようなところ、あるんじゃないのか。それに、どうして2台あるんだよ。上位2チームだけ乗れるのか?

「後から他のチームが追いかけてくると思いますよ」

「後から来たら、キーが見つからないから、奪いに来るのか」

「第1ステージはリアル・タイムの上位3チームがシャヴィを入手できて、残り3チームは奪わないと勝てません。シャヴィを持ってても奪っても、ポルタンを出るのが3番目なら敗退です」

 奪う側は4番目以下なんで、逆転はかなり難しそうだな。しかし、とにかく急がないと。

「セボラはトロッコトラックに乗れそう?」

「大丈夫です。落としました」

 アヴァターがぐったりしている。それをフィルがトロッコトラックに放り込む!

「本人はどうなってるんだ」

「ヴァイザーがブラック・アウトします。音も聞こえません。操作不能です」

「後から起こせるのかな」

「顔に水をぶっかけりゃ、起きるんじゃないですか」

 ヘルメットを被ってなかったら、岩に頭をぶつけて、俺も操作不能になってたかもな。とにかく、トロッコトラックに乗る。

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