#16:第3日 (13) [Game] ゲームの常識

「これは聖書だね。ハンニバル」

 ウィルが聖書を渡してきた。なんでそんなにすぐに判るんだよ。それを壁の窪みに置くプット。こんな風に、聖書を鍵代わりに使うのは、ゲームの世界くらいだろうな。だって現実なら同じ大きさの木片でも何でもいいに違いないんだから。

 聖書は革の装丁に留め具まで付いた立派なもの。なるほど、確かに穴と形は合う。半分くらい入ったが、そこで"Something is stuck"。さらに押し込むプッシュ・イン。石のこすれ合う音がして、石壁と石扉の隙間が広がった。“錠”が外れたようだ。

 石扉を押す。開かない。引こうにも、手をかけるところがない。鶴嘴ピックアックスを隙間に入れて、石に引っ掛けて、こじ開ける。現実なら石が欠けて失敗するような気がするが、この場は開けばそれでいい。

 中に入って、ライトで照らす。床も壁も天井も石の部屋だ。ピラミッドの玄室がこんな感じかもしれない。しかし辺り一面、濡れている。地下水が流れ込んでいるのか。溜まってはいないので、どこかから排水できているのだろう。

 そして部屋の真ん中に石の塊。まさか、ここにも墓か。フォワードで近付く。違うな、墓石じゃない。しかも石じゃなくて金属だ。泥で汚れているだけ。聖遺物箱レリクエリー……いやあ、ゲームでしかもアドヴェンチャーなんだから、聖櫃アークだよな。もちろん、中に宝物であるキーが入っているはずだ。

 さあ、どうやって開ける。というか、素直に開けていいのか。この部屋、他に何か仕掛けがあるのでは?

「ハンニバル、その箱を調べて、開けて。僕らは周りの壁と床を調べる。この部屋、他に出口がある気がするんだ」

 うん、俺もそう思う。絶対に、来た道を引き返すんじゃないと思うね。この部屋に出口がなくても、さっきの地下通路の途中で分かれ道があって、そっちへ行って、違うところから出るんだ。おそらく、鉱山科学技術博物館か、鉱山跡か。この部屋を探せば、そのヒントがある。

 さて、聖櫃アーク。とりあえず、叩くノック。やはり金属の音。そして中に空洞があるのも間違いなし。あちこちを見て調べる。もちろん、蓋があるのだが、上げても開かない。横にずらすのでもない。鶴嘴ピックアックスでぶっ壊すのは、まず無理。

 さらに調べる。"There is a square hole"。なるほど、穴がある。ここに何かを入れると、蓋が開くのか。なんと単純な仕掛け。

 しかし、その四角いものの代わりにナイフやフォークを突っ込んでも開かないだろう。アイテムは何があったんだっけ。リストを共有しているので、チェックする。ふん、十字架だな。

「セボラ、十字架をよこせ」

 すぐに渡されたハンド・オフ。投げなくていいんだから便利なものだ。十字架は祭壇に飾るものだから、高さが20インチほど。穴には十字架の上でも横でも合いそうな気がするが、長さ的にたぶん下だろう。余計な台座が付いているので、外してしまう。

 さて、これを聖櫃アークの穴に挿入するインサート。入らない。あれ、コマンドが違う? じゃあ、何だ。置くプット付けるセット据えるレイ嵌めるアプライ設置するプレイス仕掛けるセット・アップ装備するエクイップ据え付けるインストール……

 ええい、VRゲームなのに、どうしてコマンドでやらなきゃいけないんだ? アクションでやらせろよ!

「何やってんの、ハンニバル。まだ開かないの?」

 ウィルが寄ってきた。多少いらついた声。

聖櫃アークを開ける鍵が十字架だと思うんだが、うまくいかない」

「はあ、いろんなコマンドを試してるの? じゃあ、それ、取り付けるアタッチだから」

 何だと? 試したこともないのに、なぜ判る!? しかしとりあえず「Attach the cross to the hole」。"The cross was attached to the hole"。おお!

「ほら、開いたよね。それ、常識なんだよ。僕のおじいさんの時代からの、ゲームの常識」

十字架を取り付けるのアタッチ・ザ・クロスが?」

 そんなの知るかよ。ゲームの世界の常識なんて、一般には使わないっての。とりあえず、聖櫃アークが開いた。中には……石彫りの像か。結構大きい。高さは10インチほど。十字架の半分くらいだ。これがサン・ジョルジェ像? 秘宝にしてはしょぼい感じ。顔すらはっきりしない。

「何も起こらないね。だからそれは最終形じゃないんだよ。よく調べてみて。僕は壁の辺りをもっと調べてみるから。抜け穴を一つ見つけたんだけどね。狭くて通り抜けられなさそうで」

 やっぱりそういう仕掛けがあるんだな。ウィルの姿が消えた。でも、なんで俺がやるんだろう。リーダーじゃないとできないことがあるのか?

 とにかく、石像を調べる。見たところ、間違いなく石の像。コマンド・モードで見ても"This is a stone statue"。だいたい、持ってるのにアイテム化しないというのが、普通のアイテムと違うところだよな。

 さらに調べるには。やっぱり叩くノックか。"The inside is filled"。中に空洞はなしと。振ってみる。"It's so heavy"。そりゃ、石なんだから重いだろうよ。いや待て、見かけより重いってことでは?

 何かと比べるか。手頃な石はないか。おお、聖櫃アークの横に、同じくらいの大きさの石が。拾って、重さを比べる。"The stone statue is more than twice as heavy"。2倍以上……解った、像の中に違う像が詰まってるんだ。例えば金の像とか! いや、金メッキかもしれないけれど、とにかくそういうものが。

 じゃあ、その覆っている部分を壊せばいい。さっきの石にぶつけてみる。"The statue is hard to break"。じゃあ、もっと硬いものにぶつけようか? 聖櫃アークにぶつけてみる。"The statue is hard to break"。石より硬く、金属より硬いものって何だよ。

 いや、待て。石にも硬さの段階があるんだった。モース硬度だ。ダイヤモンドが10で、滑石タルクが1。硬度6か7になると、ナイフでも傷が付けられない、とかだったと思う。鉱山学の入門書に載ってるかも。

 で、普通の石より硬いのは? 一部の宝石。石英クォーツ鋼玉コランダムや……おっと、トパーズもそうじゃないか?

 試してみよう。トパーズ標本は俺が持っている。しかし、硬いからといって、ぶつけてもダメ。硬度は耐衝撃性能とは違う。そしてその硬度を比べるには、引っ掻くスクラッチ

「Scratch the statue with the topaz」

 "The statue was hurt a little"

 おお! つまり、引っ掻き続ければ、傷が広がって、像の“外側”が割れるんじゃないか? 引っ掻くスクラッチ引っ掻くスクラッチ引っ掻くスクラッチ! ええい、連続100回引っ掻くってコマンドはないのかよ! 引っ掻くスクラッチ引っ掻くスクラッチ引っ掻くスクラッチ……

 "The shell of the statue was broken"

 おっと、像の“殻”が壊れて中身が出て来たぞ。金の像だ! しかし、"It's very dirty and not shining"。汚れを除いて、輝きを取り戻せば“鍵を入手ゲット・ザ・キー”なのでは?

「ハンニバル、どうなってる? あっ、像が金に!?」

 ウィルがまた寄ってきて、驚きの声を上げる。オリヴィアとフィルも寄ってきた。

「ウアゥ、金の像エスタトゥア・ヂ・オウロ?」

「おっ、もしかして、これがシャヴィ!?」

 そのようだが、汚れているので綺麗にしないといけないようだ、と説明する。しかし、さすがオウロ・プラット。黒い金オウロ・プラットの像が出てくるとは。

「汚れてるのなら、洗うんだよ、水で。ここには水が……でも、少ないな、しかも泥水ばっかりだ」

「俺が調べてたところから水が出て来たぞ。シャファリーズみたいに」

「じゃあ、それを汲めば……そうだ、ハンニバル、あんた水と壺を持ってるじゃないか」

 確かに。つまり、壺を買ってくればよかったのであって、あそこで水を汲んだのは余計だったか。しかし、改めて汲む手間が省けた。像に水をかけるスプリンクル・ウォーター・オン・ザ・スタチュー

 "The dirt has come off a little but the statue is not shining yet"

 さらに水をかける。しかし状態は変わらず。

「磨かないといけないんじゃないの?」

「手で磨くのか? 布があれば……」

「そうだ、ハンニバル、あんた帽子を持ってるじゃないか」

 ええっ、帽子で磨くのか。あれ、かっこよさそうだから買ったのに。しかし、他に布がないんじゃしょうがない。帽子を取り出して、水に浸す。

「そういえば鉱山に汚れたタオルが落ちてたけど、あれを持ってきて磨いても『タオルが汚れているのできれいにならない』ってことになってたのかもなあ」

 フィルが余計なことを呟くのを聞きながら、濡らした帽子で像を磨くポリッシュ・ザ・スタチュー・ウィズ・ウェト・ハット。さらに磨くポリッシュ磨くポリッシュ磨くポリッシュ

 "The statue has regained its brilliance"(像が輝きを取り戻した)

 突然、青い光に包まれる。何だ、どうした。そして目の前に"YOU GOT THE KEY!"の炎の文字。その横に、アナログ時計のような円形が現れて、秒針がゆっくりと回っていく。

やったよケ・ボンやったケ・ボン! シャヴィを入手したよ!」

すげぇオッチモ! 後はポルタンを見つけるだけだ。まだ1時間以上残ってるぞ!」

 ウィルとフィルが喜ぶ。でも、このゲームってここからが難しいんじゃないか? 仮想世界でも、ゲートを見つけるのが……ああ、でも、簡単なときと難しいときの差が極端なんだよなあ。

おめでとうございますコングラチュレイションズ、Zチームの皆さん。あなた方はキーを入手しました。これより、2分間のタイムアウトに入ります。相談、あるいはメンバー交代は、時間内に済ませて下さい」

 女神姿のカリナが現れて、笑顔で告げる。しかし、実際は部屋に入ってきてないだろうな。あれはアヴァターだ。「ローナ、来て!」とオリヴィアが呼ぶ。ローナはどうしてユーザーネームじゃないんだ?

 目の前に、四つのアヴァターが現れる。玉葱野郎、マッチョ、バニー・ガール、そして四つ目がローナだろうけど、うーん、何だその姿は。西洋甲冑を着けた女騎士フィメイル・ナイト? しかも長い赤髪で、右目に眼帯。どこのファンタジー作品から拾ってきたんだよ。それにその甲冑、隙間だらけで素肌がそこかしこに見えてて、防御としての用を為しそうにないんだけど。

 まあ、戦うことはないから甲冑はどうでもいい。よく見たら、剣すらいてないや。そもそもいつの間にそのアヴァターを選択した?

「ローナ、ここまで見ていて、何か気付いたことは?」

 オリヴィアがローナに訊く。喜ぶウィルやフィルと違って、ずいぶん冷静だな。男二人もタイムアウトが明けたら落ち着くんだろうけど。

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