ステージ#16:第3日

#16:[JAX] ファン・レター

  ジャクソンヴィル-2065年12月28日(月)


 7時起床。今日も来客はない。それはそうだ。マギーはカリフォルニアへ行っている。マギーを連れてくるのがベスの目的なのだから、ベス一人で来るはずがない。

 着替えてスタジアムのレストランへ。“ラムのあれギズモ”を今日も取る。コックが満足そうな顔をしている。次の新メニューは、新年が明けてからだそうだ。

 まさか1月1日だろうか。しかし、3日にインディアナポリスでゲームなので、2日は移動日。スタジアムのレストランは休みのはず。だが、どうせ作ったらコックはまた俺に食べさせようとするだろうから、待っておけばい。

 テーブルに着いたら、誰かが俺の前に座った。女。えーっと、ベス。どうして君がここに。

「あら、私一人で来たんじゃないわよ。他の3人も一緒に」

 ベスが指差す方を見ると、確かにノーラやリリーがいる。ヴィヴィはどこへ行った。あそこで食べ物を取りまくっているのが彼女か。ビュッフェに見えるけど、ただじゃないんだろ。解ってるんだろうか。

「俺と一緒に食事するつもり?」

「いいえ、あなたのところには後でコーチが来るらしいから、別のテーブルへ行くわ。とりあえず挨拶だけ」

 またジョーが来るのかよ。というか、どうして彼女がそれを知ってるんだ。

「マギーから連絡は?」

「あったわよ。昨日はロス・アンジェルスで順調に聞き込みできた。今日はサン・フランシスコへ行くって」

は食いついたのかな」

「さあ、それは判らないわ。マギーだって気付くわけがないもの」

 そうだろうな。彼女が戻ってくるまで待つしかないか。

「それ、なぁに?」

 ベスが俺の前の“ラムのあれギズモ”を目ざとく見つけて指差す。コック自慢の新メニューだと教えてやると「私も食べてみるわ」と言って席を立った。君が筋肉を付ける必要は……あるかもな。

 ノーラやリリーが「おはようモーニン、アーティー!」と声をかけてくるのに、挨拶を返す。食べ終わりそうな頃になって、ジョーがやって来た。

「よう、毎朝この時間に食べることにしたのか」

「お前と話をするには、この時間がいいかもしれんな」

「今日は何の話だ。昨日のフェイク・パントのこと? あれはうまく行ったよな」

 ただし、俺がやったんじゃない。J・Cだ。第4クォーター残り2分を切ってから、自陣での4thフォーススリーのパント・フォーメーションで、J・CがUBアップバックの位置に入ってLSロング・スナッパーからダイレクト・スナップを受けて走り、1stファーストダウンを獲得。

 その後、攻撃が続き、TDタッチダウンを取って逆転勝ちした。そのドライヴでQBクォーターバックに入ったのは俺。後半はワン・ポイントどころか、1ドライブずつダニーと交互にやることになった。俺が3ドライヴ率いてFGフィールドゴールFGフィールドゴールTDタッチダウン。ダニーが2ドライヴで2回ともパント。前半の6点と合わせて19点しか取れなかったのに、よく勝てたものだ。

「フェイク・パントは単にラッキーだ。あんなものは問題にしない」

「それを言うと一所懸命練習したJ・Cが可哀想だ。俺もスナップがオーヴァー・スローしたかのような演技を何度も……」

「アントニオが褒めてたんなら、それでいいだろう。ところで、次のコルツ戦のことだが」

「あれとは違うフェイク・パントの練習をするよう、J・Cには言っておくよ」

「それはアントニオの指示に従ってくれ。こっちはQBクォーターバックの件だ。お前の先発スターターを予定している」

「序列が変わったの? それとも、またチェンジ・オヴ・ペース?」

「序列だ。ダニーは考えすぎて、やることなすこと全てうまくいかなくなっている。あと2戦はお前が先発スターターで、ダニーは控えとする」

 今週末はインディアナポリスでコルツ、再来週のレギュラー・シーズン最終週は、ホームでタイタンズと対戦予定だ。ジャガーズは今のところ8勝6敗で、プレイオフにはワイルド・カードでのチャンスしかない。地区ディヴィジョンではテキサンズが既に11勝してるから。

 しかも今年のAFCはどこも成績がよく、2連勝して10勝6敗でもワイルド・カードに入れるかどうかは、他チームの成績次第だ。

「それはいつチーム内で発表する?」

「何を言っている? もうプレスに発表済みだ。ゲーム後のHCヘッドコーチ・声明ステイトメントくらいチェックしろ」

 いや、どうしてゲーム後ミーティングで直接言わないんだよ。そりゃ、昨日の夕方にゲームが終わって、もう14時間以上経ってるけどさ。その間、一切情報を仕入れてない俺も、悪いと言えば悪いんだろうけど。

「昨日のダニーのパフォーマンスは悪くなかったと思うけど」

「個々のプレイは良くても、点が取れなかったら意味がない」

「俺と奴のドライヴが入れ替わっていても、同じ結果だったかも」

「どうしてそう思う?」

「だってプレイ・コールを入れてるのはコーチだからさ」

「RPOの選択や、パスの軌道は、ダニーよりお前の方が適切だった。これは攻撃オフェンシヴコーチ全員の一致した見解だ」

 そうかもね。ダニーはパスを選択する確率が高くて、しかも低い軌道で投げるから守備ディーによくはたかれていた。タイミングも読まれてるみたいだし。

 ただ、相手の守備ディーの動きも、俺とダニーじゃあ変わるんだよ。俺のときは、疑心暗鬼というか、不審なものを感じながら守ってた感じだった。何をやってくるのか判らないから、勝負に行かずに、とりあえず保守的コンサヴァティヴにしておこう、みたいな。

 対してダニーのときは、守備ディーの仕掛けに必ず釣られるだろうから、そこを狙ってやれ、というミスリード的かつ攻撃的な作戦を採っていたように思う。ある意味、動きや選択オプションを読まれてるんだ。

 そういう守備ディー戦略に対しても、パスをレシーヴァーしか取れないようなぎりぎりのところへ投げるとかすれば、攻略できると思うけど、ダニーにはまだ無理なのかねえ。所詮はまだカレッジ・レヴェルか。

「ダニーへの接し方を変える必要があるかなあ?」

「あるわけないだろう。あいつだって、控えを経験したことがないわけじゃない。そもそもレギュラー・シーズンの開始時点ではウェイン・ベヴェールの控えだったんだ」

「そうだったな」

 そこから数えると、俺は序列6番目だ。当時アリーナ・リーグにいた俺のことなんて、ほんの一部の関係者が知っていただけに違いない。ジョーが俺のことを思い出さなかったら、ここにいなかったわけだ。おかげで数年分の生活費が稼げてるよ。

「でも、オーヴァータイム・トレイニングに誘っても、来ないんだぜ、あいつ」

「必要だと思えばしつこく声をかけろ。しかしダニーだけじゃない、他にも来ないのがいるだろう」

「いやあ、ツー・プラトーン来てるから、困ってはいないんだけどね」

 俺が夜食をおごるのが知れ渡ったり、ベスたちがトレイニングに来たりするおかげで、攻撃と守備が一揃いいるんだよな、今は。全員が先発スターターじゃないけど。

「それから、チア・リーダーはなるべく遠ざけろ。トラブルの元だ」

「努力はするよ」

 そうか、ベスが俺の近くに座らなかったのは、ジョーがうるさいからか。まあ、そこは適当にごまかせるだろう。ジョーがオーヴァータイム・トレイニングを見に来るわけがないんだから。


 朝食を終えてからしばらく時間を潰し、9時になったらケイトのところへ行く。オフィスに入るとケイトが「来てるわよ、レター」と笑顔で言った。さて、何の苦情の手紙レターだろうか。

「以前に誕生日訪問バースデイ・ヴィジットした女の子を、昨夜スタジアムへ招待したんですって?」

「ああ、ジェシーから」

 安心した。チーム関係者に確保されている席はエンド・ゾーン・エリアの4階席という、一般ファン向けではないがマニアには好評なエリアだ。

 ゲームの前半、パントを蹴るとき、そこにティール・グリーンのキャップ、レプリカ・ジャージー、スウェット・パンツという少女がいたのは見えた。姿が小さかったが、とにかく見えた。ジャージーはだぶだぶだった。

 見つけて以降、サイド・ラインにいるときでも常に彼女からの視線を感じるのは、どういうことかさっぱり判らなかった。最後の逆転TDタッチダウンの後に手を振ってやったら、感激して泣いていたように思う。

 で、招待客は試合後に特別速達エクスプレス・レターを使ってメッセージを出すことができるのだが、それがもう届いたということだ。

 渡してくれたレターを開封して読む。何というか、普通のファン・レターではない。俺がプレイした全スナップ――前半のパントとFGフィールドゴールホルダーも含む――に対する感想が細々と書き連ねてある。夕方5時に試合が終わってから、夜までに本当に書けたのかと思うくらいだ。これじゃあまるでスカウティング・スタッフだよ。

 最後の方、「週末のコルツ戦は、両親にお願いしてインディアナポリスへ連れて行ってもらうことにしました」とある。コルツは今シーズン、成績が悪くてワイルド・カードにも入れないことが確定しているので、チケットが余ったのかもしれない。しかしわざわざインティアナポリスまで行くかね。700マイルはあるぜ。

「あなたのゲームをあと二つしか見られないのは残念です。プレイオフでも見たいのでぜひ頑張って下さい」

 出られるとしたら2連勝が絶対条件で、もちろん俺だけじゃなくて他のメンバーも頑張るんだけどねえ。

「ずいぶん長いレターなのね」

 俺がレターを読み終わったタイミングで、ケイトが声をかけてくる。デスクの横に黙って長々と立たれていると邪魔だったのかな。

「熱心なファンが一人でもいるというのはありがたい」

「あら、他にもファン・レターがたくさん届いているはずでしょう?」

「そうでもないね。半分くらいは『ダニー・コリンズの出番が減るからパントだけ蹴っていろ。そっちの実力は認める』って内容だ」

「変ねえ。私の知り合い何人かにあなたのことを訊いたら、出ると勝つからもっと出した方がいいって、みんな言うのに」

「その人たちはダニーのカレッジ時代の活躍を知ってる? 知らないんじゃないのかな」

「ええ、知らないと思うわ」

 じゃあ、しょうがない。ダニーは高校ハイスクール時代から既に人気があって、ペン州立ステイト大に入って控えになったら先発スターティング・QBクォーターバックには嫌がらせのレターが毎日大量に届いたらしいから、俺も同じ目に遭ってるんだ。

 俺に届くレターで、いいことを書いてくれてるのはフロリダ大でのことを憶えてくれているファンだけだ。

「とにかく、レターを渡してくれてありがとう。マギーは今日も休みで、カリフォルニアへ行ってるんだって? 君は何か土産スーヴェニールを頼んだかい」

「ええ、でも、買う暇がないかもしれないって言っていたから、期待しないわ」

 まあ、そうだろうな。土産スーヴェニールのことは俺も彼女に言ったけど、“買う暇”じゃなくて、心の余裕がないはずだから。

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