#16:第2日 (18) カリナの陰謀

 今日は長かった。いつもの1日プラス半日くらい活動した感じ。何しろゲーム世界の中でゲームをしたから。しかしまだ終わらない。ホテルに戻って、ビッティーを話をする必要がある。その後、メグからの電話を受けて、ようやく今日が終わる。

「そういえば、終わった後でエンリケ氏は出て来なかったな」

 運転しているカリナに話しかける。

「他のチームの講評をしていました」

「別のプレイ・ルームにいた?」

「いいえ、エスタヂオ・ド・マラカナンに」

「そんなところでもゲームをするのか」

「エクシヴィション・プレイがありましたので」

「観客に見られながらプレイするのかい」

「ええ、リオの有名なゲーム・プレイヤーが参加していたので」

「ほう、すると俺が次のステージに行くには、そのチームに勝たないといけないわけか」

「そうでもありませんわ。2位でも次に進めます」

 そうだった。

「他に有力なチームは?」

「どこも実力が拮抗していますわ。最後は運で決まると思います」

「君は俺のチームを応援してくれるのかね」

「当然です。でも、あなたが有利になるような情報は差し上げられませんわ」

「でも君はゲームの内容を知らないんじゃないの。内容というか、攻略法ウォークスルーというか」

「もし知っていると申し上げたら、あなたはそれをお聞きになりたいと思われます?」

「ゲームが面白くなくなるから、聞きたくない、と答えるね」

「そうおっしゃると思っていました。だから困っているんですわ」

「何を」

「あなたの弱みを見つけられなくて」

 何のことだ、弱みって。

「俺と何か取り引きしたいことがある?」

「ええ、ですからさっき、その権利をいただきました」

 ウィルたちのホテルのことか。しかし、いったい何を取り引きしようというのか。応援すると言ってたんだから、わざと負けてくれという八百長フィクシングのことでもないだろうし。横顔を見ているだけでは、判らないなあ。

「明日は夜8時に行けばいいかい」

「いいえ、メンバーと事前打ち合わせが必要と存じますわ。少なくとも7時にはいらしてくださる方が。あなたのお仕事の終わる時間と場所を教えてください。そこへ迎えに参りますから」

「詳しい予定はまだ判ってないんだ。秘書代わりのコンシエルジュが、ちょっと頼りにならなくてね」

「では、私の方からアカデミーに確認しておきます」

「手数をかける」

「いいえ、それくらい大したことじゃありません」

「ところで俺たちのプレイ中、ローナは控え室でどうしていた?」

「私と一緒にポンを食べていました。彼女、とてもたくさん食べるんですわ。ですから、追加で注文しないといけなくなって」

 そんなことは訊いてないんだが。

「俺も夕方に同じのを食べたが、カップ一つでも十分腹が満たされるように思うぜ」

「ええ、ですから私が三つで彼女が一つのつもりだったんですが、彼女がもっとと言うので二つ追加して」

 君が大食いなのはその胸から何となく理解できるんだが、ローナはぺったんこだぜ。食べたものがどこに入ったんだよ。

「彼女の分を立て替えてくれたんだな。後で俺が払うよ」

「ありがとうございます」

「彼女、ゲームは見ていたかい」

「ええ、とても熱心に」

 ほう、本人に訊いたときはほとんど見てなかったと言ったのに。本当は一緒にゲームがやりたかったんだろうなあ、俺が邪魔なだけで。

「彼女にもプレイさせてやりたいんだが、どのタイミングで入れればいいと思う?」

「それは明日、彼らと相談なさってください。彼らには彼らの考えがあると思いますわ」

「そうしよう」

 話しながらでも、カリナの運転のテクニックは素晴らしい。もうホテルに着いた。11時45分。車を降りる前に、カリナに礼を述べる。

「送ってくれてありがとう。遅い時間に済まない。君はこれからどこまで帰るんだ」

「ニテロイです。対岸ですわ」

「じゃあ、また北へ戻って橋を渡るんだ。遠回りさせてしまったな」

「疲れているので、あなたのお部屋で少しだけ休憩させていただけます?」

 それがさっき言ってた権利? 本当に休憩だけで済むのか? 何か、嫌な予感がするんだけど。

「酒は振る舞えないよ。君はまだ運転するからな」

「ええ、残念ですわ」

 一緒に車を降りて、ホテルに入り、エレヴェイターで上がる。カゴの中で、カリナは俺の顔を見上げながら、うっとりした表情で微笑んでいる。何なんだ、その表情は。俺は何もしてないぞ。催眠術にかけようとも思ってないんだ。

 エレヴェイターを降り、部屋に招き入れ、ソファーを勧める。酒は飲ませないが、代わりにソフト・ドリンクくらいは出さねばならない。部屋の隅のミニ・バーへ行って、冷蔵庫を開ける。

「シャワーをお借りします」

 おい、こら! 追いかけたが、カリナはバス・ルームに入ってしまった。錠は掛けていないようだが、開けるともっとひどい事態になるのが明白なので、開けられない。嵌められた!

 シャワーの音が聞こえてきた。すごすごと、リヴィング・スペースに戻る。さあ、どうしようか。

 考えたが、やれることは一つしかない。とりあえず、屋上でビッティーと通信してこよう。


「ヘイ、ビッティー」

 今夜の屋上は少し風がある。海辺なので湿っぽいのは当然だが、それ以上の感じがする。リオはこの時期、雨が降ることが多いらしいので、あるいは明日は雨なのかもしれない。

「ステージを中断します。裁定者アービターがアーティー・ナイトに応答中です」

 アヴァター・メグはスーツを着替えていた。インナーも昨夜と違う。メグらしからぬ、胸元が開いたUネック。スカートもメグらしからぬ短さに見える。まるでカリナに対抗したかのよう。偶然に違いないけど。

「グッド・イヴニング、ビッティー。君は今、俺の部屋で起こっている状況を把握しているか」

「ステージの進行は把握しています」

 認識が微妙にずれている気がする。まあいい。

「オウロ・プレットという町について教えてくれ」

「ミナス・ジェライス州の都市で、かつての首都でした。名前は“黒い金”という意味です」

 1711年、ゴールド・ラッシュにより作られた複数の集落を統合する形で成立。当時の名称はヴィラ・リッカ。20年、サン・ヴィセンテ州から分離されたミナス・ジェライス州の州都になる。89年、ミナスの陰謀が発生。1823年、オウロ・プレットに改称。97年、州都をベロ・オリゾンテに譲る。1980年、街並みがブラジル初のユネスコ世界遺産に登録される。

「ミナスの陰謀とは?」

「1788年から計画され、89年に発覚した、ブラジル植民地の知識人グループの独立運動です」

 医師、詩人、商人、僧、軍人ら11人が関与。首謀者はチラデンテスこと歯科医ジョアキン・ジョゼ・ダ・シルヴァ・シャヴィエル。失敗に終わったものの、同志の罪を全て引き受けて処刑されたチラデンテスの英雄的行為が、後の独立運動につながったと評価されている。

「その中心地がオウロ・プレット」

「はい」

「何かキーになるようなアイテムや事象はあるかい」

「質問の内容が曖昧です。限定要素を増やしてください」

「運動が起こるきっかけになった大きな事件は」

「名前の付いた事件はありませんが、ミナス・ジェライス州長官ルイス・ダ・クーニャ・メネゼスと次代のルイス・フルタード・アントニオ・デ・メンドンサが住民に課した重税に遠因があるとされています」

「発覚する原因になったのは」

「計画に加わっていた鉱山主ジョアキン・シルヴェリオ・ドス・レイスの密告です」

 やっぱり密告だよ。ユダだ。いやになるね。

「なぜチラデンテスだけが処刑された?」

「当初は11人に絞首刑の判決が下されましたが、当時のポルトガル女王マリア1世が手紙で減刑を指示したからとされています。10人は流刑になりました」

 それでも一人は見せしめとして処刑されたということか。ゲームの背景としては、殺伐としてるなあ。

陰謀博物館ムセウ・ダ・インコンフィデンシアではどんなものが見られる?」

「ミナスの陰謀や、独立運動に関する歴史資料以外に、通常の美術品が見られます」

「絵画とか彫刻とか」

「そのとおりです」

「特に有名なものは」

「美術品のみについてでしょうか、それとも全体でしょうか」

「全体で」

「陰謀者の墓石を展示したパンテオンが特に有名です」

「ゲームの中の博物館でも同じものが見られるかな?」

「ご自分でお確かめください」

 まあね、それは言われると思った。さて、他に訊くことはあったかな。

「アレイジャディーニョについて」

「本名はアントニオ・フランシスコ・リスボア。ブラジルが植民地時代だった頃の、彫刻家で建築家。後期バロック様式を受け継いだ彫刻や建築作品が有名。1730年または38年、オウロ・プレット生まれ。1814年没。77年、ハンセン病または強皮症のいずれかとされる衰弱性疾患により身体障害者となる。父である建築家マヌエル・フランシスコ・ダ・コスタ・リスボアが設計した教会の建設を手伝うことで建築と彫刻の基礎を学ぶ。後に、オウロ・プレットのサン・フランシスコ・ヂ・アシス教会を設計し、建設を指揮。オウロ・プレットの他、サバラ、サン・フアン、コンゴーニャスなどの町に多くの作品を残す。コンゴーニャスの“ボン・ジェズス・ド・コンゴーニャスの聖所”の前庭にある『十二人の預言者の像』は、聖所と共に世界遺産になっている。以上です」

 オウロ・プレットってのは小さな田舎町に見えたのに、歴史の大事件の舞台であり最高の芸術家を産んだりと、超重要都市じゃないか。仮想世界のステージになってもよかったんじゃないか。

「ありがとう、ビッティー。最後に一つ、カリナの陰謀ってのを知ってるかい」

「データベースにはありません」

「当然だ。これから起こるかもしれないんだ。仮想世界にとっては小さな事件だが、俺にとっては愛しい我が妻メグとの愛情にひびが入るような大事件に発展する可能性もある。しかし、発生しないよう努力するよ。今夜はこれで終わりだ」

「ステージを再開します。おやすみなさい、アーティー」

「おやすみ、ビッティー」

 一般に、歴史は夜作られる、という。事件というのは夜に起こりやすいものだ。しかし、起こさせないぞ。まずはメグからの電話を受けて、変わったことは何もないと言うこと。そしてその後、カリナとの間に何も起こらないようにすること。以上!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る