#14:第7日 (4) 身体の相性

 飛行時間が短いので、遅れを縮めようもなく、5分遅れのままマジャンタ飛行場に到着。ここから国際空港までの移動手段を考えていなかったが、メグがいるし、何とかなるだろう。と思っていたら、建物を出たところにマルーシャがいた!

 どうして退出してないんだ。それとも、まだターゲットを獲得していない? まさか、メグがまだ何か関係してるんじゃないだろうな。あるいはロレーヌとか。それとも俺……はないよなあ。

「まあ、マドモワゼル! どうしてここに?」

 当然のようにメグが驚き、彼女の元へ駆け寄る。ロレーヌも。彼女が現れると、俺はほったらかされてしまう。

「また一緒にご夕食をどうかと思いまして、この近くのレサンシエルを予約しました」

 メグとロレーヌにビズした後で、マルーシャが言う。あなたにもビズしてあげていいのよ、という顔で俺を見ている。

「あら、何て素敵なご提案を!」

 もちろん女二人は大喜び。タクシーまで待たせてくれていたので、それに乗ってレストランへ行く。俺は助手席、女3人は後ろ。マルーシャを真ん中に挟んで、おしゃべりを始める。主にマルーシャがヌーメアへ戻ってからのこと。どこに行ったとか、誰を訪問したとか。そんなに興味深いはずがない。だって、ターゲットを手に入れるために泥棒行為をしたはずなんだぜ?

 しかし長く話す間もなく、3分でレストランに到着。高級住宅地の中のお屋敷のようなフレンチ・レストランだった。正方形のテーブルを4人で囲む。俺の右にメグ、左にマルーシャ、向かいにロレーヌとした。

 マルーシャは女二人と話をするので、この配置だと顔の動きが少なくて済むだろう。俺はメグの顔さえ見ればいい。もっとも、メグの方が俺を見てくれないんだが。

 ここもまた前菜アントレ主菜プラデザートデセールをそれぞれ選ぶ。女たちは料理が来るまでも、料理が来てからも、ひたすら会話を楽しむ。もちろん話し手のほとんどはマルーシャ。

「今日はウヴェア島でどう過ごされましたか?」

 アントレが来た頃に、マルーシャがメグに訊く。メグがウィルのことを報告する。ご丁寧に、隠れて見ていたことまで。

「ウィルの熱意が勝ったのですね。とても素晴らしい結末だと思いますわ!」

 マルーシャが嬉しそうな笑顔を見せる。君でもキー・パーソンの行く末が気になるのか。でも君のことだから、ウィルの恋人を事前に説得したんじゃないのかね。うまくいくようにさ。それがターゲットと関係なくても、やるんだろ。

 それからメグは、ロレーヌの“思い出の地”のことも話す。マルーシャはそれにも感動した様子で、「ニュー・カレドニアはいろいろな思い出が作られるところなのですね。私も、今回の皆さんとの出会いを、素晴らしい思い出として永遠に記憶にとどめたいです」などと言う。大袈裟だからやめて欲しい。メグが感激しすぎる。

「あら、リタ、左手のその指輪は?」

 マルーシャが、メグの指輪に気付いてしまった。見えにくいよう、向かいに座らせたのに。メグが嬉しそうな表情になり、俺をちらりと見る。いや、言えばいいって。どうせマルーシャは昨夜から知ってる。今、気付いたふりをしてるだけなんだから。

「実は……」

 オーストラリアから派遣されてきた経緯に始まり、今日プロポーズされたことまでメグが話す。マルーシャは「それはよかったこと!」を連発しながら喜んでいる。その間にも主菜プラを食べる手は止まっていない。

「お二人は近いうちに結ばれると信じていましたが、まさかプロポーズがまだとは思っていませんでした。私も立会人になりたかったですわ。それは素晴らしい思い出になったことでしょう」

 それからマルーシャは、ロレーヌの方に話を持っていく。恋人はいるのかとか、結婚を考えているのとか。そういう話は、ウヴェアではしなかったらしい。ロレーヌはまた「ボーイ・フレンドコパンはたくさんいますけど……」と言う。

「もちろん、今はそれでいいと思いますわ。しばらく時間をかけて、心も身体も相性のよい恋人を見出すべきです」

「マドモワゼル、あなたは婚約者がいらっしゃるのですか? あるいは婚約を予定している恋人は……」

 ロレーヌが真剣な表情で聞く。なかなか興味深い質問だな。彼女の場合、容姿と才能から考えて、相手を選び放題のはずだ。ただ、本当のことを答えるとは限らないと思うぞ。オペラ歌手は仮の姿に決まってるんだから。

「婚約はしていませんが、互いに将来を誓い合った男性がいます。同郷のウクライナ人です。彼の仕事の都合で、長く会っていません。次に会えたら、その時こそプロポーズをしてもらえると信じて待っているのです」

 ロマンティックな話だが、仕事の都合ねえ。俺は彼女がスパイじゃないかと思ってるから、男も同じくスパイで、他国に潜入して諜報活動をやってるのかと想像するね。

「そうでしたか。その方とは、心だけでなく身体の相性もいいのですか?」

 ロレーヌ、どうしてそんなに身体の相性にこだわるんだ。それともフランスの女ってのは付き合う時にそれを重要視するのか?

「ええ、もちろん、そう信じています。ただ、経験が少ないので……」

 え、そうなのか? いや、ここでマルーシャを二度見してはまずい。彼女の身体に興味を持っていると、メグから誤解されてしまう。

 うん、だから、彼女が本当のことを言ってるとは限らないんだって。その場に合わせて適切なことを言って、全てをコントロールしてるに違いないんだから。

「その方もオペラか、あるいは他の芸術の才人タレントなのでしょうか?」

 メグもマルーシャの恋人に興味を持っているらしい。フォークが止まってしまっている。

「いいえ、リタ、あなたの婚約者フィアンセと同じく、研究者です。ミスター・ナイトのような世界的名声はありませんが、祖国のために重要な働きをしているのですわ」

「まあ、そうでしたか」

「公演の挨拶でいろんな方と接しますが、研究者とお話をするときが最も楽しいと感じますわ。もちろん、ミスター・ナイトの研究も大変興味深く伺いました」

 そうかなあ、俺は君と料理の話しかしたことがないようか気がするんだが。しかしメグはマルーシャの言葉を、俺への賛辞と受け取ったらしく、嬉しそう、かつ得意気な表情になった。他人の話を信じやすいな、君は。それ自体は悪くないんだけど。

 ところで俺はマルーシャに、今回のターゲットは何だったか、獲れたのか、ユディト以外にどんな競争者コンテスタントがいたのか、などを訊いてみたいのだが、食事中にそのタイミングはなさそうだ。

 デザートの時にはマルーシャの今後の公演予定の話になった。ヨーロッパの国名をいくつか挙げていたが、次のステージを予想してるのかもしれない。メグは「一度でいいから行きたいです」と言っているが、アヴァター同伴のステージを期待するしかないだろう。


 食事が終わるとタクシーを呼んで、ホテルの方へ行くことにした。正確には、夜のビーチを少し歩くため。満月を見たい! アンス・ヴァタだとロレーヌに嫌な思い出があるので、ル・メリディアンのあるウアン・トロにしておく。

 マルーシャとはここでお別れかと思ったのだが、なぜかロレーヌが「ご一緒に!」と誘う。まだ話したいことがあるらしい。結局、俺が助手席で女3人が後席。

「ところで、ホテルに置いてきた荷物は?」

 走り出す前、つまり3人がおしゃべりを始める前に、メグに訊く。他のタイミングでは割り込めそうにない。

「チェック・アウト時刻になっても私たちが戻らなかったらフロントレセプションで預かって、連絡すればロジスティクス・センターへ送るように手配しています」

 さすがメグ。優秀だ。いや、ちょっと待てよ。

「それは俺の荷物か。君の分は?」

「私の自宅へ送るように手配していますが……」

「それではいけない。一緒にロジスティクス・センターへ送るんだ」

「あっ……」

 もちろん、メグは意味を理解した。婚約はしたが、結婚はもう少し先と思っていたようだ。もちろんそうではなく、すぐに連れて行く。誰が何と言おうとも、このステージから連れ出す。ビッティーは何と言うだろうか。

「うっかりしていました! すぐに手配します」

 タクシーの中からメグがホテルに電話をかける。「私の荷物を、ミスター・アーティー・ナイトの名義でロジスティクス・センターへ送ってください」と言う表情の、何と嬉しそうなことか。横で見ているマルーシャまで嬉しそうな顔をしている。近いので、メグがくどくどと説明しているうちに、ホテルに着いてしまった。

「万が一にも間違いがないようにしたいので、直接手配してきます!」

 メグがホテルへ駆け込む。後を追ってロビーに入り、ソファーに座って待つ。ホテルのスタッフたちがじろじろとこちらを見ている。もちろん、俺ではなくてマルーシャとロレーヌを見ているのだろう。見ずにはいられないほどの美しさだからな。

 拉致現場の近くに戻ってきたせいか、ロレーヌが少し落ち着かない様子を見せる。マルーシャと話すにはこのタイミングしかなさそうだ。

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