#14:第7日 (5) 今回のターゲット

「人に会う約束があると言っていたが、会えたのか」

 ターゲットのことを訊くのに、こういう言い方をしてみる。マルーシャは俺の隣に座って――傍目からはパートナーかと思われるくらい近くに――澄ました顔で答える。

「ええ、会えました。その方の伝手で、内輪のオークションに参加したんです」

 伝手、ということは、おそらくキー・パーソンと関係がないと参加できないようなものだろう。美少年を連れて離島巡りをしてたのに、よくそんな関係を作る時間があったな。一体どんなつながりで。

「オークションか。美術品の?」

「いいえ、もっと身近な趣味のものですわ。これを落札できました」

 バッグから、指輪ケースを大きく平たくしたような箱を取り出してきた。スポーツ競技会でもらうメダルを入れるようなもの。開けると、透明な袋に包まれたコインが入っていた。10CFAフランだ。プルーフ・コインのようにピカピカで、しかしなぜか厚みが普通のコインの倍ほどもある。

記念コメモラティヴコイン?」

「近いですが、ピエフォートというのです。本来はコインを鋳造するときの試作品なのですが、おっしゃるとおり、後に記念コメモラティヴコインとして発行されることがあるんです」

「そういえば君はコインの収集が趣味だったかな」

 そういうことにしておく。メキシコでも持って行かれたし。でも君の本当の趣味は、食べることだよな。

「ええ、最近その存在を知って、興味を持っていました。ただ、滅多にないものだそうで、あまり期待していなかったのですけれど、ウィルと一緒にいろいろなところを回っているうちに、たまたまオークションのことを耳にして」

 いや、たまたまじゃないのは判ってるから。

「それにしても綺麗なものだな」

「そうでしょう。ピカピカのニッケル硬貨なので、ニッケル・ニッケルと呼ばれているんです」

 そうか、メグが言っていた「セ・ニッケル」。つまり、ここでのターゲットのヒントは“ニッケル・ニッケル”だったということか。しかし、それだけでは誰が持っているのかも判らない。内輪のオークションの主宰者のヒントになる何かが必要だ……しかし、そこまで訊くのも。

「傷を付けると大変だから、返しておくよ」

 と言いつつ、ロレーヌに見せようとしたが、興味がないのか首を横に振った。やはり居心地が悪そうにしている。マルーシャがロレーヌの方に身体を寄せる。途端にロレーヌが、安堵の表情を見せた。君は俺よりキー・パーソンに好かれやすいんだなあ。

 ようやくメグが戻って来た。ちょっと緊張した顔をしている。

「退職届を提出するなら今日中にと言われたので、サインしてきました」

「それで時間がかかったのか」

 しかし、これで心置きなく連れて行ける。

「はい。ですが、私はあなたと同じ飛行機に乗れるのでしょうか?」

「心配するな。空港に行けばちゃんと手配してくれるよ」

 あのクレジット・カードがあれば何とかなる、ということにしておく。もちろん、飛行機には乗らないので、チケットの心配なんて要らない。

 さて、ようやくビーチに出る。俺はメグと、マルーシャはロレーヌと、二人ずつになって。

「月が綺麗ですね!」

 さっき見せてもらったピエフォートのように銀色に輝く月が、東の中空に昇っている。あれが頭上に来るとき、このステージが終わる。あと3時間半ほど。

 マルーシャもロレーヌも、無言で月を眺めている。さりげなく、その二人からじりじりと離れていく。メグも気付いて、移動しながらぴったりと身体を寄せてくる。きっとマルーシャは気付いているだろう。俺たちが二人きりになるのに協力してくれると信じる。

「毎年、記念日にはこうして月を眺められれば……」

「それは毎年一度はヴァケイションの旅行をしたいということ?」

「ええ、そうなればとても嬉しいです!」

 結婚何周年かの旅行をしている夫婦を見ているうちに、そう思うようになったのだろう。ただ、真面目に考えると、1年のうちのある記念日に対する月齢は毎年変わるので、満月を見られるとは限らない。その日に新月のこともあるだろう。もっとも、ヴァケイションを4週間取れば、一度は満月を見られることになるけれど。

「2月にすると、北半球では寒くて外で月を見られないかもしれないな」

「あら、簡単なことですわ。年に2回、記念日を作ればいいんです。半年ごとに」

 婚約記念日と結婚記念日? そんなに何度も記念日を祝いたいのか。贅沢だなあ。

「まず来年は、この時期にここへ来よう。フカマチ夫妻を真似て」

「ええ、綿婚式コットン・ウェディングですね。あら、合衆国では紙婚式ペーパー・ウェディングでしたでしょうか?」

「それは、結婚記念日の呼び名? よく知らないんだが」

「オーストラリアは連合王国式です。合衆国式とは少し違っていたと思います。フランスは綿だったかもしれません」

「国によって違うのか」

「25周年は銀、50周年は金というのは共通だと思いますが、他の年のギフトや刻み方は各国でバラバラのようです。例えば3周年は連合王国式では革、フランス式では小麦ですし、連合王国式では25周年以降は5年刻み、フランス式では80周年以降が5年刻みとか……」

 ずいぶん詳しいな。結婚80周年を祝うには、かなり若くして結婚して、二人とも100歳近くまで長生きしないといけないだろう。いや、待て。そういうことじゃない。

 フカマチ夫妻は1周年だった。パン島イル・デ・パンには50周年の老夫婦がいたな、名前は知らんが。アメデ島のフォレスティエ夫妻は10周年だったか? そしてウヴェア島のラッセル夫妻は5周年……やけに切りがいい。

 ターゲットはコインだった。ということは、コインの額面と一致する周年数の夫妻がキー・パーソンズ? じゃあ、他には2周年とか20周年がいたわけか。おそらくは、リフー島やマレ島に!

 そういう夫妻に会うだけじゃなくて、少年少女のキー・パーソンを連れて、思い出の地探しまでするんだぜ。何という面倒くさいシナリオ。俺なら絶対途中で諦めてる。待てよ、今、もう一つ閃いた。

「例えば、ニッケル婚式ウェディングなんてのもあるのかな」

「ええ、あります! フランス式で、28周年です。そういえば、マドモワゼルにも訊かれましたわ」

 なんてこったい、マルーシャは君をヒント探しに使ってたのか! きっと、「セ・ニッケル」のことも教えたんだろう。しかし、28とは何とも中途半端な。何の意味が?

 いや、待て、解った。ニッケルの原子番号だ! まさか、他にも周期表に従ってるギフトがあるのでは。

 それはどうでもいいが、マルーシャがあの“ニッケル・ニッケル”を手に入れたのは、ニッケル婚式ウェディングの夫妻からではないか、と想像できる……

 ええい、もうそんなことはどうでもいいや。

「ニッケル婚式ウェディングだけでなく、金婚式ゴールデン・ウェディングを一緒に祝うぞ、メグ」

「はい、アーティー!」

 まだ10時ではないが、退職届にサインしただけあって、もうリタに戻る気はないようだ。椰子の木の根元に座って、話をしたり月を見たり。マルーシャとロレーヌも隣の椰子の下で話している。

 11時になったら空港へ向かうために、マルーシャと別れる。彼女はどこへ? もちろん、ゲートは空港ではなく、この近くなのだろう。そこまで訊く必要もない。他の競争者コンテスタンツにターゲットを奪われる心配もしていないようだ。理由は解らないが、知らなくてもいいだろう。

 タクシーに乗って、ラ・トントゥータ国際空港へ。こんな時間なのに混んでいるが、12時過ぎに東京成田行きがあるからで、日本人がたくさんいる。ロレーヌもそれに乗る予定。

 とりあえず俺も、エア・カランのカウンターへ行って、カードを提示する。美人の係員が愛想よく、しかしビッティーの声で!案内してくれた。君、名前はレジーナっていうんじゃないのか。

「12時までにVIPラウンジへお越しください」

「彼女のシートも用意して欲しい」

「かしこまりました。パスポートをお預かりします」

 メグがいそいそとパスポートを差し出す。端末に何か入力している係員に向かって俺が言う

「彼女のファミリー・ネームはスコットだが、俺と同じナイトで登録できるか」

「申し訳ありませんが、現時点ではご本名での登録といたします」

 しょうがない。バックステージでビッティーに頼んでみるか。さて、そろそろロレーヌとはお別れだ。

「とんでもないトラブルをきっかけに君と出会うことになったが、それが解決した後の3日間は、いい旅ができたと思う」

「ええ、私もそう思うわ。一緒に連れて行ってくれてありがとう。あなたたちのこと、忘れない。機会があればパリにも遊びに来て」

 誘ってくれてありがたいが、それが実現する可能性は低い。別れの挨拶にメグがビズし、「よい旅をボン・ボヤージュ!」と声をかける。

「さて、メグ、俺たちも新しい旅の始まりだ。長い旅になるだろう」

「はい、ずっと一緒の旅をトリップ・トゥゲザー・フォーエヴァー!」

 洋々の前途に期待するメグの笑顔を見ると安心する。ラウンジに早く入りたいような、まだ入りたくないような、複雑な気分。しかし腕を組んで、ラウンジへの階段を上がる。一歩ずつ、次のステージが近付く。

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