#14:第7日 (3) 米国式プロポーズ
車で東へ向かう。最初にムリ島の西端を見に行ったので、今度はウヴェア島の東端へ行こうと思う。
ウヴェア島は南北に長い島だが、北端と南端へは道が通じていない。東端へはかろうじて行ける。ちなみに南端はレキニーの崖がある半島、西端はムリ橋の北詰だ。
そういえばムリ島も南端へは行けない。船を出してもらえば行けるだろうが、西端と同じく何もないところなので意義は感じられない。
ウェネキ、グーサナ、トゥータの集落を通り抜け、10分でオナにつく。ここから、車では走りにくい細い道を1マイルばかり行くと東端だが、その前に昼食にする。地元の料理が食べられるソレイユ・ルヴァンという店がある。
椰子の葉で屋根を葺いた建物に入り、薄い味の海鮮料理――蟹と海老のボイル――を食べる。周りを海に囲まれて、塩はふんだんにあるはずなのに、どうしてこんなに塩味が薄いのだろうか。
食べ終わって、店の前から砂利道を歩き始める。女は二人とも、歩くのを嫌がらない。だいたいにおいて、プロポーションのいい女というのは歩くのが好きだ。
民家は見られるものの、人の姿が見えない林道を20分ばかり歩くと、道が尽きたかのように見えて、そこから少し坂を下りると海岸へ出られる。白砂が入り交じった岩場に出て、目の前が海だけになる。
ここがウヴェア島の東端。東には遠くヴァヌアツの島があるはずだが、当然見えない。少し南を見ると、リフー島らしき島影。海は遠浅で、泳ごうと思えば泳げるはずだが、そんな用意はしてこなかった。ロレーヌも、さすがにここでは砂山を作れない。
「ここは見覚えがあるか」
「ないわ。でも、ここも印象的なところね。ムリ島の西の端とは違って」
違いは、足元に砂があるかないかくらいなんだがな。他には、向こうは行きやすいが、こちらは来にくい、というくらいだろう。それだけに、本当のプライヴェイト・ビーチとも言えて、メグと二人で来ていたら、15分くらいは抱き合っていただろう。
ビーチに沿って、北東へ4分の1マイルほど歩き――そこが真の東端だ――、引き返してレストランまで戻る。行こうと思っていたところはほぼ行き尽くしたが、まだ2時前。ヌーメアへの飛行機は6時なので、まだまだ時間がある。
そこで、オナの集落の南にあるビーチも見に行く。こちらは近くて、わずか4分の1マイルほど。狭いビーチに出ると、遠浅の海の向こうに、名も無き島がある。わりあい大きな島だが、地図に本当に名前が書いていない。キャンプ場くらい作ってもよさそうだが、岩だらけでビーチやその他のアクティヴィティーに向いていないのかもしれない。
南部のファヤウェの集落まで戻る。予定していた最後の観光場所、プロテスタント教会を見る。他の二つと違って塔はないが、柱の一部が石造りだったりして、重厚な感じだ。
しかし、困ったことにドアが開いていない。女二人が見ていなければピックで……いや、靴ではなくサンダルで来たので、ピックは持ってないんだった。
とにかく、開いていないので、中でやろうと思っていたことを外でやる。青空の下でするのもいいものだ。
「ヘイ、ロレーヌ、見ていろよ。君は証人だ」
「何をするの?」
それには答えず、メグを教会の前に立たせる。メグはもう既に、俺が何をしようとしているか気付いたらしく、満面の笑顔だ。ポケットから指輪ケースを取り出し、開いてメグに見せながら、片膝を突いて、
「マイ・ディアー・メグ!
メグは昨夜と違って、しばらく黙っていた。俺の言葉を、嬉しさと共に胸の中に刻み込んでいたのだろう。
「マイ・ディアー・アーティー!
指輪をメグの左の薬指にはめる。ロレーヌが呆気に取られている。
「二人はまだ結婚してなかったの?」
最初に、婚約者だって言っただろうが。とはいえ、「妻」「夫」と呼び合ったことは何度もあるけど。
「メグはル・メリディアンのコンシエルジュで、俺の世話係だ。しかし、この旅行が終わるときにプロポーズすることにしていたんだ」
こんな派手にやるのは、昨夜思い付いたんだがね。
「そうだったの。アメデ島では新婚って言ってたのに」
「あれは君を連れ回すための方便だよ。ヘイ、メグ、君からは何も言わなかったのか?」
「いいえ、特に何も」
メグがあっさりを首を振る。既に薬指のルビーの指輪に気を取られているようだ。そうか、あの時点で夫婦になりきっていたんだな。それは仕方ない。
「とにかく、俺はプロポーズして、メグはアクセプトした。婚約成立。君が証人だ」
「
「証人と言って悪ければ、
「資格を持ってなくてもいいのなら」
「もちろん構わないとも。何か祝福の言葉でもあれば」
「
「
メグがお礼のビズをする。喜びに満ちあふれた笑みのメグに対して、ロレーヌはかなり冷めている。本当に結婚に対する意識が低いんだな。
このままメグに運転を続けさせると、気持ちが高揚していて危険かもしれないので、冷ますためにビーチの方へ出てみる。メグはもはやロレーヌの目を気にせず、俺の腕にしがみついている。ビーチを一渡り眺めてから、「ここに見覚えは?」とロレーヌに訊いてみる。
「判らないわ。でも、ないと思う」
バヌーからレキニーまで、7マイル以上続く綺麗な弓形のビーチの途中で、ここも結構いい景色なんだがなあ。
「そうか。まあ、君の記憶を全て掘り返すのが目的でもないから」
「ええ、でも、ありがとう。私のことをこんなに気にかけてくれて」
意外に素直な感謝の言葉が返ってきた。どうやら、俺とメグの邪魔になっていることをようやく自覚してくれたようだ。
さて、まだ3時半にもならないが、もはや行くところがない。しかし、何もせずに過ごすというのもリゾートなので、ホテルへ戻ることにする。
途中、ムリ橋を渡る前にビーチに降りて、橋を北側から眺めたりしてみる。ムリ島との間の狭い海峡は、中央部の底砂が深くえぐられて、その部分だけ海の青さが濃い。東西で干満の差ができて、潮流で砂が掘られるんだ、と説明してやる。ロレーヌはこの景色も憶えがないらしい。
ホテルで車を返し、いったんバンガローに戻る。マルーシャはチェックアウトしたので、ロレーヌがまた一緒の部屋になる。メグがロレーヌの服を見て言う。
「マドモワゼル・マルーシャにいただいたのでしょうか?」
メグのものでもロレーヌ自身のものでもないことに、今さら気付いたようだ。メグにしては不注意だな。もっとも、俺は全く気にしていなかった。
「ええ、昨日の夜中に、彼女の服をいくつか見せてもらって、私に似合いそうだからって言われて、もらったの。サイズも直してもらったんだけど、彼女は私と話をしながら、針と糸であっという間に……」
なるほど、最初からロレーヌのために誂えたみたいにぴったりなので、メグも気付かなかったんだろう。しかし、マルーシャはそういう才能もやっぱり持ってるんだ。彼女に足りないものって、あるのかな。
「歌は聴かせてもらえなかったけど、ファッションの才能もすごいって思ったわ。着こなしはもちろん、デザインのセンスもありそうだし……」
「泳ぎの才能はどうだった」
「オリンピックのスイマーみたいに綺麗なフォームだった」
フットボールの投げ方が、俺よりうまかったらどうしようか。自信をなくしそうなのでマルーシャの話はやめて、出発までの間、思い思いに過ごすことにする。と言っても、メグは俺から離れそうにないし、俺も離れたくない。ロレーヌはまたプールへ泳ぎに行くようだ。
メグから本を借りて読んだり、居眠りしたり、メグにいたずらしたりしてたら、出発の時間になった。ホテルの車で飛行場まで送ってもらった。
ロビーにやたらと人が多い。しかもほとんどが日本人。日帰り客がたくさんいたのだろう。狭いところなので、人だらけに見える。実際は60人足らずだと思う。
飛行機は5分遅れてやって来て、5分遅れて出発した。メグは俺の隣に座って満足そう。ロレーヌは反対側の窓際で、離れ行くウヴェア島を見ている。もう一度来ようと心に誓っている……かどうかは判らない。
誓ったとしても、仮想世界では決して実現しない。続きがないんだから。
と思っているのだが、もしかしたら続きの世界があってもいいかもしれない。例えば何ステージか後に、半年後のパリでロレーヌに再会するシナリオとか。別にロレーヌでなく、他のステージの登場人物と再会してもいい。今回のメグのように。彼女だって、いろんなシナリオに登場している。
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