ステージ#14:第7日

#14:[JAX] 説明の付け方

  ジャクソンヴィル・ミュニシパル・スタジアム-2065年12月19日(土)


おはようございますグッド・モーニング、ミスター・ナイト」

 マギーが挨拶をする。待て、まだ俺はドアをノックしていない。いつもは9時ちょうどエグザクトリーにドアを2回ノックしてから……9時? もうそんな時間か? そんなはずはない。それにまだ俺は起きてもいな……

何だってセイ・ワット?」

 飛び起きた。俺はまだ、デッキ・チェアで寝ていた。身を起こすと、すぐ横にマギーが立っていた。バッグを胸に抱えて、身を守っているかのようだ。視線が冷た……くはない。驚いてはいるが。

「今、何時?」

「7時半です、ミスター・ナイト」

 寝坊した。昨夜、いろいろと考えていて寝られなかったせいだろう。今日は移動日。飛行機に乗っている間に眠れるから、寝不足でもいいと思っていた。しかし、それほど遅い時間ではない。むしろ、こんな時間にマギーがいるのが早過ぎる。

「おはよう、マギー。ブランケットの下はジーンズを穿いてるから、安心してくれ」

「了解しました」

「それにしても早いな。どうしてこんな時間に?」

「移動日にはいろいろと作業が多いので」

「知らなかった。じゃあ、今までも移動日は早出だったんだ」

「移動開始の時間にもよります」

「そういうものか。とにかく、君が出勤してくる前に部屋を出ようと思っていたんだが、今まで寝ていて申し訳ない」

「いえ、私からも、今日は早出であることをメモでお伝えしておくべきでした」

 とりあえずブランケットを剥いで、綺麗に折りたたむ。マギーはなぜか横に立ったまま、俺のすることを見ている。

「仕事を始めてくれていいよ」

「いえ、まだ少し早いのです。デッキ・チェアを自宅へ送り返す準備をしようと思っていたので」

「そうか。しかし、それはちょっと後回しにして、先に仕事を始めてくれた方がいいと思う」

「了解しました」

「送り返す準備は俺も手伝おう」

「いえ、私一人でできますので……」

 マギーはデスクの方へ行き、コンピューターの電源を入れて、椅子に座った。しかし、ディスプレイの方は見ず、俺の方を向いている。行動を観察されている気がしないでもない。

「まだ仕事を始めないのなら、少し話をしてもいいかな」

「どうぞ」

「昨日、チームで騒ぎになった、ウェブ・マガジンの記事は見た?」

「はい、一応」

「見るのも君の仕事のうちなのか」

「問い合わせがあったときに、『存じ上げません』では済まされませんので」

「なるほど、内容はともかく、適切な対応者へ割り振るために、そういう記事があることを知っておくんだ」

「はい」

「夕方の、チームの公式声明や、UCLAの公式声明も知ってるよな」

「はい」

「もちろん、君は支持してくれるよな」

「はい」

「ところで、元の与太記事コック・アンド・ブル・ストーリーの中に、フィリス・テイラーっていう名前が出て来たのを憶えてる?」

「あったように思います」

「そんな名前のUCLAの職員は、実在しないんだ」

「はい、そのように受け止めました」

「どこから出て来た名前だと思う?」

「想像ができません」

「俺には実は思い当たるところがあってね」

 ブランケットをたたみ終え、デッキチェアもたたんで、キャビネットの隙間へ置きに行く。それから戻って来ていつもの位置、マギーのデスクの少し斜め前に立つ。マギーがいつものように俺を見上げる。冷静クールで澄んだ目だ。

「俺はイリノイ州のレイク・フォレストって町の出身なんだが」

「はい、存じています」

 知ってるのか。まさか、チーム全員の出身地を?

「家の近所に、フィリス・テイラーって名前のガールが住んでいたんだ。同い年でね。最初のガール・フレンドだった」

「そうですか」

「可愛いガールだったんだが、残念ながら中学の時に交通事故で亡くなった。それ以降、その名前は言わないようにしてたんだ。しかし、一昨日の夜、久しぶりにその名前を口にした。UCLAのあの問題について、友人と電話で話ををしながらね。もちろん、このオフィスで。そうしたら昨日、あの記事が出たんだ。他の場所でその話をしたことはない。もちろんフィリスの名前も。さて、この奇妙な出来事は、どうやったら説明が付けられるかな?」

 話している途中から、マギーの顔が青ざめていくのが判った。最後の言葉を放った直後に、マギーはうつむいて両手で顔を覆った。もちろん、彼女には説明が付けられるだろう。それを聞き出すのに、少しばかり時間がかかるだろうが。


「お話ししたいことがあります……」

 しばらくして顔を上げたマギーが呟いた。泣き顔のマギーは初めて見た。と言っても、いつものクールな表情と、少し驚いたところと、少し困惑しているところくらいしか見たことがない。何より、笑顔を見たことがないのがなあ。

 それはともかく、マギーが席を立って部屋を出ようとするので、付いて行く。この部屋では話せないのだろう。当然だ、盗聴器バグがあるはずだから。マギーが早く来たのは、それを外そうとしたからじゃないか。

 会議室のロックを開けて入る。俺のIDカードでは開けられなくても、マギーなら開けられるようだ。40人くらい入れる広い会議室に、マギーと二人だけで座る。向かい合わせにはならず、机の角を挟んで。

「あの記事が出たのは、私のせいです」

「それは正しい表現じゃないな。君は情報を入手する手伝いをしただけで、書いたのや発表したのは君の責任にはならない」

「でも……」

「まず、君がどういう役割だったのか、教えてもらおうか。たぶん、記事を書いた人物と関係が深いんじゃないかな」

「いいえ、書いた人のことは全く知りません。私は夫に頼まれて、コンピューターにデヴァイスを接続しました。でも、それがきっと盗聴器ワイヤタップだったのだと思います」

 昨日と一昨日、寝る前に一応彼女のコンピューターは調べて、不審なデヴァイスが接続されていないことは確認した。しかし、キーボードかマウスに偽装していたかもしれないし、あるいはパネルを開けて筐体の中に接続していたかもしれない。それが簡単にはできないよう、接続端子やパネルに封印シールが貼られているのだが、それも偽造したのか。

「君の夫の役割は」

「彼は探偵です」

 それは一応、予想のうちの一つではあった。プレスが探偵を雇うことはよくある。しかし、その調べるものが、俺のつまらない過去というのがなあ。調べられたら困ることは、他にもたくさんあるんだけど。

「それ以外に、どういう人物が関係しているかは、知らないんだろうな」

「全く知りません」

「君の夫から何と言って頼まれた? いや待て、そもそも、俺が君のオフィスに寝泊まりするのを、彼に言ったのか?」

「いいえ、私は言いませんが、彼は知っていたようです」

「なぜそう思う?」

「私がデッキ・チェアを持ち出すときに、理由を訊きませんでした」

 ずいぶんと間接的な証拠だな。しかし、ずっと以前からいろいろ不審な点があって、デッキ・チェアでその確信を深めたというところか。

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