#14:[JAX] 情報戦

 6時半からプレイヤーとコーチ全員の緊急ミーティングがあった。会議室へは行かず、ロッカー・ルームに集合する。一番後ろで眺めておこうと思ったのに、一番前に呼び出された。挨拶を考えておくべきだったかな。「今日でお別れだ。今まで俺をこのチームの一員に加えてくれて感謝している。これからも頑張ってくれ。お前たちはベスト・ガイズだぜ!」とか。

「練習中に発表されたので、まさか知っている者はいないと思うが」とジョー。でも、その大本となるあの与太記事コック・アンド・ブル・ストーリーは昼前に出たんだから、それはみんな知ってるんじゃないかな。誰も何も言わないけどさ。

 その与太記事の概要をジョーが話す。いかにもくだらないという感じで。次にそれを否定するUCLAの公式声明を読み上げる。俺が予想していたのとほとんど同じ文言の、短いものだ。最後に、チームの公式声明。

「当該記事については関係者に対して注意深く確認した結果、虚偽の内容を含んでいると判断する。既に知られているUCLAの過去の公式声明を事実と捉え、これと異なる内容は、一切が事実でないことを表明する」

 定型文だな。これを出すのになぜ6時間もかかる。

「コミッショナーは、我々のチームの声明を支持すると発表した。P Aプレイヤーズ・アソシエイションも同様の趣旨の声明を間もなく発表するだろう。この件に関しては何一つ気にかけず、ゲームの準備に集中してくれ。誰かに訊かれても『チームの声明が全てだ』と答えてくれればいい。何か質問は」

 誰も質問しない。仕方ないので俺が手を上げる。「なんでお前が」とドニーが呆れ声で言うのが聞こえた。

「記事は無記名だったと思うが、書いた人物を突き止めるのは誰の役割?」

「声明とは別に、チームとUCLAが掲載元に対して記者の名前を明らかにするよう伝えているが、いつもどおり無視されるだろう」

 やっぱりそうか。そもそも、無記名記事なんて信用するに値しないってのが常識なのだが、少しでも波風を立てることはできるもんな。

「GMは他に何か言ってた?」

「私は何も聞いていない。広報PRに何を言ったかも知らない」

「みんな、俺に何か訊きたいことある?」

 振り返りながら言うと、半分くらいの奴が笑った。何人かは不審そうな顔をしているが、質問はなかった。

「余計なことは言わなくていい。これ以上時間を無駄にしてくれるな。OK、以上で解散する」

 気にするなとジョーは言ったが、全く気にならないはずはないわけで、少しでも疑う奴が何人かいたら、不和の種になると思うんだがなあ。とりあえず、空き時間にみんなに声をかけていくか。日曜までに全員は間に合わないだろうけど。

 ロッカー・ルームを出るときに、メッセージを受け取った。またマギーから。“NBL”という3文字だけ。今夜もあの3人が来るんだな、ジムへ。


 練習後の、トレーニングの時間。マギーからのメッセージどおり、チア・リーダーの3人がジムへ来た。そして今夜も軽食に誘うことになった。もちろん、人選は俺。昨日とは違う方がいいだろうと思ったのだが、テディーがどうしても行くと言って聞かない。そんなに羊と会いたいのか。それなら奴を羊にあてがうことにして、他に3人を選ぶ。

 昨夜と同じように“オーヴァー・オーヴァータイム”の後で合流すると、テディーがいない。ヴィヴィもいない。どうなってるんだ。羊が来なかったからテディーが帰ったのか?

「二人だけで別のお店に行ったわ」

 ベスがさらりと教えてくれる。なんと、もうそんなところまで進展したのか。テディーがいろんな女に手を出すことはチーム内でも有名なのだが、2日連続で会った女はいないと聞いている。他にもっと美人に手を出したはずなのに、どういうことなのか。いや、奴の好みは俺の基準からだいぶ離れているのかもしれんな。

 とにかく、女3人に対し、男は4人。テーブルは二つに分かれていて――接してはいるのだが――、ベスが俺ともう一人の話し相手になってくれる。

「今日のウェブ・マガジンの記事にはびっくりしたわ。でも、今頃あんなに昔のことが記事になるなんておかしいと思ってたら、やっぱり作り話フォルス・ルーマーだったんですって? 私、知り合いみんなに正しい情報を伝えておいたから、安心してね」

 なかなか素晴らしい気遣いだ。情報戦は多数に伝えた方が“勝者ウィナー”と言えるからな。その後はもうその話はしなくなった。

 しばらくするとノーラが席を立ち、戻って来たらこっちのテーブルに来た。続いてリリーが席を立つと、ベスが向こうのテーブルに移動し、リリーがこっちに来た。昨日と同様の茶番ファースが行われた。一体何なのか。

「今日のウェブ・マガジンの記事にはびっくりしたわ。でも、今頃あんなに昔のことが記事になるなんておかしいと思ってたら、やっぱり作り話フォルス・ルーマーだったんですって?」

「私たち、知り合いみんなに正しい情報を伝えておいたから、安心してね」

 おまけに二人でベスと同じこと言ってるし。ただ、この二人は過去のことを詳しくは知らなかったらしく、少し説明してやった。もちろん、UCLAの公式声明の内容を。その後は、また別の話になった。

 帰りがけに、男3人に聞いてみる。女3人のうち誰が一番いいと思う?

「ベスだな」「もちろんリリーだ」「ノーラが最高だぜ」

 みんなバラバラだな。じゃあ、帰り際に「別のところへ行こうぜ」って一人ずつお持ち帰りトゥー・ゴーすりゃよかったのに。それとも、ゲーム前だから控えたか? やはりテディーの図太さはずば抜けてるな。


 その後、OOT組と合流し、与太記事コック・アンド・ブル・ストーリーを書いた記者をみんなでこき下ろしまくってから、明後日のゲームの話をして、0時過ぎにスタジアムへ。そしてマギーのオフィスへ。今夜もここが俺の寝床で、これが最後ということになるだろう。

 デッキ・チェアに座って、昨日の電話の件を思い出す。まさか、12時間も経たないうちに食いついてくるとは。しかし、あぶり出すのはもちろん早い方がいい。レギュラー・シーズンのウィーク17や18になってからでは、火消しの時間が足りなくて困る。今ならまだ間に合う。

 さて、この続きは明日の朝になってから考えよう。今は、この部屋で過ごす夜のことだけを考える。昨夜と同じように、マギーのデスクの方を見てみる。こちらから見られるのは、マギーの背中だ。もちろん、今そこに背中はない。しかし、デスクの向こう側に回ると? デスクの下が見えてしまう。マギーの足元が……

 いやいや、そんな不道徳インモラルなことを考えてはいけない。マギーをそんなことの対象にしてはならない。人妻であるとか、そういう理由ではなくて、マギーはもっと神聖な位置づけであるべきだ。仕事をする姿こそ鑑賞する対象であって、その他を知ってはいけないし、知らない方がいい。偶像アイドルのままにしておくのが最上なんだ。

 ただ、知らなくていいのはどういう部分かを考えていると、眠れなくなってしまったのだが、どうすればいいだろうか。

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