#14:[JAX] 盗聴器付き写真立て

「彼はいつ頃から俺を調べていた?」

「はっきりとは判りません。ですが、あなたが入団する前後から、チームの状況を訊かれるようになりました」

 それまではジャガーズに興味がなかったのかよ。妻が勤めてるってのに。

「接続したデヴァイスはどんなもので、いつ頃?」

「デジタル写真立てフォト・フレームで、11月の中頃でした。私物をオフィスのコンピューターに接続するのは許可が要るので、申請もしました。接続後のセキュリティー・チェックでは何も問題がありませんでしたが、デヴァイス自体に盗聴器ワイヤタップのマイクが仕掛けられていたのだと思います」

 マイクの電源として利用するのなら、チェックには引っかからないからな。

「そんなものが置かれていたなんて気付かなかった」

「あなたの立つ位置からは見えないところに置いていました。他の人も、ほとんどあの位置に立つので、見えないはずですが……」

「しかし、マイクだけでは盗聴できない。どうやって聴いていたんだろう? オフィスから不審な電波が漏れていれば、保安部が気付くはずだ」

「休みの前の日には持って帰ることにしていたので、録音したものを家で聴いていたのだと思います。ときどき、写真データを入れ替えると言うので、デヴァイスを彼に渡しましたから」

「だが、それでは一昨日の夜に俺が電話で話したことが……話したふりをした内容が聴けない。昨日の朝に、君がオフィスに来てからデジタル写真立てフォト・フレームに何かしたとしても、記事が出るまでには間に合わないはずだ」

「それは……わかりません、どうやったのか……」

「何か他のデヴァイスを持って来て、置いて帰ったりしたんじゃないのか? コンピューターに接続しないものでもいいから、思い出してみてくれ」

「いえ、何も……」

「昨日、一昨日だけじゃなくて、その前にも?」

「ありません」

 そんなはずはない。いや、待てよ。あのオフィスはマギーがいない間もドアは開けっぱなしだ。つまり、夕方にマギーが帰ってから誰かが何かを仕掛けて、次の日の朝にマギーが来るまでにそれを回収するということができるはず。

 そもそも、俺は昨日も一昨日も、デスクにデジタル写真立てフォト・フレームがあるのを見た憶えがない。誰かがデスクの抽斗にでも隠したのだろう。通信機と一緒に。そこを探らないのは迂闊だったな。ひょっとしたらマギーの私物が、と思って遠慮したから。

 だとしたら、まずいことをしたぞ。俺とマギーがここに来ている間に回収されてしまったかもしれない。

 マギーを誘って、オフィスに戻る。何も変わりがないかのように見える。だが、デスクのコンピュータの前にデジタル写真立てフォト・フレームが置いてあった。夜の間に、そんな物はなかった。

「抽斗に錠は掛けている?」

「はい」

「開けてみてくれ」

 マギーがバッグからキー・ホルダーを取り出し、錠を外した。抽斗を開けたが、不審な物はない。だが、デジタル写真立てフォト・フレームや、その他の物を入れるスペースは十分ある。例えば、モバイルフォンのような通信機と充電器をここに入れ、デジタル写真立てフォト・フレームで録音したデータを、定期的に通信機――普通の電話回線なら保安部は気付かない――で送信する、ということだって可能だろう。

 しかし、もはや証拠はない。が、スタッフの中にもう一人、探偵の協力者がいることは判った。しかもこんな早い時間にスタジアムに来ている……今からオフィス・エリアの中を走り回れば、そいつが特定できそうに思うが。それよりも、マギーだ。もう一度、会議室に行く。

「とにかく、今回のことで君が責任を感じる必要はない。君は知らないうちに君の夫に協力させられたんだ。何も悪くない」

「ですが……」

「チームに実害も出ていない。記事を書いた奴が信用を落としただけだ。君の夫も、盗聴した情報の裏を取るべきだったが、その前に記事を書いて、公開した連中が悪い。チームやUCLAが追及するのはその連中だ」

「ですが、詳しく調査すれば、私や私の夫が関与したことも判ってしまいます。知らなかったからと言って、無実で済まされるはずがありません……」

 確かにそれはそうで、マギーが「盗聴器のことを知らなかった」のを証明するのは難しい。しかし同様に、「知っていた」ことを証明するのも難しい。俺が広報PRに対して言い抜けたのと同じことだ。マギーの言うことを信じるしかない。

 だが、彼女の夫が「知らなかった」のはあり得ないだろう。盗聴器付きのデジタル写真立てフォト・フレームを、どこから入手したのか説明しなければならないから。

 とりあえず、今はマギーの心の安定を図らなければならない。本来なら俺ではなくて、彼女の夫がやるべきことだってのに。

「OK、マギー、俺の話を聞いてくれ。君がしたことが、悪いことかそうでないかを判断するのは、俺の話を聞いた後だ。解るな?」

「でも……でも……」

「マギー、まず俺の話を聞いてくれ。今は考えるのをやめて、聞くんだ。考えるのはその後だ。いいか?」

「でも……はい……」

「俺の話を聞くと言ってくれ」

「私は……私は、あなたのお話を、聞きます」

「OK、まず、デジタル写真立てフォト・フレームのことだ。あれが盗聴器だという証拠は、まだない。そうだな?」

「そうです……ありません」

「俺の話が漏れたのはあの部屋であることは間違いないが、あの部屋に盗聴器が仕掛けられていたという証拠もない。そうだな?」

「そうです……ありません」

「あの部屋は、君がいない間、誰でも入ることができた」

「できます……」

「そうすると、君以外の人があの部屋に盗聴器を仕掛けることは可能だ。いつ、どこに仕掛けたかは解らない。だが、可能だ」

「可能です」

「君の夫と、雑誌記者の関係はまだ証明されていない。少なくとも、君は関係があることを知らない」

「知りません」

「雑誌記者は、チームやUCLAに追及された場合、君の夫との関係を漏らすだろうか? もし関係があったとして、だが」

「漏らさないでしょう……でも、誰かが証明する可能性が……」

「だが、今まであの手の与太記事コック・アンド・ブル・ストーリーの情報ソースが明らかになったことはない。一度もだ」

「それは、私は知りません……」

「知っておいてくれ。どんな荒唐無稽な記事を書いても、非難はされるが、情報ソースは明らかにならないんだ。それは、記事が嘘なら、その情報ソースの存在自体が否定されるからだ。嘘の始まりがどこかなんて、追及しても意味がない」

「それは解る気がします」

「今回の嘘の始まりは、もちろん、俺だ。だが、伝わった経路を追及しても意味がない。嘘を本当らしく発表した連中だけが非難されるんだ。『確かな情報ソースから入手した』なんて言っても、誰も信用しない。確認を怠った責任だけが問われる」

「そうなのですね……」

「だから、君が経路に含まれているかどうかなんて、問題じゃない。君に罪は存在しない」

「ありがとうございます……あなたに、そうおっしゃっていただけるだけで……」

「君を信用しているのは俺だけじゃない。チームの全員だ。それを解ってくれ」

「ありがとうございます」

「今日は、仕事ができる精神状態じゃないなら、早退してもいい。君の代わりは誰かがしてくれる。明日と明後日は休日だな? 明後日の、月曜の夕方に、オフィスで会えるだろうか。君が落ち着いてから、もう少し話が聞きたい。休日にオフィスへ来させて申し訳ないが」

「いえ……来ます。今日も、できる限り仕事をしてから帰ります」

「無理はするな。君がダウンすることは、チームの大きな損失だ。ダニーが怪我をするよりも痛い」

「ありがとうございます……はい、無理はしません」

 肩を抱いて慰めてやりたいところだが、人妻だけに遠慮しておく。それはそうと、彼女の夫である探偵のことをちょっと調べてみたいが、どうすればいいだろう。俺自身が探偵をするわけにはいかないし。

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