#14:第5日 (5) 疑わしきは?
建物の中に入り、遺失物係へ案内してもらい、「女物の旅行鞄を探している」と警官に言う。鞄の特徴を聞いてこなかったのは迂闊だったが、持ち主の名前はロレーヌ・メレナ・ラローシュであると告げる。
「本人じゃないのか。本人が来られないのなら、委任状と本人確認書類の写しが必要だ」
大柄で厳つい顔の警官が、横柄な態度で言う。警察がこういう態度を取るのは普通だし、気にしない。言ってることも妥当だ。女の落とし物を男が取りに来たら、怪しいと思うのが当たり前だよな。
「落とし物があるかどうかも教えてくれない?」
「教えられない。本人が来たら教える」
呼んでもいいけど、「ない」と言われたら無駄足なので、どうするかな。
「俺の身分を明かすから、教えてくれないかな」
「あんたの身分は、委任状を持って来たときに確認するよ。それ以外には教えられない」
「そこを何とか」
そう言いながら、例のクレジット・カードを取り出す。警察にこれを見せたのは、間違いなく初めてだが、果たしてどんな反応を示すのか。警官は目を細めながらカードを見ていたが、引ったくると、「ちょっと待て」と言ってどこかへ行ってしまった。「こんなものは無意味だ」と言わないからには、問い合わせでもするのだろう。それより、ちゃんと返してくれるのだろうか。
警官がなかなか戻ってこないので、近くの椅子に座って待つ。全体的に、あまり忙しくなさそうだ。治安のいいところなのだろう。観光地ではありがちだが、スリや引ったくり程度の軽犯罪がほとんどで、昨夜のような“事件”は稀なのに違いない。
ところで本当に俺とマルーシャは、証拠は残さなかったのかな。髪の毛を残していて、DNAを調べられていたらどうしようか。それ以前に、指紋もたくさん残してきた気がするし。
15分ほどもして、さっきの警官が戻ってきて、遠くから俺に手招きをした。厳つい顔のまま、作ったような笑顔を浮かべているところが怪しい。しかし、逃げるともっと怪しまれるので、おとなしくそいつのところへ行く。
2階の部屋に招き入れられたが、髭を生やした恰幅のいい偉そうな男と、痩せたイタチのような鋭い目の男がいる。何とも怪しい雰囲気がする。カードを返してもらい、「まあ座れ」と言われた後で、イタチ顔の男が自己紹介もせずに淡々と告げてきた。
「ドクター・ナイト、ようこそニュー・カレドニアへ。先ほどお問い合わせいただいた、マドモワゼル・ロレーヌ・ラローシュの鞄の件ですが、あれは遺失物ではなく、ある事件の遺留品として押収しました。あなたがどういった経緯であの鞄のことをご存じなのか、ぜひ伺いたいですな」
これはまずいところに来たかもしれないな。さあ、どう言い訳しようか。
「事実は簡単で、ミス・ラローシュはある人物に拉致されていたんだが、逃げ出してきて、現在は俺が身柄を預かっている」
これ以外に言いようがないし、それが事実だ。ただし、メグのことは言わないでおく。話がややこしくなるだけだ。
「それを証明する方法があるかね」
「ミス・ラローシュに話を聞けばいい。俺が泊まっているホテルにいる。ル・メリディアンだ」
「では、なぜ初めから彼女が来ない?」
「外へ出るのが怖いと言うからさ」
「では、ホテルに行けば話を聞けるか?」
「警察が来るのをホテルが嫌がらなければ、そうすればいいよ。嫌がるなら、ここへ呼べばいい。ただし、彼女は一人で来るのは怖いと言うに違いないんで、付き添いが必要だろう」
警察と話をするときは、単純明快に歯切れよく、隠し事がないかのようにしゃべることが大事だ。特に、相手が疑っていそうだと思われるときは。
こちらは顔色を悟られないようにすることは
イタチ顔はしばらく黙っていたが、偉そうな男に「呼びます」とひとこと言い、偉そうな男が頷くと部屋を出て行った。
「ところで、そちらの紹介をまだしてもらってないが」
こちらが平気だということを示すつもりで訊いてみる。
「これは失礼。私は署長のグレヴィル、そこの警官はデュラン巡査、先ほど出て行ったのはフラマン上級巡査部長だ」
偉そうな男が答えた。握手をする気はないようだ。10分ほど経って、ようやくイタチ顔が戻って来た。そして座りながら訊いてくる。
「ところで、マドモワゼル・ラローシュがどういう人物か、あんた知ってるのかね」
「フランスの有名なモデルだそうだな。今朝知ったんだ」
「なぜ警察へ届けなかった?」
「彼女がそれを望まなかったからさ。行方不明の捜索願でも出てるのか? そういうことも知らないんでね」
「解った。それ以上は彼女が来てから聞こう」
別室へ連れて行かれて、イタチ顔と厳つい顔に見張られる。こっちは気にすることなく、平気な顔をしていればいい。時計を見るのが一番良くない。焦っているように見えるからだ。その点、俺は優秀な体内時計を持っている。
15分ほどすると、ドアにノックがあり、イタチ顔が出て行った。入れ替わりに、メグが入ってきた。俺の鞄と小型のスーツ・ケースを携えている。時間がないと考えて、ウヴェア島行きの荷物を持ってきたのだろう。俺を見て、心底ほっとしたという表情をする。
「警察から電話があったので、驚きました」
「うん、君も何か訊かれるかもしれないんで、正直に答えればいいよ」
メグも人間ができているから、余計なことは言わないだろうと期待する。
何事もなく15分が過ぎて、またノックがあって、今度はメグが呼ばれた。メグが不安そうな顔をするが、こちらは平静な顔で送り出す。厳つい顔が付いて行って、部屋に誰もいなくなったので、時計を見る。4時だ。ウヴェア行きの飛行機は何時発かな。間に合うだろうか。
5分ほどでメグが戻って来た。ということは、彼女自身が拉致されたことは言わなかったわけだ。言ってたら、もっと長々と引き留められたに違いない。そして俺は、ユディトの部屋に突入したことまで言わされるわけだ。そうなりそうになくてよかった。後は、ロレーヌがメグを身代わりにしたことを言うかどうかが気になる。
「飛行機は何時だっけ?」
まだ少し青い顔をしているメグに訊く。警察め、俺の愛しいメグを怖がらせやがって。
「4時50分です。4時半にここを出ればぎりぎり間に合うと思いますが……」
メグと一緒に戻って来た厳つい顔の警官がすぐそこに立っているが、「それまでに終わるかな」などと訊くのはやめておく。どうせ答えないに決まってる。
またまた15分が経った頃に、ドアが開いて、イタチ顔と署長に挟まれるようにしてロレーヌが入ってきた。ロレーヌは俺の顔を見ると、イタチ顔を突き飛ばして駆け寄ってきて、抱き付いた。余計なことするな。メグが嫉妬する。
「ドクター・ナイト、マドモワゼル・ラローシュの話はあんたの言ったとおりでした。マドモワゼル・スコットの話もね。実はもう一人、昨夜話を聞いた人物がいるんだが、それとは少し食い違っておって、しかしその人物が言うことはどうもちぐはぐでね。だもんで、あんた方の言い分を信用することにします。長々と引き留めたが、もうお帰りいただいて結構。マドモワゼル・ラローシュの荷物も返します」
イタチ顔が中途半端な表情で、横柄だか丁寧だかよく解らない言葉遣いで言った。聞き取りに時間がかかったのは、ユディトの証言といろいろ食い違うからだろうが、それは予想済みだ。ユディトが何を言ったか知りたくもあるが、これ以上話をしていると飛行機に乗り遅れる。
「それはよかった。じゃあ、これで」
俺が立ち上がると、今度は署長が言った。
「ドクター・ナイト、マドモワゼル・ラローシュは未成年なので、親権者でもないあなたが連れ回すのは非常に困ります。しかし、彼女はあなたに依頼していることがあると言うし、どうしても付いて行かなければならないと主張するので、今回はあなたの身分を信用して、お任せします。彼女からの依頼を果たした後は、確実にパリへ送り返していただきたい」
「それは約束するよ」
ロレーヌを連れ回すことについて警察の許可が下りたわけだ。確かに、未成年を連れ回すのはよくないよな。俺だってそんなことしたくなかったよ、ヴァケイションなのにさ。どうしてこんな妙なシナリオが用意されてるんだか。
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