#14:第5日 (4) 荷物を探せ

 昼食が終わると、向こうのガキイザベルが突然ロレーヌに興味を示し始めた。さっきまで食欲の方が最優先だったのに、それがなくなると“綺麗なお姉ちゃんホット・チック”に興味が湧いてきたわけだ。「一緒に灯台に登ろう!」などと言い出す。

 ロレーヌが俺の顔を見るが、頷いてやると、「いいわ、一緒に行きましょう」と笑顔でイザベルに言う。少しはガキらしい顔をするようになった。

 灯台に登れるのは特定の時間だけで、しかも有料だ。一人150CFPを払って登りに行く。しかし、降りてきたらすぐにヌーメアへ戻りたいので、メグが電話でタクシー・ボート屋と交渉する。遠いので渋っているようだが、メグの丁寧な交渉術のおかげで何とかなったようだ。2時に来る予定とのこと。

 灯台は真っ白だが、入り口の扉だけが鮮やかなイエロー。扉の上に"NAPOLÉON III"の表記があるが、もちろんナポレオン3世が建設を指示したからだ。灯台そのものはパリで建造され、バラしてから持って来て組み立てたらしい。完成は1865年。

 中は147段の螺旋階段。イザベルとロレーヌが手をつないで登り、その後にブノワとテアが登り、そしてメグの後に俺。レディー・ファーストであると同時に、メグの尻を楽しむことができる。ブノワはロレーヌの尻を見ている気がするが、気のせいであって欲しいと思う。

 イザベルが途中で何度かへこたれたので、休みつつ頂上に到着。灯室にはもちろん入れないが、その周りの回廊に出られる。もちろん、外だ。高さは171フィートで、思ったとおり見晴らしがいい。柵は古い橋の欄干バニスターのように、一定間隔で太い柱が立っていて、その上に星型――正確には五芒星を二つ重ねた十芒星――の飾りが付いている。足元は一部が木製だ。

 柵は意外に低いので、もたれると少し不安になる。メグとブノワは柵に近付かない。イザベルは柵に張り付いて景色を眺めていて、ロレーヌがその手をしっかり握っている。そういう、姉らしいこともできるのかと初めて感じた。

 もうしばらく景色を見ていてもよかったが、後からどんどん登ってくるので、順次降りなければならない。降りたところで3人と挨拶して別れる。

 桟橋で待っていると、タクシー・ボートが来た。チップを奮発して、急いでヌーメアへ走らせる。


 ホテルへ戻り、メグに今日の夕方からウヴェア島に行くための飛行機と宿の手配を頼む。

「宿は2泊だ」

「こちらにはもう戻らないということですか?」

「でも、どうせ土曜まで部屋は予約されてるんだろう? もし向こうがよくなさそうだと思ったら、1泊で帰って来て、もう一度ここに泊まればいい」

「了解しました」

「持っていく荷物も、2泊分だけでいいだろう。準備は任せる。俺はその間にロレーヌの荷物を探してくる」

 メグがとても不安そうな顔をする。

「今日一日は、一緒にいていただけると思っていましたのに……」

「昨夜、君を取り返しに行くときは、ロレーヌが一人で留守番してたんだぜ。二人で留守番できないなんて言わないでくれよ」

「それはそうですが……」

 たぶんメグは、俺に甘えたいのだろうと思う。ロレーヌに対する嫉妬心も含まれているかもしれない。俺はそれほどロレーヌを気にしてはいないのだが、部屋のドアまで見送りに来て、メグが物欲しそうな顔をする。

お気を付けてステイ・セーフ!」

 そう言って背伸びして、キスしてきた。見送りのキスというわけで、きっと戻って来たら迎えのキスをするつもりだろう。

 タクシーを呼ぼうと思ったが、前の道からバスがちょうど出発するところだったので、それに乗る。この仮想世界で、俺がバスに間に合うことは非常に少ない。たいてい前の便が出て行った直後だったりする。都合がいいのは、マルーシャと一緒にいるときだけだ。乗り物に関する彼女の“巡り合わせ”のよさは尋常ではない。

 ヒルトン前の、プラージュ・アンス・ヴァタ停留所で降りる。まず、マルーシャの状況を確認しよう。フロントレセプションへ行き、朝のメッセージに対する返事があるか聞いてみたが、まだだった。リフー島へ日帰りで行っているらしい。それを朝に聞いておけばよかった。帰りは7時を過ぎるだろうとのこと。俺には何でも情報を開示してくれて助かる。

 続いてル・ラゴンへ。朝に電話した者だとは言わず、しらばくれて「ユディト・ディオスに会いたい」とフロント係デスク・クラークに告げる。

「マドモワゼル・ディオスは今朝、チェック・アウトされました」

「それは困ったな。急用で会いたいんだ。どこのホテルに移ったか聞いてる?」

「伺っておりませんです」

 たぶん、それは本当だろう。逃げたのに、移転先を知らせるわけがない。さて、ここからは頭の使いどころだ。

「昨夜、ちょっとしたトラブルがあったと聞いてるんだが、彼女がチェック・アウトしたのはそれと関係ある?」

「さあ、理由は特に伺っておりませんが」

「でも、警察が来たんだろう?」

「あ、はい……そういうこともございましたが」

 おお、勘が当たったな。ロックドア・ガードを壊された上に、宿泊客が浴槽バス・タブに詰め込まれてたんだから、事件が起こったと見られて警察が来たんじゃないかと。もっとも、防犯カメラの映像をチェックして、俺とマルーシャが侵入者であることがバレていたら大変なのだが、マルーシャのやることだし、そんな抜かりはないだろう。ちょっとおかしな信用の仕方かもしれないが。

「もしかして、それが原因で彼女は退去させられたのかな」

「そこまで申し上げることはできません」

 じゃあ、否定しろよ。その答えだと、イエスと同じだろ。警察沙汰になってむかついてたから、つい口が滑ったんだな。

 しかし、警察の捜査が入ったとなると、ユディトの荷物も調べられたりしただろうから、その時にロレーヌの荷物があることも判っただろう。服はともかく、パスポートなんかはごまかしようがない。だから、ロレーヌの荷物は警察が預かっている、ということがあるかもしれない。「また後で聞きに来る」とフロント係デスク・クラークに言い残し、ホテルを出る。

 次は、警察だな。泥棒なのに、警察を頼ることになるとはね。仮想世界に来て、警察へ行ったことってあったっけ。いや、一度だけあるな。フランスだ。あの時は、元警察官らしき人物の過去を調べるためだった。

 今回の目的はどうしようか。事件のことを知っていると言うとややこしくなるから、落とし物を探しているということにしよう。

 ヒルトン前に戻り、タクシーを拾って「警察へ」と言う。警察署がどこにあるのか知らなかったが、タクシーの運転手は俺を、マルシェの東の、ヴィクトワール・アンリ・ラフロール通りの建物へ連れて行った。コロニアル様式の建物で、市立博物館よりも大きくて立派だ。

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