#14:第5日 (3) アメデ島

 モーゼル港に着くと、船は出航直前だった。飛び乗って、念のためユディトがいないか注意深く確認する。定員は200人ほどだが、やはり休暇のシーズンに合わないのか、客は80人ほどだ。混み合っていないので助かる。

 デッキは2層。1階はソファー席で、飲み物や軽食の売店がある。2階は4人掛けのテーブル席だが、屋根のみで壁がなく見晴らしがいい。ただし、こちらの方が客が多い。どこにもユディトはいなかった。

 そうすると座るのはどちらでもいいのだが、ロレーヌが「後ろの席の人が気になる」と言うので1階のソファーに座る。別に、ソファーだって後ろに人がいるのは同じなのだが、距離というか背中の開き具合というか、そういうのが気になるのだろう。ユディトに妙な恐怖心を植え付けられてしまったようだが、俺とメグだけ距離が近くていいのはなぜなのかと思う。親じゃあるまいし。

 しばらくするとツアーの添乗員が席を回って、島のアクティヴィティーの説明を始める。フランス人の女が来たので、フランス語で説明させる。俺は同時通訳で聞こえるから平気。

 グラス・ボトム・ボートで島の近くを遊覧、この船で周辺の珊瑚礁を遊覧、サメの餌付けショー、ダンス・ショー、灯台登り、パレオの着付け体験、ヤシの木登り体験。もちろん、昼食も付いている。

 これだけ全部する時間があるのかと思うが、どれも参加は自由であるらしい。イヴェントに参加せず、スノーケリングを楽しむ者もいるようだ。

 そもそも、俺たちはロレーヌの“思い出の地”探しをしているだけで、アクティヴィティーにほとんど興味がない。グラス・ボトム・ボートと灯台登りくらいは参加してもいいだろう。海はともかく、高いところに登りたくなるのは俺の習性だからな。

 そして、できることならツアーを離脱して早めにヌーメアに戻り、今日のうちにウヴェア島へ行くのがいいと思っている。競争者コンテスタントであるユディトは、おそらく各離島を日帰りで訪れているだろうから、それと入れ替わりに夕方に離島へ向かうのが一番安全だからだ。

 もっとも、ユディトはキー・パーソンを手放しているので、離島巡りをしているかどうかもよく判らない。

 前方に白い灯台が見えてきて、しばらくするとアメデ島に到着。ロレーヌに感想を聞くと「憶えがない」とのこと。ここではなかったようだ。

 グラス・ボトム・ボートはすぐに出発するらしいので、ビーチを見る間もなく列に並ぶ。40人乗りくらいなので、希望者が多いと乗れないこともあるらしい。

 日本人の団体とフランス人の団体に交じって乗り込む。グレイト・バリア・リーフで乗ったのとは形が違っていて、こちらは船底に降りるのではなく、船の真ん中にガラス底グラス・ボトムがあって、それを両脇に座って眺める。つまりみんな、船の内側に向かって乗るわけだ。ガラス底からは魚や珊瑚が見えているが、俺は一度見たことがあるし、メグも同じだろう。

 案内人がバゲットの切れ端を海に投げ込むと、魚がわんさと寄ってくる。ロレーヌの反応を見ていたが、楽しそうにしてはいたものの、ガキらしいはしゃぎ方はしない。やはりどことなく“作ったような”表情と態度だ。

 しかも、隣のフランス人の女から話しかけられても、答えははいウィいいえノンだけで、ほぼ無視。善人と悪人を見分けるところから教え直しだな。

 30分ほどでボート遊覧は終わり、次はさっきの船による珊瑚礁遊覧なのだが、それには参加せず、ビーチを歩く。島の形はほぼ不等辺四角形で、一番長い辺でも4分の1マイルないくらい。周囲は全てビーチだが、ロレーヌの記憶とはやはり違っているようだ。

 とりあえず一周してみる。海には、乗ってきた船以外にも、プレジャー・ポートがたくさん浮いている。沖に白い標識が立っているが、きっと浅瀬を示すものだろう。島の周囲に環礁があって、そこと島の間が浅くなっている。

 船着き場と反対側まで来ると、少し人が増える。島の真ん中を突っ切ってこちらを見に来る人がいるのだろう。こちらの側は遠方に島影すら見えないので、彼方まで水平線が続き、地球は丸いと実感させる効果がある。

 北、西、南と歩いてきて、最後は東のビーチへ。ここは四つの辺の中で唯一の真っ直ぐなビーチだ。ただし、短い。200ヤードと少しだろう。端から北に向かって防波堤が作ってある。コンクリートではなく、島の本体であろう黒い砕石を積んである。

 さて、これで島を一周した。昼食まではまだ時間があるので、土産物屋を見に行く。ロレーヌのTシャツでも買おうかと思ったが、売っているのは街中でも買えそうなものばかりなのでやめておく。ロレーヌも別に、土産が欲しいとも言わない。遊びに来たわけでもないし、当然の反応だろう。

 逆に、メグの方が楽しそうにしていた。ロレーヌがいなかったらもっと楽しかっただろう。島を回っている間に4回はキスしていたに違いない。

 ようやく昼食。ビュッフェ形式で、量は十分ありそうに見える。サラダ、パン、エビ、ムール貝、カジキマグロ、ロースト・ビーフ、パテ、パスタ、野菜炒め、、各種フルーツなど。

 しばらくするとダンス・ショーが始まるのだが、これが何とタヒティアン・ダンス。なぜニュー・カレドニアでタヒティかと思うが、どちらもフランス領だし、ポリネシアだし、ニュー・カレドニアにはタヒティ人もいるらしいから、全く無関係ともいえない。

 カナックにはダンスがないのだろうか。だが見ている観光客は喜んでいるし、一緒に踊っている奴までいるので、俺が疑問を差し挟むようなことでもない。

 長テーブルに座っているので、向かいの家族が話しかけてくる。フランス人の夫婦で、10歳くらいの子供がいる。メグが適切に会話してくれたが、結婚10周年の旅行中だそうだ。

 ブノワとテアのフォレスティエ夫妻。子供はイザベルで9歳。子供は食べるのとダンスを見るのとに必死で、会話には参加してこない。テアはロレーヌを見て、俺とメグの娘かなどと訊く。俺はともかく、25歳に見えるメグに、16歳の娘がいるわけないだろ。どうせ間違えるなら姉妹と言え。

「姪です。姉の娘なんです。姉夫婦と一緒に来たのですけれど、彼らがたまには夫婦二人きりで楽しみたいというので、私たちがここに連れて来ました」

 メグがうまい言い訳を考え出してくれた。競争者コンテスタントになる素質があるな。ところで、その姉って何歳上の設定? メグの実年齢は31歳だから、4歳ほど上なら十分辻褄が合うんだけど。

「あなた方はまだ子供がいないの?」

新婚ニューリー・ウェッズなんです! 私もマリも仕事を持っていて、なかなか生活時間が合わなかったものですから」

 おお、メグがついに俺のことをハズバンドと言ったぞ! つまり彼女にはその心の準備があるわけだ。なんと嬉しいイヴェント発生。さてはこの家族はキー・パーソンズだな。

 それはともかく、ブノワは医者で、パリ4区で開業しているらしい。メグが補足してくれたが、4区の一部はマレ地区ル・マレと呼ばれていて、古くからの貴族街であり、現在は文化の発信地で、居住区としてとても人気があるとのこと。

 多少なりともパリの知識があるメグが相手をするので、話が進む。俺はもっぱら聞いているだけだったが、相手が上流階級としての生活を自慢してくるので、メグが対抗心を燃やして、俺が“財団の研究員”だということを言ってしまった。相手はもちろん財団のことを知っているらしく、興味を示してきたので面倒なことになった。

「数式で人の心が解るものですかな」

「集団としての傾向を予測するものであって、個人の考えは確率としてしか扱わないんだ」

「しかし、個人が解らなくては全体は解らないでしょう」

宝くじロトやギャンブルと同じで、誰かが当たるけれども、誰が当たったか解らなくても確率は出せる。個人の運がいいとか悪いとかは設定する必要がない」

「集団の中の個人というものは尊重されないのですか。そうすると、全体主義社会の傾向しか解らないのではないですか」

 やはりフランス人は個人主義だ。ロレーヌの愛想が悪いのも、きっとそのせいだ。フランス人の行動を予測するには、“他人との協調性”のパラメーターを負の値に設定すればいいだろう。

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