#14:[JAX] 暗号通信

  ジャクソンヴィル・ミュニシパル・スタジアム-2065年12月16日(水)


 今日も9時ちょうどエグザクトリーにドアを2回ノック、と思ったのだが、マギーが電話をかけているのが見えた。俺の方をちらりと見て、電話の相手に「申し訳ありませんが、しばらくお待ちください」と言う。

「申し訳ありませんが、しばらくお待ちください」

 俺の方を見て、同じことを言った。どうぞ、と手振りで示し、ノックするのを保留。電話の内容はなるべく聞かないようにする。今週末のスケジュール確認のようだ。

 週末はクリーヴランドへ行くことになってる。珍しく、マギーが長々と電話をする姿を見て、3分が経過した頃、ようやく電話が切られた。マギーが俺のことをじっと見ているが、そのクールな視線の中でドアを2回ノックする。

おはようございますグッド・モーニング、ミスター・ナイト。お待たせいたしましたアイ・アプリシエイト・ユア・ペイシェンス

 またマギーの語録が増えた。とても嬉しい。もっと長く待たされたら、どれほど丁寧な感謝アプリシエイトの言葉を言ってくれるのだろうか。

「君の仕事を待つくらい何でもないよ。いつも俺には親切にしてくれるからな」

「ありがとうございます」

「ところで、昨日頼んだ件は考えてくれた?」

 昨夜のメモで、考えてくれているのは解っているのだが、直接話が聞きたい。

「簡易ベッドとブランケットは今日にも用意できると思いますが、事務手続きの方が今日中に終わるか確定していません」

「そうは言っても、今夜はもう練習場に泊まっちゃいけないらしい。週末はクリーヴランドへ行くから、その時に泊まる場所は確保されてるけど、とりあえず今夜と明日の夜だ。その2日間、俺の居場所がない。新居の契約は月曜に終わるらしいよ」

「はい、それは存じています。今夜と明日はホテルと契約すると聞いていましたが、まだ連絡がないのでしょうか?」

「サウス・バンクのリヴァー・ウォーク・ホテルを使えって言われたけど、自分で予約を入れなきゃいけない上に、代金も自分で持てってよ。今まではただ同然で練習場を住み処に使わせてもらってたし、新居の賃貸料もちゃんと払うけど、そのつなぎの代金を俺が払うなんておかしいと思わないか? 福利厚生部の都合で追い出されたのにさ。念のために言うけど、君を責めてるんじゃないぜ、マギー。君は中立だと思ってるから意見を聞いてみたいだけなんだ」

「申し訳ありません。私はこの件について意見を言える立場にありません」

 さすがマギー。それこそが俺の期待していた答えだ。俺に同情的なことを言っても、福利厚生部の主張が覆るはずがないんだから、ただの慰めにしかならないよな。それに、下手なことを言ってマギーの立場が悪くなっても困る。

「君の正直な意見が聞けてとても嬉しい。今回の俺の依頼の件でも、もし不可能だったら、はっきりとそう答えてもらえると助かる。ただ、時間は今夜までしかないし、君の調停の結果がどうなろうと、今夜、俺は一度はここへ見に来るから、そのつもりで」

心得ましたアンダストゥド。ですが、結果は私が帰宅する前に、あなたへ伝言メッセージとして残すようにします」

「ありがとう。しかし、伝言にはっきり書くと、途中で仲介する奴が変な気を回すかもしれないから、暗号というか、符丁ジャーゴンを決めよう。手続きが無事終わったら『注文の本が届きました』。不調に終わったら『注文の本は品切れでした』。これでどうだろう?」

心得ましたアンダストゥド

「一応言っておくけど、予約の意味の"book"とかけてるんだ」

結構だと思いますサウンズ・グレイト

 マギーがこんな砕けた言葉を返してくるとは思わなかった。掛け詞ダブル・ミーニングが褒められたのも嬉しいが、マギーの"great"が聞けたのはもっと"great"だな。

「ありがとう。君の伝言メッセージを待ってる」

「了解しました」

「そうそう、チア・リーダーの3人がジムを使う件だけど」

「何か不都合があったでしょうか?」

「そうじゃなくて、彼女たちが来るか来ないかを、事前に知りたいって奴がいてね。君から彼女たちに聞いておいてくれると助かるんだ」

「了解しました」

「それも暗号にしよう。君が適当に考えてくれ」

「了解しました」

「ところで昨夜、君がいない間に俺がここに来たことで、何か気になったことはある?」

 マギーが少しばかり首を傾げる。即答しないなんて珍しい。俺の質問はそんなに意表を突いていただろうか。

「特にありません」

「それはよかった。ドアと付箋紙以外は触ってないんだ。ドアの角度は気にならなかった?」

「特に気になりませんでした」

「君が閉めたときとは、少し角度が違ったと思うんだけど」

「いえ、ドア・ストッパーが付いていますから、開放の時は誰が開けても同じ角度になるはずです」

「そうかな。開け方によっては5度くらい違うことがあると思うんだけど」

「しばらく放っておくと、自動調整機構が働いて、同じ角度で止まります」

「知らなかった。今夜確かめてみよう。じゃあ、また今度シー・ユー

「よい一日を」

「いや、忘れてた。ジョークを言うんだった。えーと」

 おかしいな、ここに来るまで憶えてたはずだったんだが、何を言おうとしたんだろう。

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