#14:第5日 (2) ビーチを探せ

「6時だ。朝食に行こう」

 まだ寝ぼけた顔のロレーヌに言う。こんな状態でも、美少女に見えることに感心する。

「……シャワーを浴びていい?」

 好きにしてくれ。部屋は快適で、寝汗をかくほどではなかったはずなんだがな。習慣なんだろう。しかし、着替えはないぞ、どうする。

 メグがバス・ルームに付いて行って、しばらくしたらメグだけが出てきて、スーツ・ケースの中から服を取り出して、またバス・ルームに入っていった。メグの方が身体が一回り大きいので、服は合わないはずだが、ピンで留めたりして何とかするつもりだろう。そういうのは任せておけば安心だ。

 その間に俺も着替える。今日はさすがに着替えが用意されていなかったが、適当に見繕う。メグからダメ出しディスアプルーヴドされたら違うのにすればいい。

 着替え終わったらメグとロレーヌがバス・ルームから出てきて、ロレーヌはそれなりの姿になっていた。メグも着替えている。が、ホテルのスタッフの服ではない。スタッフの姿で、客用のレストランで朝食を摂ってたら、注意されるからだろう。

「そうです。さすがに今日は、一人で朝食を摂る気がしません……」

 気弱でいいことだ。

 プール・サイドのレストラン“六分儀セクスタン”へ行く。カード・キーを提示したが、それで食事ができるのはどうやら俺一人らしいので、二人分の追加料金を室料にチャージしておいてもらう。マルシェのカフェより何倍も高い。

 ビュッフェだが、食べ物を取るときでも二人は俺から離れようとしない。そこまで用心しなくても。

 窓際の席に座って食べていると、ウェイターがメッセージを持って来た。なぜ部屋へ持ってこず、レストランに持ってくるんだ。

 ホテルの用箋に気取った筆記体で"Dear Mr. Artie Knight"とある。メッセージの主は"H.I."。憶えのないイニシャルだが、この世界で俺にメッセージをくれるとしたらマルーシャだろう。本名の“ハンナ・イヴァンチェンコ”に違いない。筆跡が彼女と違うが、電話でメッセージを受けたのをホテルのスタッフが書き取ったんだろう。

 本文は、

  "J had been saved. No penalty. Pay attention afterwords."

  (Jは救助さる。処罰なし。以後も注意を払われたし)

 と簡単なものだ。Jはユディトのことだろう。またメグかロレーヌを拉致しに来るかもしれないわけで、十分気を付けなければならない。そう何度もマルーシャに頼るわけにはいかない。メッセージは二人には見せず、財団からだと言っておく。

「財団って?」

 ロレーヌが訊く。ガキは知らないらしい。それで普通だと思う。「公正としての正義のために行動する、世界的な組織よ」とメグが誇らしげに説明する。ついでに俺の仕事も。ガキは興味がなさそうだ。それで普通だろう。

 朝食を終えて部屋に戻ると、メグは調べ物。ビーチのことだろう。ロレーヌはテラスに出て景色を眺めている。俺はすることがない。ランニングは中止せざるを得ないし、一人でジムに行くこともできない。

 メグがこっそり寄ってくる。ロレーヌに隠れて愛を語り合うのではないが、そのロレーヌについて調べが付いたらしい。

「実は昨日のテニス・コートでも、どこかで見たことがあると思っていたのですが、フランスの有名なファッション・モデルでした」

 ロレーヌ・メレナ・ラローシュ。16歳。4歳からモデルを始めてランウェイを歩き、7歳で子供向けファッション雑誌に登場し、10歳で大人向けファッション雑誌の表紙を飾った。14歳から一流ブランドと契約して、現在はプロのモデル。

 合衆国にも子供を美人コンテストに出場させたがる親がいるが、やってることはそれと変わらんな。昨日見たときから考えてたが、表情が妙に大人びてて不自然なんだよ。生身の人間という感じがしない。まさにアヴァターって感じでさ。前回のモルドバ人の方が断然いいね。

「行方不明になって、日本で騒ぎになってないのか」

「申し訳ありません、日本語が読めなくて」

 日本人は日本語でしかニュースを発信しないからなあ。

「日本で騒ぎになってる、というフランスのニュースは?」

「それも見当たりません」

 親は気にしてないのかよ。あのままユディトに引き回され続けて、パリへ帰れなかったかもしれないんだぜ。とはいえ、無事でも土曜までここにいたら、仮想世界がクローズするから、結局帰れないけどさ。

「親に連絡する方法はあるのかな」

「でも、携帯電話モバイルフォンどころか、荷物を何一つ持っていませんし……」

 そうか、ユディトの部屋にあったんだろうな。ロレーヌをテラスから呼び戻し、持ち物のことを訊く。やはりユディトの部屋に置いてきたと言う。さすがにそれは見逃した。

 少なくともパスポートがないと帰るに帰れないだろう。取り返しに行きたいところだが、話が通じない相手だし、昨夜とっちめたパニッシュことを根に持ってるだろうし。

 留守の間に盗みに行くのも、メグやロレーヌには見せられない姿だ。またマルーシャに頼む? でも、マルーシャにそう何度も頼るわけにはいかないって、さっき決めたところだぜ。情報だけは集めておいてもらうかなあ。

 それはもう少し考えるとして、ビーチのことをメグに訊こうか。

「この辺りではこのホテルの前のビーチや、向こうのアンス・ヴァタ・ビーチが有名ですが、そこでないとすると……」

 綺麗な白いビーチは各離島に点在しているらしい。


  パン島イル・デ・パンのクト・ビーチとカヌメラ・ビーチ。

  マレ島のワバオ・ビーチ。

  リフー島のロンガニ・ビーチ。

  ウヴェア島のムリ・ビーチ。

  アメデ島。


 パン島イル・デ・パンの二つのビーチは既に見た。マレ島、リフー島、ウヴェア島はグランド・テール島の北東にあるロワイヨテ諸島の島々で、どれも日帰りが可能。最後のアメデ島はヌーメアの南方12マイルにある小さな無人島で、灯台が建っていて、これも日帰りツアーがある。

 他にノカンウイ島もあるのだが、メグがロレーヌにその光景を語ったところ、「そんなに小さい島じゃないと思う」という答えが返ってきた。弓なりに曲がっていて、とても大きく見えたと言うが、10年ほど前の思い出だけに、美化や誇張が入ってるだろう。

 もしかしたら、昨日行ったメトル島という可能性もある。しかし、俺が一番可能性が高いと思っているのは、ウヴェア島のムリ・ビーチだ。昨日、日本人からヒントをもらったばかりだからな。

「ウヴェア島ならすぐに出発しないと、飛行機が行ってしまいます。パン島イル・デ・パンと同じで、朝と夕方にしか便がないので……」

「でも、ここは国内線に乗るのにもパスポートが必要だろう? ロレーヌが乗れない」

 メグが困り果てている。別に、君が困ることじゃない。それより、当事者のロレーヌが平気な顔をしているのはどういうことだ。自覚が足りんぞ。

「とりあえず、今日はアメデ島に行こう。このまま一日、ホテルに閉じこもっていたくはないし、ロレーヌがパスポートなしで行けるのはそこくらいだ。ユディトに会う可能性も低い」

 アメデ島に行くとしても、もう出ないといけない。ツアーの船はモーゼル港から発着していて、出航は8時半だ。メグが問い合わせると、空きがあったので予約する。ついでにタクシーも呼ぶ。

 待つ間に、ユディトの動向を探る。ル・ラゴンに電話して「ユディト・ディオスにつないでくれ」と頼む。名字は昨夜、カメラ・バッグに書いてあったのを見た。

「マドモワゼル・ディオスは先ほどチェック・アウトされました」

 何だと! 行方をくらまされたか。これはまずいな。またマルーシャに頼ることになるか。

 しかし、彼女だってターゲット探しに忙しいだろうし、俺が一人で行動できるのなら見つけ出せると思うんだがなあ。

 とりあえず、マルーシャへメッセージを残しておこう。タクシーはヒルトン前を通るので、そこでちょっと寄ってフロントレセプションへ託せばいい。

 ヒルトンに着くと、タクシーから絶対降りないように二人へ言い、フロントレセプションへ行く。


  "Tell me if you have any info about J's activity."

  (Jの活動について情報乞う)


 わざと紛らわしい表現を使っておいたが、マルーシャなら解ってくれるだろう。

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