#14:第4日 (9) 突入作戦

 それでも、これは俺一人の問題だ。マルーシャには関係がない。

「君を巻き込むのは気が進まない」

「なら、私が勝手に付いて行くだけよ」

 マルーシャが平然と言った。一体、何が彼女をそう思わせるのか、俺には解らない。

 ガルフピッゲンで俺が彼女を救ったのは、帝国騎士としての矜持からだった。彼女を救うなという、教授からの警告に逆らってでも救うのが、俺の務めだった。明文化されているわけでもなく、俺の中の義務に従って、俺は動いた。

 彼女も、彼女の中の行動原理を持っている。だから俺は彼女の行動を止められない。

「君の意志に任せるが、巻き込まれて怪我をしないように気を付けてくれ。俺も気を付ける」

「いいえ、あなたと、あなたの大事な人は、私が守るわ」

 マルーシャはメグがトラブルに巻き込まれたことに気付いている!

 冷静に考えれば、当たり前のことだろう。俺がメグを放ったらかしにしたまま、血相を変えて会いに来て、他の競争者コンテスタントの居場所を教えろなんて、言うわけがない。俺とメグがいちゃついてフラーティングるところを見てるんだから。しかし……

「どうして君がそこまでする?」

「それがティーラのためになることだから」

 ティーラのために? しかし、メグがいなくなる方が、ティーラのためになるんじゃないのか?

 俺とメグが結ばれたら、ティーラは失恋だ。悲しみのあまり、修道院に入るって言い出すかもしれない。とはいえ、メグとティーラが同時に登場するステージってのは、なかなか考えにくいが。

 それとも、俺が失格になると二度とティーラに会えなくなるから、そっちを心配している? そういうことだろうな。

 とにかく、ル・ラゴンへ向かおう。

美少年アドニスはどうした」

 いらだった気持ちを紛らせるために、雑談をする。

「部屋で留守番してるわ。外へは出ないように言って」

「彼はきっとキー・パーソンなんだろうな」

「そうよ。役割はまだ言わないでおくけれど」

「聞いたって役に立たないよ。俺はヴァケイション中だからな」

 ル・ラゴンはヒルトンのすぐ北隣にある。ラゴンというのは礁湖ラグーンのことに違いないが、地図で見る限りラグーン・プールは小さいものだ。そんなこと、余計なお世話だろう。

 ホテルに入ったが、もちろんフロントレセプションには寄らず、あたかも泊まり客のような顔をしてロビーを横切り、エレヴェーターに乗る。隣にいるマルーシャは、まるで俺のパートナーのような態度だった。

 目的の階に着き、目的の部屋の前に立つ。確かに電子ロック。さあ、どうやって開けようか。それに、ドアの中にはU字ロックスイング・バー・ドア・ガードかドア・チェーンがあるはず。

 体当たりヒットをすればぶっ壊せるかな。L Bラインバッカーなら吹っ飛ばす自信はあるが、ドアに体当たりヒットするのは初めてだ。

「少し待って」

 ドアをノックしようとした俺の手首を、マルーシャが掴んだ。冷たい手だった。そして小脇に提げていたバッグの中から何かを取り出す。

 カードと……何かの電子機器。カードはル・ラゴンのキー・カードか? なぜそんな物を持っている。そしてそれを電子機器に通して……

「これで電子ロックは開くわ」

 キー・カードを渡された。いや、どうしてそんなことができるんだ? しかもどうしてそんな物を持ち歩いてる?

 次にバッグの中から……小型の自動拳銃オートマティック・ピストル!? そしてその筒は……消音器サイレンサー!? 何をするつもりだ。俺はユディトをぶちのめしに来たが、頭を吹っ飛ばすつもりはないんだぜ。

「ドアを開けて。中のロックドア・ガードは私が破壊するわ。入ったらダイニング・ルームで、奥を左に行くとベッド・ルーム」

 どうして部屋の造りまで知ってるんだよ。誰が首謀者なのか、判らなくなってきた。

 しかし、おかげでだいぶ落ち着いてきた気がする。自分よりぶち切れてそうな奴を見ると、怒りが鎮まるってのはやっぱり本当だった。

 ともかく、ドア・ノブを掴んで、キー・カードをかざす用意をする。マルーシャが俺の肩越しに銃を構える。消音器サイレンサーでどれくらい音が抑止できるのか、俺にはよく解らないが、耳栓が必要ない程度ということでいいだろう。

 気を落ち着かせるために、呼吸を整える。逆転を目指すドライヴを始めるときでもこれほど緊張はしないが、FBIの人質救出チームが突入するときはこういう気分なのかと思う。というか、いつ廊下に他の宿泊客が現れるか判らないので、さっさとやった方が良さそうだ。

 キー・カードをドア・ノブの根元にかざす。赤ランプが緑に変わる。ドアを少し開けるとマルーシャが銃を撃つ!

 消音器サイレンサーの威力は大したもので、銃の内部のバネの駆動音くらいしか聞こえなかった。ロックドア・ガードが吹っ飛び、ドアを大きく開けて突入する。

 ベッド・ルームの入り口に立つと、中にいた女がようやくこちらを振り向いた。カメラを構えている。撮ることに夢中になっていたらしい。素早くベッドを見ると、そこにはメグのあられもない……ことはなく、単にシャツの裾やスカートが乱れたまま寝ている姿があった。気を失っているようだ。

「誰よ、あんた! 泥棒!」

 ご挨拶だな。泥棒はお互い様だろうが。どうやらユディトは俺のことを憶えてないらしい。美しい女以外、目に入らないって? それとも、美少年や美青年なら目に入るのかね。

俺の妻マイ・ワイフを返してもらいに来た」

 言ってやったぜ。というか、言うが早いがユディトに駆け寄って、腕を掴んで捻り上げ、後ろに回り込んで羽交い締めにする。ぶちのめさないだけありがたく思え。

「人殺し! 強盗! 誰か来て! 助けて!」

「いい部屋だな。さぞかし防音も完璧だろうよ。大声出したって誰も来るもんか。だいたい、人が来たら困るのはお前だろうが、この拉致犯アブダクター!」

 声は出さなくなったが、恐ろしい力でジタバタと暴れて逃れようとしている。朝、見かけたときは理知的な容姿の女だったが、今は狂気の表情だ。

 さて、どうすればいいだろう。俺はマルーシャのように、的確なところを殴って気絶させるなんていう技は持ってないし、縛るためのロープはないし。

 ところで、マルーシャはどうしているのかと見ると、ベッドの横でメグの様子を見ているらしい。診察でもしてくれているのか。それから両脚に何かを通して……ちょっと待て、それはアンダー・スコート? 脱がされてたのか!?

 そうか、だからさっき、スカートがまくれてるだけでやけに艶めかし、いや、それはともかく、まさかその姿をユディトが写真に!? 何てことしやがるんだ、この変質者パーヴァート

 羽交い締めでは気が済まなくなって、壁に顔から押し付けて後ろ手を捻り上げる。

「痛い! 腕が折れる! 人殺し!」

 うるさい、腕の一本くらい折ったって殺人にはならんし、失格にもなりゃしねえよ。

 しかし、本当にどうしてやろうか。考えていたら、マルーシャが寄ってきて、白い布を取り出したかと思うと、あっという間にユディトに猿ぐつわを噛ませてしまった。

 それから結束バンドケーブル・タイで足を、そして次に手を……何という手際のよさ。君、もしかしてそういうことのプロ?

 そもそも、どれだけ用意がいいんだよ。俺は君に会うまでに、ユディトの部屋に押し入るとか身動きできなくするとか、一言も話してないのにどうして道具が全部揃ってるんだ?

 結局、ユディトはそのままバス・ルームの空の浴槽バス・タブに押し込んだ。これで当分身動きできないだろう。後でホテルのスタッフに連絡して、救出させればいい。

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