#14:第4日 (8) 全てを知る女

 とにかく、電話作戦はマルーシャを探すことに切り替えだ。もちろん、一流ホテルに泊まってるだろう。それなら数は一桁だ。あるいは、このル・メリディアンに泊まっているかもしれない。パン島イル・デ・パンでは同じホテルだったからな。

 フロントレセプションに電話して訊いてみた。しかし、いなかった。次は他のホテル。近いところからだ。

 まずは隣のシャトー・ロワイヤル。「アーティー・ナイトという者だが、そちらに泊まっているマリヤ・イヴァンチェンコに取り次いでもらいたい」。丁寧に断られた。

 ヌヴァタ。同じことを言ったら、やはり結果は同じ。次はラマダ・プラザ。同じ。次はヒルトン。

「お調べいたします。少々お待ちください」

 これは宿泊している時の答え方だ。部屋に電話して、取り次ぐかどうかを相手に確認してるんだろう。

「ご不在でしたので、伝言メッサージュがございましたらお伺いして、お伝えいたします」

「すぐに会いたいので、これからそちらのロビーに行って待っていると伝えてくれ」

 ソファーのところに戻って、ロレーヌに告げる。

「俺はこれから出掛けてくるが、君はこの部屋にいろ。U字ロックスイング・バー・ドア・ガードをかけて、俺以外の誰も入れるな。ノックがあっても返事するんじゃない。電話にも出るな。解ったな」

「どこ行くの?」

「大事な用事だ」

ダメパ・ビアン! 行かないでネ・パザリ!」

 飛び付いてきて、抱きしめられた。なんでこんなに懐いてるんだよ、鬱陶しい! 催眠術をかけすぎたか。

「ヘイ、聞け、ロレーヌ。車に乗せられた淑女レディーは、俺の婚約者フィアンセなんだ。君の代わりに連れ去られた。だから俺は助けに行かなきゃならない。君も一緒に来るなら、連れて行ってやるが……」

 俺のワイフだったのが、俺の婚約者フィアンセに一歩後退してしまった。なぜそう言ってしまったのかは俺自身でもよく解らない。メグを妻のように思っているはずなのに。しかし、そんなことを気にしている場合ではない。

「行かない! 怖い、行かない……」

「じゃあ、ここで待ってろ。俺は婚約者フィアンセも助けるし、君も守る。必ずだ。俺を信用しろ」

「私を守ってくれるの?」

「守るよ、必ずだ。だからここでおとなしく待ってろ」

「必ずよ? 約束よ?」

「約束するよ」

 ようやく離れてくれた。熱っぽい視線になっていて、さっきよりも美人度が上がった。ガキのくせに、色っぽい仕草しやがって。どうもそういうのに慣れてる気がするな。あるいはプロの少女モデルか。

「隠れていた方がいい?」

「居場所は好きにしろ。だが、できれば向こうのラウンジ・エリアにいてくれ。腹が減ったら冷蔵庫からスナックでも出して食べてろ」

 俺だって腹が減ってるんだぞ。今日もメグと一緒に夕食へ行けると思ってたのに、ぶち壊しやがって。いや、ロレーヌのせいじゃないのは解ってるんだ。

 ともかく、ロレーヌを置いて部屋を出る。出る時にロレーヌを呼んで、ロックドア・ガードをかけさせる。もちろんこれだって“すごい力”でドアを開けたらぶっ壊れるのだが、かけてないよりはましだろう。

 ヒルトンまでは約1マイル。走って行ってもいい距離だが、気がいているので、ホテル前に1台だけ停まっていたタクシーを利用する。

 5分で着いて、ロビーに飛び込み、フロントレセプションでマルーシャのことを訊いてみたが、まだ部屋に戻った様子はないとのこと。夕食にでも行っているのだろうか。もちろん、そうするのが当然の時間帯であって、早く帰って来いなどと言える義理もない。

 落ち着いて待っていられなくて、外へ出る。道路を渡ってビーチの方へ。夜のビーチは灯りに乏しいが、二人組ペアが歩いたり座ったりしている。夕方までは俺とメグもあんな風に楽しく過ごしていたのに。そういえばロレーヌを見かけたのもこの辺だった。写真家フォトグラファーめ、絶対に許さんぞ。

 訳もなく、道を右往左往する。一人でこんなところをうろついていると、不審がられるかもしれないが、立ち止まることもできない。フットボールで、終盤の負けそうな時にサイド・ラインで待っている間よりもやりきれない。

 なぜだろう、フットボールでは残り時間が見えているからだろうか? 今はマルーシャがいつ帰ってくるか判らないから、焦っているのだろうか? ホテルに戻ってこないことなんて、あり得ないのに。

 しかし、その間にメグがどんな目に遭わされているのかと心配するからだろうか。どんな目に……そう、どんな目に!

 フットボールでは、リードされたまま時間が過ぎ去れば、負けるしかない。自分とチームが負けるだけだ。

 今は何が起こるか、それも俺の身ではなく、俺の愛する淑女レディーの身に何が起こるか判らないから、不安なのだろう。自分以外に守らなければならないものがある時、その覚悟ができていない者は動揺するのだ。

 俺はメグと再び会えたことに喜んでいただけで、その喜びを守らなければならないことを忘れていた。たとえこのヴァケイションの間だけでも、いやその短い間だからこそ、全力で守らなければならなかった。

 しかし、俺は耐えるぞ。この不安と苦しさに耐えて、絶対にメグを奪還する。そのために、ライヴァルを頼らなければならないというのは情けないことだが、たとえどんな代償を払っても……

「私を探しているのかしら」

 おわっゴッシュ、驚かすんじゃねえって! 振り返ると、マルーシャが立っていた。

 暗い道端なのに、彼女だけが月明かりに照らされているかのように輝いて見える。後光ヘイローが射すというのはこういうことか。トレドの時もこんな感じだったな。

 しかし、なぜ君はここに俺がいることに気付いて、なぜ俺が君を探していることが判ったのか。

「ああ、君を探していた。緊急の要件なんだ。君に一つ、教えてもらいたいことがある」

「私が知っていることなら答えるわ」

 冷たい言い方だが、今は断られないだけでも助かる。彼女は食事の同席以外、ほとんど断ることがないから。

「ユディトという競争者コンテスタントを知っているか。そいつの居場所が知りたい」

「ホテル・ル・ラゴン」

 即答だな。さすが。この調子じゃ、俺がル・メリディアンに泊まってることも知ってるだろう。

「部屋番号を知ってるか」

「ええ」

 教えてもらった。この調子じゃ、俺の部屋番号も知ってるだろう。

「ありがとう。助かった。この借りはいつか返す。それじゃあ、また」

「待って。彼女に会いに行くの?」

 まさかマルーシャがそんなことを訊いてくるとは思わなかった。

「そうだ。とても大事な要件でね。心配するな、不必要な乱暴行為アンネセサリー・ラフネスをするつもりはない」

 いや、もしメグが傷付けられていたら、ぶちのめす。絶対にぶちのめす。顔の形が変わるくらいなら、失格になることはないだろう。いや、失格になったって構うもんか。

「部屋を訪ねても、彼女はドアを開けないでしょう。それに電子ロックだから、あなたはピッキングで開けられない」

 どうしてそんなことまで知ってるんだよ! この調子じゃ、俺の部屋にロレーヌが隠れてることも知ってるんじゃないか?

「いや、何とかして会う。どうしても会わなきゃならないんだ。理由は訊かないでくれ」

「訊かないけれど、私も付いて行くわ」

「どうして」

「あなたに一度、失格になりそうなのを助けられているから」

 不必要な乱暴行為アンネセサリー・ラフネスはしないって言ったのに、その場になったら俺がぶち切れるゴー・マッドかもしれないのを心配してるって? そうかもしれないな、何しろ元は“狂犬マッド・ドッグ”だ。今回は呪文スペルでも抑えられないかもしれない。つまり、それだけ俺が切羽詰まった顔をしてるってことだろう。彼女には、頭の中で考えてることすら隠せない。

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