#14:第4日 (10) 美女と美少女

 さて、メグを連れて帰らなければ。しかし、マルーシャは床に転がっていたカメラを拾って、俺に渡す。

「不適切な画像があれば削除するか、それともメモリー・カードごと抜き取って処分するか、好きにして」

 そうか、ユディトはこのカメラでメグの“不道徳インモラルな”写真を撮っていたんだった。メグの名誉を守るためにも、そんな画像を残しておいてはいけない。どんな写真を撮ったのか、ほんのちょっとだけ興味はあったが、見ないでおこう。

 全削除しても復旧させる方法はあるはずなので、メモリー・カードを抜くことにする。カードはこれ一枚だろうか。カメラ・バッグを持っているようなので、中にある全てのカメラからカードを抜き取り、予備らしきカードも全部もらっておく。焼却処分した方がいいな。

 それからマルーシャが女物のバッグを俺に手渡す。これはメグのだ。そうか、これも持ち去られてたんだった。

 しかし、マルーシャはどうしてこう、何から何まで気が付くんだろう。俺が自分の力でやったのは羽交い締めだけじゃないか。

「多大な協力に感謝する。この借りは必ず返す」

「私からあなたへの借りの方が多いわ」

「過去の貸し借りはなかったことにしよう」

「そんなこと、できない」

 どれくらい貸してることになってるのやら。

「その話は後にしよう。俺はメグを連れて帰らないと」

「鎮静薬か睡眠薬を投与されているわ。おそらくベンゾジアゼピン系薬物。拮抗薬を投与すると早く目が覚めると思うけれど」

 どうしてそんなことまで判るんだよ。君は医者か。

「まさかその薬を持っていると言うんじゃないだろうな」

「持ってるわ。フルマゼニル。睡眠薬を投与されたときの対策として」

 対策ねえ。そういえば、ガルフピッゲンの山小屋で、睡眠薬で眠らされたことがあったな。あの後に対策を考えたのか。いや、あの時から持っていた可能性もあるな。

「絶対に安全なら投与してやりたいが、メグがどんな体質の持ち主か判らないから、やめておく」

「それがいいかもしれない。ずっと眠らせていると写真が撮りにくいから、ユディトがもう投与したかもしれないし」

 メグの身体をベッドから起こし、背負う。判っていたけど、とても柔らかい身体だ。髪から香水のほのかな香りと汗の臭いが漂う。今さらながら、とても愛おしく感じる。

 部屋を去り際に、ドアのロックドア・ガードを見る。根元から綺麗に外れていた。

「この弁償はユディトにさせよう」

「当然だわ」

「ところで、今回の俺たちの行動は共謀に当たるのかな」

「ターゲットの話なんて一言もしてないし、彼女がヒントを得るための行動を阻止したわけでもないわ。むしろ、人倫にもとる行為を制止する社会的正義を果たしたと思う。そういう点で、彼女には何らかのペナルティーが科される可能性がある。後で裁定者アービターに確認して、あなたにも知らせるわ」

 本当にもう、至れり尽くせりだな。

 ホテルを出るときに、メグを背負っていたら怪しまれてしまうので、非常口を使うことにする。誰にも見られず外に出て、ヒルトンまで歩く。タクシーを拾おう。

「ところで君は別のステージでメグに会ったことがあるそうだが」

「ええ」

「その時はリタと名乗っていたらしいな」

「ええ、そう」

「コンシエルジュとして役に立ったかね」

「とても。彼女はその時、ターゲットの重大なヒントを持っていたわ」

 またかよ。オーストラリアでもターゲットに絡んでたし、どうしてメグはそんな重要な役割を持たされるんだ。まさかここでも何か知ってるんじゃあるまいな。

「君と話をしたがっているようだから、最終日までに余裕があったら相手をしてやってくれるとありがたい」

「私も彼女と話したいわ。二人きりで」

 ずいぶん気に入られてるな。俺のことについて何か忠告アドヴァイスでもするつもりか。そんなことになったら、ますますメグにコントロールされてしまう。嬉しいけど。

 マルーシャと別れ、タクシーでル・メリディアンへ戻る。降りるときに、メグの意識が戻りかける。マルーシャの言ったとおりになった。

「アーティー……ミスター・ナイト……」

 俺のことをファースト・ネームで呼んでくれるのは個人モードの時だが、呼び直したので仕事モードに戻ろうとしているようだ。意識を失ったのが仕事モードの時だからな。

「安静にしてな。君は睡眠薬を飲まされたんだ。ここはホテルだ。ル・メリディアン。部屋まで連れて行ってやるから、おとなしく背負われてくれ」

かしこまりましたサータンリー……ありがとうございます……」

 再びメグを背負うと、夜の時のようにしっかりと抱き付いてきた。睡眠薬のせいか、多少腕の力は抜けていたが。

 部屋へ戻り、電子ロックをキー・カードで解除するが、もちろんロックドア・ガードがかかっていてドアは開かない。

「ヘイ! 俺だアイム・バック! アーティーだ!」

 ドアの隙間から中に呼びかける。なぜだか反応がない。ロレーヌは怖がっていたはずだが、まさか寝てしまったのだろうか。もう何度か呼びかけると、ようやく中で人が動く気配がした。隙間からロレーヌが、恐る恐るという感じで目を覗かせる。

俺だアイム・バックロックドア・ガードを外してくれ」

 言ってからドアを閉めると、中でスイング・バーを外す音がする。そしてこちらから開けるまでもなく、中からドアが開いた。

 ロレーヌは俺に抱き付いてこようとしたが、既に後ろからメグに抱き付かれているので、掴まるところがない。それでも身体に手を巻き付けてこようとする。やめろ、さっさと中へ入らせてくれ。ロレーヌの身体を押しながら中に入る。

「……キ・エ・ス?」

 メグのことを憶えてないのか。あの時は顔を見るどころじゃなかったって?

「君の代わりに連れて行かれた淑女レディーだ」

「……誰ですかフー・イズ・シー?」

 今度は後ろから声だ。頼むから、少女売春と間違えないでくれよ。

「君の前に拉致されてた少女だ。順を追って話す。まず君のことからだ」

 背中から降ろして、優しくベッドに寝かせる。メグは夢うつつの視線で俺を見つめていて、それがあまりにも色っぽいので、このままベッドになだれこんでしまいたい気がする。

 そこを何とか我慢して、まずはメグの身体を楽にしてやりたい。しかし、よく見たらシャツの胸ボタンは全部外れてるし、後はスカートのホックを外すくらい? ロレーヌが見てるけど、まあ外しておくか。

「気分はどうだ? 頭が痛いとか、吐き気がするとかは?」

「頭痛が少し……でも、他は眠気くらいです……」

「何か飲むか。ちょっと待ってな」

 隣のラウンジ・エリアに行って冷蔵庫を開ける。こういうときはジュースよりも水がいいのだが、寝ながら飲むにはボトルよりも紙パックボックスの方がこぼさないので、オレンジ・ジュースを取り出して、ベッドに戻る。

 ストローを挿して、メグに咥えさせると、力なく飲んだ。いつの間にやらロレーヌがベッドの上に座り込んで、メグの顔を見下ろしている。メグもジュースを飲みながら少女を見る。

「……彼女は誰ですかフー・イズ・シー?」

 やっぱりそっちが気になるのか。なるべくかいつまんで説明しないとなあ。

「まず、君のことからだよ。何が起こったか憶えてる?」

「憶えてるのは……テニスがとても楽しかったのと……」

 もっと混乱するのかと思ったら、あっさりと事件の直前まで戻ったな。テニスがよほど楽しかったんだろう。

 しかし、この場を改めて見ると、テニス・ウェア姿の美女と美少女が、ベッドにはべっている。どう考えても異常な光景だ。もう一生ないだろう。いや、二人を同時に相手するつもりはさらさらないけど。

「終わってから、君はクラブ・ハウスへラケットを返しに行ったんだ」

「はい、そうです……ちゃんと返しました……」

「クラブ・ハウスを出る前に、誰かと会ったんじゃないか? 女かな」

「はい……お顔は、思い出せませんけれど……」

 ホテルのスタッフだけに、顔を憶えるのが習性なんだな。思い出せないとプロの意地が許さないのだろうか。

「思い出さなくてもいいが、その女と何か話をしたろう?」

「そうです……道を、教えて欲しいと……どこまでだったか、思い出せませんけれど……」

 いや、どこまでかなんて思い出さなくていいから。

「その後は?」

「……思い出せません」

 そこまでか。その後、どうにかして気絶させられて、ついでに睡眠薬も打たれて、車に連れ込まれたんだろう。

 もしかしたら、ウアン・トロ公園の方に車を停めていたのかも。そこだと俺の待っていた場所からは死角になる。

 まあ、今の時点で無理に思い出させることはない。一晩寝てから考え直したら、他に思い出すこともあるだろう。

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