#14:第4日 (7) 写真家を捜せ
「
まだ動かずに、できるだけ優しい声で訊く。しばらく躊躇した後で、少女が答えた。
「ロレーヌ……」
「OK、ロレーヌ、キー・カードはどこに持ってる?」
少女が無言で、シャツの左の胸ポケットを見た。が、目を動かしたのは一瞬だけだった。そこにキー・カードが入っているのは、判っていた。メグよりもヴォリュームのない胸の盛り上がりが、ポケットのところだけカードの形になっていたからだ。
ただし、彼女の胸の大きさに興味はない。右手を差し出すと、少女が胸ポケットからカードを取り出し、ゆっくりと歩いてきた。そして俺の手の上にカードを置く。しかし、カードはまだ受け取らないでおく。
「これを誰から渡された?」
少女は何も答えないが、俺の目を見たままでいる。手も俺の方に差し出して、カードを持ったままだ。しかし、十分に催眠術がかかったと思うので、カードを受け取り、さっきまで少女が隠れていたソファーの方を指差す。そこへ戻って座れという意味なのだが、理解してくれたようだ。少女の後をゆっくりと追いかけ、少し間隔を置いて俺もソファーに座る。
改めて見ても、
青ざめておびえた感じでこの美しさだから、機嫌が直ったらどんな美しさを発揮するか判ったもんじゃない。しかも16歳から18歳くらいのくせにこれだ。将来はどうなるんだろう。そういう評価はさておき、メグのことだ。
「どこから来た」
「パリ……」
遠いな。いや、そういうことを訊いてんじゃねえんだよ。
「さっきまでテニスをしていたな? その後、どこへ行っていた」
「
「ずっとテニス・コートの近くにいたのか」
「
「どこかで待っていたんだな。どこだ」
「車の中……」
車なんて停まってただろうか。駐車場はなかったはずだし、憶えがないが。
「それで?」
「ユディトとヴェロニカを待っていたら、しばらくしてユディトだけが
それがメグだな。しかし、
「カメラを持っていたのはどっちだ」
「ユディト」
「君とテニスをしていたのがヴェロニカか」
「
「ヴェロニカはどこへ行った」
「知らない……帰ったのかも……」
「テニスの時だけ一緒にいたのか」
「そう」
「ユディトが
「女の人は、私の隣……車の後ろに乗せられたけど、気を失ってて……バッグが放り込まれたときに、たまたまカードが落ちて……」
「それがここのキー・カードだった」
「そう」
カードにはホテル名と部屋番号が入っているから、簡単に部屋が見つけられたわけだ。
「それから?」
「逃げた……」
よく解らんな。車って、中からなら簡単に開けられるだろ。どうして一人で待ってる間に逃げなかったんだ。逃げても追いかけられて捕まると思ってたのか。
メグが連れて来られたんで、身代わりができたと思って逃げてきた? なかなか残酷な美少女だな。
とにかく、メグはそのユディトって女に拉致されたわけだ。どこにいるか、聞き出さないと。見つけたら絶対許さんぞ。メグに傷を付けたら同じことをしてやる。
しかし、ロレーヌが怪我一つしていないところを見ると、傷を付ける気はないようだな。
「テニス・コートに来るまではどこにいた」
「ホテル」
「どこの」
「名前を知らない……」
じゃあ、どうやって泊まってたんだよ。
「ユディトが一緒に泊まってたのか」
「そう」
「ホテルを見れば思い出す?」
ロレーヌは答えず、身を震わせた。ホテルのことを思い出すだけで、嫌な感じがするのだろうか。ユディトはロレーヌに何をしたんだ? 写真を撮ってただけじゃないのか。想像するのも恥ずかしいようなことをされ、いや、それはどうでもいいとして。
しかし、ホテルのことを思い出せないようじゃ、部屋番号だって憶えてないだろう。鍵も持たされてないに違いない。だが、メグがロレーヌの代わりにユディトの部屋へ連れ込まれたのは間違いないだろう。それをどうやって探すか。ホテルがどこかだけでも、何とかしてロレーヌから聞き出すしかないな。
「朝、アンス・ヴァタのビーチで写真を撮られていたな。あそこはホテルから近いのか」
「たぶん、遠い……」
「ビーチまでホテルから車で来た?」
無言でロレーヌが頷いた。ホテルのことを思い出すのがどうしても嫌らしい。しかし、メグを救い出さなきゃならないのに、そんなことでは困る。
ヌーメア市内の全てのホテルに電話して、ユディトって女が泊まっているか訊いてみるか。いや、「宿泊客のユディトに電話をつないでくれ」の方がいいかな。泊まっているならつなぐと言ってくれるだろうから、偽名を名乗って、相手が出る前に切ってしまえばいい。
それにしても、もう少しホテルの数を絞らないと。地図を見てみる。ホテルがあるのはこのウアン・トロ地区と隣りのアンス・ヴァタ地区、それから……後はろくにないじゃないか。サントル・ヴィルとその近くにいくつかあるくらいだ。
ん、このホテルはもしかして?
「そのホテルはココティエ広場の近くにある?」
「判らない……」
それすらも判らないのかよ。ホテルに監禁でもされてたのか。もし答えがイエスだったら、ホテルは二つに減っていた。しかもそのうちの一つの名前は“ホテル・ル・パリ”、フランス風に発音するなら“オテル・ル・パリ”。発音はどうでもいいとして、ロレーヌが言った「パリ」がこのホテルのことを指している可能性は……あるかなあ?
とりあえず、そこに電話してみる。電話番号までは地図に書いていないので、
「そちらに泊まっているユディトに電話をつないでくれ」
「あいにく、そのようなお客様はおられません」
外したか。勘違いだったと詫びて電話を切る。同じことを他の十数ヶ所のホテルにもする? それはどうにも冴えないぞ。もう一度ロレーヌに訊く。
「どうしてホテルの場所が判らないんだ?」
「だって……ホテルの外へ出る時は、目隠しをされてて……」
そういうことか。近くに行く時でも、場所を知られないために、車でその辺を一回りして、とかの面倒なことをやっていた可能性があるな。
そうまでしてホテルの場所を知られたくなかった理由って何だ。しかしとにかく、それだとロレーヌを連れて行っても判らないということだ。
それに、そこまで用心深いとしたら、外からホテルに電話がかかってきても取り次がないでくれと
待てよ、ロレーヌに催眠術がかかったってことは、キー・パーソンだよな。ということは、ユディトは
そして、マルーシャは他の
全くどうかしてるぜ、俺も。こんなことを思い付いちまうとは。マルーシャとはなるべく近付きたくないと思ってたのに、まさかメグを助けるための頼みの綱にしようとは。
しかし彼女なら、俺がホテルに電話しても、取り次ぎを断ったりしないだろう。貸し借りはないはずだが、ある種の友好な関係にあるからな。
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