#14:第4日 (6) ハイド・アンド・シーク
6時になって、日が暮れてきた。照明灯は点かないようなので、もうやめることにする。用具を返してきます、とメグが言って、クラブ・ハウスへ行ってしまったので、外でしばらく待つ。
メグとテニスができて、楽しかったけれども、近くで見る機会が少なかったのが残念だ。メキシコの時のように、ダブルスを組んで、メグを
いろいろと妄想は尽きないが、なぜかメグがなかなか戻って来ない。用具を破損したとかで、文句を言われているのだろうか。まさか。
もちろん中古品だったが、ラケットをコートに叩きつけたりはしなかったし、俺たちの少し後にプレイを終えたフランス人のペアは、先に出て来てどこかへ行ってしまった。
ずっと前に終えたと思っていたカメラ女がうろうろしていたのは、どういうことだかよく解らないけれども、とにかくメグはクラブ・ハウスから出て来ない。
仕方ないのでクラブ・ハウスへ行く。しかし、ドアは閉まっていた。なぜだ。
建物の周りをうろついていたら、職員らしき中年の女がいた。裏口から出て戸締まりでもしていたのだろう。メグのことを尋ねる。オーストラリア人で、ブルネットのショート・ヘアで、25歳くらいで、とびきり可愛らしい顔の淑女がついさっきここへ来たはずだが?
「ええ、いらっしゃいましたが、10分ほど前に出て行かれましたよ」
冗談だろ。この建物の出入り口は、正面の1ヶ所だけ? いや、この裏口のことは見れば解るけど。
「ここを出ると、そっちへ行くしかないんじゃないのか?」
つまり、さっきまで俺が待っていたところに。
「いいえ、あっちのプールの方へも行けますよ。でも、プールは5時過ぎには閉めたはずですけれど」
コンクリート造りの建物があって、おそらく更衣室やシャワーもあるのだろうと思われる。メグがそちらへ行った可能性はあるか? あったとして、何をしに?
メグが俺に黙ってそこらをうろちょろするなんて、あり得ない。プールに何か用があるのなら、俺のところに戻って来て、一声かけてから行くはずだ。
しかし、とりあえず女に礼を言い、プールの建物の方へ行ってみた。裏口があったが、女が言ったとおり、錠が下りていた。そもそも、プールの入り口はこちらではなくて、北の、道路に面した側から入るはずだ。それにメグはここに用なんてないはずだし。
もう一度、テニス・コートの方へ戻る。誰もいない。日没の時間が近づいて、だいぶ暗くなってきた。
メグはどこへ行ったのか。俺が先にホテルへ戻ったと思って、どこか俺の見えないところを通って、行ってしまったのだろうか? 考えにくいが、ここにいないのなら、思い付くところを探すしかない。ひとまずホテルに戻ろう。
ホテルの他のスタッフに訊こうと思ったが、メグは元々ここのスタッフではないので、顔どころか名前を知らない者も多いに違いない。常に俺に侍っていて、他のスタッフとは完全に別行動だからな。
まず、部屋を探そう。キー・カードでドアを開けて、中に入る。思えば俺がこのドアをキー・カードで開けたのは初めてのことだ。昨日から、毎回メグが開けてくれた。それはともかく、壁のカード・ホルダーを見たが、カードは挿されていない。挿さないと灯りが点かないから、メグが戻ってきているのなら挿してあるはずだろう。
とりあえず、俺のカードを挿して、灯りを点ける。バス・ルームを覗いたが、いない。続いてベッド・ルーム。何てこったい、ベッドのブランケットの中に、明らかに誰かが潜り込んでいる。隠れているつもりだろう。
しかし、メグがこんなつまらないことをするか? 個人モードならともかく、仕事モードでするわけがない。だが、誰かがそこにいるんだから、確かめないといけない。
足音をさせずにベッドに近付き――特に静かに歩かなくても極上のカーペットのおかげで音がしないのだが――、ブランケットをまくる。テニス・ウェア姿の女が丸まっていて、スカートに包まれた尻が見えているが、メグの尻じゃない! しかも、これはさっきテニス・コートにいた、美少女の尻じゃないか?
「ウプス!」
その尻の持ち主は、見つかったことに気付いて、ベッドを飛び出した。しかし、部屋の外へ出ることは叶わず、窓際のソファーの陰に縮こまって隠れている。身体を震わせているようで、
ここで俺が迂闊に近付くと、今度は悲鳴をあげたり暴れたりして、俺が未成年略取犯のそしりを受ける可能性がある。
だが、何とかして彼女から話を聞かねばならない。彼女がこの部屋に入れたのは、キー・カードを持っているからで、それはメグが持っていたものだろう。だったら、メグと接触があったはずだ。メグの行き先を知っているかもしれない。どうやって話を聞こうか?
まず、何とかして彼女を手懐けることだ。彼女に俺の目を見させれば、“催眠術”をかけられる可能性がある。今はダチョウみたいに顔だけ隠していて、こっちを見ようともしない。
さあ、考えろ、アーティー・ナイト。フットボールの
ひとまず、こちらが無害な人間であることを知らしめねばならないだろう。迂闊に彼女に近付いたり声をかけたりしてはいけない。何事も起こらないことをもって、まず彼女の警戒心を解く。
どうすりゃいいかね。飲み物でも与えてみるか。ラウンジ・エリアへ行って冷蔵庫を開ける。ミックスト・フルーツ・ジュースの瓶があった。
それをグラスに注いで、ストローを挿す。小テーブルの一つをベッド・ルームへ持っていき、ベッドの近くに置く。その上にジュースのグラスを置く。テーブルから離れ、女から一番遠い壁にもたれて様子を見る。
冷蔵庫を開けた音には気付いただろう。何か音がして、その後、音がしなくなれば、どうなったのか気になるものだ。
果たして少女は、しばらくして、ソファーの陰からそっと顔を出してこっちを見た。やはりあの美少女だった。その目だけ見て、壁に張り付いたまま身動きしないでおく。彼女とのちょうど中間に、グラスを置いたテーブルがある。俺の姿と共に、目に入っているだろう。
少女は覗き見のような姿勢のまま、まだ動こうとしない。こっちは催眠術よかかれと念じながら待ち続ける。
心の中で秒を数えながら待っていたら。3分半ほど経過した頃に、少女が立ち上がりかけた。しかし、腰を少し浮かしたまま、まだこっちの様子を窺っている。背中を壁に
さらに2分経って、少女がゆっくりと立った。それでも待つ。少女は足を一歩踏み出し、こっちの様子を窺う。
なおも身動きせずにいると、少女は忍び足のようにおずおずと歩いてきて、小テーブルに至った。一瞬だけグラスを見て、それから俺の方を見る。ここぞとばかり目を見つめてやる。
さあ、どうだ、これで催眠術にかかったろう。かかったら君はキー・パーソンで、かからなかったらその他の登場人物だ。
少女がもう一度グラスを見た。喉が動き、生唾を飲み込んだのが判った。暑い中でテニスをして、喉が渇いてるだろう。俺だって、一度水を飲んだだけなんで、喉が渇いてるんだ。さっさとそのジュースを飲んでしまえ。でないと、俺が飲みたくなる。
少女がグラスを持ち上げ、ストローに口を付けた。グラスと俺を交互に見ながら、ジュースを飲み始めた。グラスの中の液体が、ゆっくりとなくなっていく。
何度か息継ぎをしながら、20秒ほどで飲み終えた。少女が俺から目を離さずに、グラスをテーブルに置く。そのまま身動きしないところを見ると、少しは落ち着いたようだ。どうやら頃合いだろう。
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